僕が嫌いな“キミ”のこと

CHOPI

僕が嫌いな“キミ”のこと

 僕は、『優しいキミ』のことが大嫌いだ。


 素直で、真面目で、まっすぐで。しかも他人の何倍も優しいキミは、いつもみんなの事を優先して考えている、傍から見たら“すごくいい人”。僕はそんなラベルがついているキミのことが大嫌いなんだ。


 仕事を頼まれたら「大丈夫です、やっておきますよ」。他の誰かがミスをしたら「大丈夫、これくらいなんてことないよ」。上司や先輩、同僚からの「こうしたらいいんじゃない?」のアドバイスには「アドバイス、ありがとうございます。やってみます」。


……その姿いい子過ぎて反吐が出る。見ている僕が息苦しくなるんだよ。


 キミ一人が言いたいことを全部飲み込んで一人で抱えて、会話の相手の表情を見て空気を壊さない。キミの言えなかった気持ちだけがグルグルと渦みたいに回って、回って。キミはそれを見ないふりをしてぎゅうぎゅうと胸の内に押し込んでいく。でももう、それもパンパンだと思うんだけどな。


 そのくせキミは、僕の言う言葉に対しては全部否定的。

 僕が「もっとワガママでもいいんじゃない?」と言うと、「私は十分ワガママだよ」。僕が「キミは十分頑張ってるよ」と言うと、「まだまだ、もっと頑張らないと」。僕が「少し休憩したら?」と言うと、「みんなも大変なのは同じだから」。


……ねぇ、そんなペースで大丈夫?


 夜、暗い部屋の中。案の定、キミは一人窓の外を見て泣いていた。

 「頑張るってなんだっけ」

 「どこまで頑張ればいいんだっけ」

 「大丈夫、って何が大丈夫、なんだっけ」

 ほら、そうやって無理しているから。僕の言うこと聞いてくれないから。


 「辛いんでしょ?」僕が聞く。

 「辛いって、言っちゃダメだよ」キミが言う。

 「もう大丈夫じゃないんでしょ」僕が言う。

 「まだ、大丈夫だよ」キミが嘘をつく。

 「……僕、知ってるから。キミは頑張ってるよ」僕が言う。

 「……頑張れてる、かなぁ……?」そう言うキミの声が揺れていた。


 僕は優しいキミのことが大嫌いだ。だって優しいキミは、キミ自身には優しくないんだ。なんで他の人にしてあげるように、キミ自身にしてあげないのだろう。だって苦しいんでしょ、辛いんでしょ。他のヒトなんてどうでもいいんだよ、“キミ”が苦しいのは、もう苦しいことなんだよ。


 「……本当はね」キミが呟く。

 「本当は、苦しい」

 「そうだろうね」僕は言う。

 「本当は、休みたい」

 「本当は……たすけて、ほしい……」僕はそこだけ、黙ってしまう。


 「大丈夫、わかってるから」キミの声は寂しそうに、だけどもう揺れてはいなかった。

 「自分を助けられるのは、自分だけ、だからね」


 あぁ、と僕は思う。もっとバカで、なりふり構わず他人に助けを求められたら。もっと人の顔色なんて気にならないような性格だったら。もっと自分自身について俯瞰で見ないタイプだったら。キミは毎晩こんなにも苦しい思いをすることは無いのだろうか。


 ……最初の言葉、訂正しよう。

 僕は、『優しくて物わかりの良いキミ』のことが大嫌いだ。

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