第4話 職員室って何だっけ?


「さてと。私が話しているときに2人は一体何をしていたのかな?」


 言われた通りに職員室へ2人で行くと先生は椅子に浅く腰掛けて、偉そうに腕を組くんで踏ん反り返っていた。


 その様子からは……まぁ言うまでもないよね。


 うん。怒ってるよ。


「いえ、特に何も……」


 俺があさっての方をみると先生はクワッと目を大きく見開いて顔を急接近させてくる。


「本当か?受け答えにはじゅ〜ぶんに気を遣ったほうがいい。これは私からの警告だ」

「……は、はひ」


 くそ、歯が勝手に震えて言葉が上手く出てこない。


 もうこの距離感は不良だろ。


 やっぱりここの学校は少しおかしいのでは?部活といい、生徒といい、教師といいクセがありすぎる。


「甘寧とはほんちょっとだけ言葉遊びをしていただけなんですよ。本当に」


 軽く深呼吸をして、ワンテンポ遅らせてから俺は話を切り出した。


「言葉遊びぃ?アレはただのセクハラっていうのよ!」


 しかし、甘寧がしつこく噛み付いてくる。


 くっそ、いちいち言い方がムカつくな……。


「はぁ?お前があることないこと言ってくれたせいで俺は入学初日から変態扱いだよ!どうしてくれるんだ!お前責任取れんのか?ああん!?」

「なによ、なによ、なによ!アンタが私に向かって、か、カワイイとかいうからじゃない……とにかく、アンタが悪いの!」

「別に事実を言っただけでそれの何がおかしいんだよ!お前のほうがどう考えても悪いだろ!?」


 俺たちの言い合いに、職員たちはにやにやしたり、口に手を当てて体をクネクネさせたりと様々な反応を示している。目の前に座る箱峰先生も無言で俯いて動かない。


 くそ、みんな揃いも揃って俺をからかいやがって……!


「私が悪い!?アンタが私の匂いがなんちゃらって言ってたのがことの始まりでしょ!?」

「ああ、そうだよ!話してたよ!でもそんなの知るか!お前が勝手に盗み聞きしてたんだろ?この変態!散々人を変態扱いしやがって!お前のほうが断然ムッツリじゃい!」

「な、む、っつ……!意味わかんない!じゃあ今嗅いでみなさいよ!そんなに匂いが気になってるんでしょ!?だったら今ここで私がどんな香りがするのか嗅いでみなさいよ!?できるかしら!?」

「はぁぁぁぁああ!?上等だこら!そこまでいうならやってやるよ!ほら早くこっちこいよ!オラァ!」


 甘寧は顔を真っ赤に染めて、ブレザーのボタンを外し右腕から脱ぐとおお!(男性教師)と賛美の声が上がる。やっぱりこの学校の教師は変態ばっかりだ。


 そして脱いだブレザーが俺の方へ雑に投げつけられて、落ちないようにキャッチ。


 ほんのりと温かいことにどこか後ろめたさを感じるがそこは気にしないでおこう。


 それに顔を少しだけ近づけると――――。


「そこまでだ」

「!?」


 紳士的な声がして俺は動きを止めた。


 声がした後ろの方を見てみるとスーツをビシッと着こなした固そうな雰囲気の男性が腕を組み仁王立ちしていた。


 躊躇なく職員室の入ってきたから多分教師だろう。


 眉間にシワを寄せてこちらに歩いてくる。


 そして、ソイツは俺の右手をぎゅっと強く握り、全力で訴えた!


「そのブレザーを、この俺に嗅がせてくれ!」

「死ね変態!」


 横にいた甘寧に頭をぶったたかれうずくまる先生。


 いや、そりゃそうなるわな。


 いきなり登場してそれは流石にないっすわ。


 そして、この流れに便乗するかのように……。


「俺は給料1ヶ月分出すぞ!」

「俺は3ヶ月分だ!」

「じゃあ俺は単位をプレゼント!」

「それなら俺は宿題無料券だ!」


 なんか競りが始まったぁぁ!


「ちょ、先生方……それ人としてどうなんですか!?」

「うるせぇ!留年させっぞ!」

「理不尽すぎない!?」


 俺が止めようとすると、充血した目でギロリと睨まれたうえに怒鳴られる始末。


 もうこの教師たち嫌いだ……!


 だがしかしずっとこのままで言い訳がない。


 あれだけ静かで、重い空気が漂っていた職員室も今では地獄絵図である。


 俺は泣きたくなるのをグッと堪えて、とりあえず目の前にいる教師に立ち向かうことにした。


 俺が頑張るしか……!


「そこの単位を餌にしてる先生!アンタ入学式で人としての節度を守りましょうとか言ってたじゃないですか!?」

「うるせぇ!時には人間やめなきゃいけない時もあるんだよ!バカが!」

「早速手のひら返しかよ!?お前もう退職しろよ!人を教えられる立場じゃないだろう!?」

「職を失ったら家計に響くだろ!?それくらい分かれよ!」

「いや、しらねぇよ!知りたくもなかったわ!アンタ家族持ってるのかよ!本当にクズだな!」


 ああもう!どうしてこうなった!?


 この状況だから忘れそうになるけど今日は入学式だからな!?初日から濃すぎるだろ!?こんなテンションでずっといたら胃もたれするわ!


「ああああ!もう!どうしてうちの変態教師どもはいつもこうなの!?」


 箱崎先生の我慢は頂点に達したようで髪を勢いよく乱すと立ち上がって俺と甘寧の手を掴んだ。


「コイツらは放っておこう!ここじゃあまともに話もできないから!」


 いや、それはそれでどうなんだ?先生がマトモにお説教もできない職員室って……。


「とにかく、美術室へ行くよ!」


 俺らの手を引いて箱崎先生は走り出した。


 廊下に反響している職員室の賑わいの声からどうやら彼らはジャンケン大会を始めたようだった。


 いいかお前ら。甘寧のブレザーはもうそこにはないんだからな。


 勝者を決めても無駄だからな?


 本当にお前ら教師だよな?


 少しだけ、俺はこの学校が心配だ。


 ◇


「はぁー……まさかあそこまでイカれてたなんて……」

「先生、僕はもうこの高校に来たことを後悔し始めてきました」

「それに関しては私も同感。どうなってんの?ココ、マジで」

「さっきの見たらそうなっちゃうよね……。でもね、アイツらも授業の時は本当に真面目なの。だからさっきのはみなかったことにしてくれないかな……?」


 心から申し訳ななさそうに先生は両手を合わせて謝罪してくる。


 まぁ、でも誰にでもおかしな一面はあるよな。


 不完全で、凹凸のあるものだからこそ魅力が生まれ深みが出るというものだろう。


 ココは一つ箱峰先生を信じて見ようと思う。


「それでね。頼みがあるの」


 ガク!


 いや、さっきのって手打ちみたいのじゃないの!?


 そんな雰囲気でてたよね!?


「頼みってなんですか?」


 一方で甘寧は俺とは正反対だったらしく、当然のように先生に尋ねた。


「えっとね。この学校をね、盛り上げてほしいの」

「いや、ここの教員達は既にぶっ飛んでると思いますよ?今更僕達がなんかする必要なんてなくないですか?」


 さっきだって競りとジャンケン大会が開催されてたんだぜ?生徒のブレザーを巡ってここまでバカになれる教員というのを俺は他に知らない。


 というか知りたくもない。


「うーんとね、そうじゃなくてね……」


 先生は腕を組んで目線を斜め右に送った。


「この学校の教訓って覚えてる?」

「ああ、生徒会長が言ってましたね……確か…………」

「挑戦を恐れない、ですよね」


 俺よりも早く甘寧が答えると先生がそれそれと嬉しそうに笑った。


「それもあって学校は生徒が新しく何かを始めることを期待してるんだよね。むしろ応援してるといってもいい」


 だからあんな女装部とかいうふざけた部活が許されているのか。


 にしても普通は女装部を作ろうなんて考え湧いてこないけどな。


「だからね。2人には何か部活を始めてもらおうと。もちろん新しく部を作ってもらうことになります」


「「ええ!?」」


 俺と甘寧の声が重なった。


 いやこれは普通に驚く。


 だからこれは偶然ではなく必然だろう。


「む、無理ですよ!?先生!こんな変態が作る部なんてマトモなはずがありません!絶対に何かえっちな要素を組み込んできます!」


 こ、こいつ……!


 俺を指差してることにイラッとくるし、なぜか赤面してるのが余計にムカつく。


 恥ずかしいならそんなこと言うなよ!そもそも。


「まあ、度がすぎなければ別にいいよ。多少えっちでも」

「いや、ダメだろ!?」


 そこは教師なら否定してくれよ!


 せめて自分の担任はマトモだと信じたい。


「まあ冗談は置いておいて。そういうことだから。これを守ってくれるなら今日の件は目をつむってあげる。別の罰を受けるかどうかは2人でよく相談しな」


 よっこらしょ、と呟いて先生は立ちあがた。


「賢い選択、期待してるよ。私もキツイことを言うのは嫌だからね」


 最後に一言付け加えると颯爽と教室から出ていった。


 ポツンと取り残される俺と甘寧。


「アンタは、何かあんの?やりたいこと、とか」

「やりたいことか……」


 漠然としている問いに俺は言葉を探していた。


 もしかしたらそれはずっと俺が見つけたいと願っていたものかもしれない。


 偶然という奇跡のようなものに知らずにすがっていたのかもしれない。


 高校生というどこか幻想的な時間を特別なものと思いたいが為に、あえて見ないふりをしてきたのかもしれない。


 教室に差し込むオレンジが眩しくて目を逸らす。


「難しいな……甘寧はないのか?やりたいこと……」

「私は……あるよ。でも、誰かにしてもらうことじゃない。それは自分でやる。私自身のやり方でやりたいって思ってるから……」

「そっか……すごいな。甘寧は。俺なんか全然ないよ。もしかしたらそれを探すためにこれからがあるのかもしれないのにな……」

「ならいいじゃない」

「え?」


 想像してるよりもずっと明るい声だったからか、俺は甘寧を凝視した。


「これからがあるならこれから探せばいいじゃない。急いで答えを出す必要はないわ」

「でも、答えを出さないと更なる罰が……」

「それもそうね。だったら……」


 オレンジ色を浴びながら甘寧は唸っている。


 そして思考に光が見えたのか、パァっと笑顔を見せて俺に提案した。


「直感!アンタが直感で思ったことをやる!それでいい!」

「ええ!結局俺かよ……」


 とりあえず今日1日を思い返してみる。


 入学式に始まり、友と話し、コイツと言い争って、廊下に立たされて、変態教師に囲まれて、担任に脅されて、今こうして丸投げされてる。


 スゲェ疲れたけど、きっと今日にしかない心躍るような思い出だ。


 どれをとっても光り輝く宝物だ。


 こんな日々を、どこにでもあって、他人に話たらしょーもないって鼻で笑われるような日々を俺はこれから過ごしたい。


 そうだ、こういう気持ちを、衝動を、一言でまとめられるような今の高校生という時期にピッタリな言葉があるじゃないか!

 

「俺は、青春がしたい!ありふれた、手を伸ばせば届きそうで、でも消えるのは愛おしいような、そんな青春を俺は送りたい!」


 俺が真っ直ぐに甘寧にを見据えて答えると、ニッコリと笑った。


「りょーかい!部名は?」


 一旦思考を巡らせると頭を支配したのは俺が大好きなラノベの主人公達だった。


 今と似たような展開があったことに気づき、血が一気にアツくなるのを感じた。


 決めた、これしかない。


 こんな運命的な偶然、手放すわけがない!


「ラブコメ部!今日から俺らはラブコメ部だ!」

「溜めた割に普通だね」

「うぉーい……今はツッコむところじゃないだろ……」


 そんな感じで、俺らの部活はラブコメ部に決定した。


 

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