第5話 醤油、にんにく、味ほるもん

 さっきまでの宴が嘘のように静かになった。

 遙海は縁台に座り、七輪の燃えカスを見つめていた。いつまで、この世界にいるのか、令和に帰れるのか、そんなことを考えていたら涙が頬を伝った。


「お?遥海ちゃん。何してんだい」

 

 どこからか帰りがけの定吉が遙海を見つけた。


「あ、定さん。宴会の後片づけ…」

 

 遙海は慌てて涙を拭いて取り繕った。


「あれ?泣いてたんか」

 

 遙海の顔を覗き込むようにしながら、隣に座った。


「ううん、煙が目に染みて…」


 遙海は誤魔化すように笑った。


「あいつら下品だからな。嫌なことがあったら俺に言ってくれよな」

「ううん…みんな親切してくれるよ…」

「なんだか歯切れ悪りぃな。ホントに何もなかったのかい?」

「ううん、そうじゃなくて…。私、ここの世界の人間じゃないから…」

「ん?前もそんな話してたな…。じゃあさ、遥海ちゃんはどこの人なんだい」

「…定さんはタイムスリップって知ってる?」

「タイム…?なんだそりゃあ」

「うーん、そうだな。時間旅行っていうのかな?未来に行ったり、過去に行ったりするの」

「未来とか過去にねぇ。…ああ、行けたらいいねぇ」


 定吉は話を合わせるように言った。


「…私ね、今から67年先の未来から来たの」

「はぁ?遥海ちゃん、酔っ払らったんか!冗談言っちゃいけねぇよ」


 定吉は遙海の話を信じるわけがない。


「そうだよねぇ…。信じられないよね…」


 遙海はため息をついて、空を見上げた。


「お、定じゃねぇか。もう宴は終わったぜ。早く帰れ」

 

 光男が窓から顔出した。


「そんな冷たくしねぇでくれよ。こないだまで何日か家に停めてやったじゃねぇか」

 

 定吉は口を尖らせた。


「おめぇも早く職探せ。俺たちゃ明日も仕事なんだ。暇なおめえに構っちゃいらんねーんだよ」

「はいはい。わかりましたよ。じゃあ遥海ちゃん、またね」 


 定吉は立ち上がり、手を振りながら帰っていった。その背中を見送ったあと、光男は呟いた。


「あいつもいい奴なんだがなぁ。もうちっと頑張れねぇかな。最近じゃあヤクザとつるんでるなんて話も聞くしよ」


 

 翌日になると、光男は、咲子が味付けをしたホルモンを一斗缶に詰めて、リアカーを引いて売ることにした。


 噂好きの住人達のせいか、井野家のホルモンは近所でたちまち評判になっていった。光男は、ト所を辞めて、ホルモン作りに専念をするようになった。


「ありがてぇな、みんな喜んで買ってくれるよ」

「ホントだねぇ、ここに着いた時は生きてる心地しなかったけどねぇ」

「ああ、みんなのおかげだよ。命あっての物種ってやつだ」


 両親が汗まみれになってホルモンを仕込む姿を、華はニコニコしながら眺めていた。


「華ちゃん、ちょっとどいて」


 遙海もホルモン作りを手伝うようになっていた。


「遥ちゃん、ちょっとおいで。こっち手伝っておくれよ」


 咲子は大腸を流水に流しながら、遙海に下処理を教えた。

 頷いて聞いていた遙海はポツリと言った。


「…おばさん、私、ここにいていいのかな」

「え?何言ってんだい。家を思い出したのかい」

 

 咲子は作業の手を止めて聞いた。


「ううん、そうじゃなくて、ずっと一緒にいていいのかな。みんなに甘えてていいのかなって」

「何言ってんだい。いいんだよ、そんなの気にしなくて。もう家族みたいなもんじゃないか」

「家族…」

「あんたの病気、誰かが言ってたけど、記憶喪失って言うんだろ。前のこと思い出すまで、ずっとここにいればいいよ」


 遙海は落雷による記憶喪失ということで落ち着いているらしかった。


「おう、おめえ達、口動かしてねぇで手ぇ動かしてくれよ」


 いつの間にか後ろに光男が立っていた。


「ほら、みんなウチのホルモン待ってくれてんだぜ。うれしいじゃねぇか。もう少し頑張りゃあ店持てるかもしれねぇ。夢みてぇだぜ。なぁ」

「アタシらも夢を見れるようになったんだよねぇ…」

 

 光男と咲子が輝いてみえた。


「俺の夢は店出すことだけじゃねぇ。みんなが腹いっぱい喰える世の中にしてぇんだ。だから、安くてうまいホルモンをもっと広めてぇんだ」

「おじさん、その夢叶いますよ!私が保証します!」

「お、遥海に言われると不思議とそんな気がしてくるな!」


 光男は嬉しそうに豪快に笑った。


 

 夕方になると4人でホルモン売りをした。リアカーを引いてるときには、華は必ず先頭を歩く。


「醤油、にんにく、味ほるもん♪」

 

 華は適当に作った歌を大声で歌った。釣られるように、遙海も一緒に歌った。光雄と咲子は微笑みながら後を押した。


 やがて、その様は、この辺りでお馴染みの風景となった。夕方には、どこかの家庭から白い煙が立ち上がり、香ばしいホルモンの匂いが漂うようになった。

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