第19話 赤紐で作られた空中のピラミッド

 地方都市の雑居ビル屋上には鳥居が建てられていた。


 私は特に何をするわけでもなく、仕事をさぼっていた。墨汁のような空に空腹そうなカラスが止まっている。


 ビル屋上には手持ち無沙汰そうな中年男性らが私以外にも数人おり、各自やはり暇そうに時間を持て余している。


 そこは最新のハイテクビルなどではなく、いつ崩壊してもおかしくないような昭和時代の古い建物だった。


 藤子不二雄の『21エモン』に登場する主人公たちは確かこのような老朽化した建物に住んでいるのではなかったかと思った。

 

 建物内の各階には正体不明の企業やオフィスが亡霊のように存在しているようだった。確かに私もその幽霊団体の一員であることに違いはない。


 屋上の労働者たちはお互い面識はなかった。この場所は全く快適とは言えない。刑事ドラマなどで新人刑事が無理やり張り込みをさせられるような場所という感じだろうか。

 

 エアコンの薄汚れた室外機が並んでいる。壊れているのか何の音もしない。屋上に敷かれたクロスが風化して捲れ上がっている。


 中年男性たちは煙草を吸い、廃墟めいたビルと一体化している。

 

 動物園の草食動物たちが、口を動かしながらもぐもぐと(警戒しながら、退屈そうに)周囲に目をやっているような感じだ。

 

 私は、このビルに反社会的組織の事務所があることを思い出した。


 でも、何も起こらないだろう。


 全く平和で単調そのものだ。

 

 階下で何か反社会的な猟奇めいた出来事が起きていないものかと、私は屋上に腰を下ろし、何のやる気もなく、ただ刺激的な面白さだけを求める気持ちで思った。

 

 平和な景色はあまりに無変化で、いつもと同じであることを永劫に強制させられているようで、自由な感じがしないものだと思った。あまりにも見飽きた景色で、本当に何も起きないので、私はしばらくして危うく眠ってしまいそうになった。


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 気が付くと私は身動き出来ず、赤い紐で手足を縛り付けられていた。テレビゲームかアニメなんかで一瞬にして相手の動きを止める技にでも掛けられたかのようだ。

 

 階下にある反社会的組織の、これも彼ら流の暇つぶしだった。

 

 首をどうにか動かして上方を見ると、空中に赤紐でピラミッドのようなものが作られている。

 

 私以外の屋上サラリーマンたちもめいめいの姿で見苦しく赤紐に束縛されている。

 

 赤紐は空中の巨大な刃に結ばれていた。




 紐のどこかが切れるとギロチンが落ちてくる仕組みだ。




 辺りは暗くなっていた。


 あやとりの仕掛けめいた紐が空中にライトアップされている。

 

 西洋式のギロチン刃だけでなく、冷えびえと光る日本刀も赤紐の先に繋がれている。これはピタゴラスイッチではないか。

 

 誰かが暴れて紐が切れたら全員即死のようだ。

 

 しかし凝ったことをしたものだ。

 

 反社会的な人物が反社会的な暗い目でこの現場を観察しているのだろうか。

 

 どこかに見物人でもいるのかもしれない。


 おれはふと目の前に一人の子供が苦しそうに寝そべっているのに気付いた。

 

 彼は腹筋トレーニングの姿勢で、苦しげに仰向けで屋上に寝そべっている。

 

 彼は両足を地面ぎりぎりの位置で浮かしたまま固定している。足には、やはり切れかかった赤紐が結わえられている。

 

 もうすぐ、彼は堪えきれず足を床に下ろすだろう。

 

 小学生らしい少年の周りには赤いロウソクが立てられている。


 彼は何か、試されているようであった。



 

 小学生の彼が地面に足を下ろすとき、屋上で暇を持て余していた大人たちは一気に死ぬらしい。


 反社会的人物から少年は何事かを呟かれたのだろう。


 頑張って足を上げてないと、あそこのオジサンたち、みんな面白いことになるよ、などと恐ろしげに言われたのかもしれない。

 

 中国武術で使うような大剣も空中に静止している。


 どの刃が誰に落ちるのであろうか。もう、じきに誰も死ぬらしい。男らは口を赤紐で縛られ声が出ないようだ。

 

 死ぬのだから暴れても仕方ない。


 足を下ろすまいと必死に堪えている少年の意志が伝わってくる。


 


 そこに一人のおばさんが現れた。彼女はビルの用務員のような人物らしい。彼女はもしかしたら既に知っていたのか、空中に浮かぶ、赤いあやとり紐製の処刑装置に気付いたようだ。ピタゴラ処刑機のいわばスタートスイッチの少年から、おばさんは赤紐を解いた。


 手慣れた様子だった。


 赤紐の先は近くの金網に素早く結ばれた。


 その女性は死刑宣告を受けていた屋上の有閑人にとっては命の恩人である。

 

 私もどうにか命拾いをした。




 反社会的組織のグレーゾーンな暇つぶし装置は、しかし空中で妖しい美を放っている。


 危機一髪のところに現れた天使のようなおばさんは、過去に何度か同じことがあったかのような手つきで私や、他のサラリーマン労働者たちの束縛を解いていた。




 赤紐のピラミッドはどのように空中に静止していたのだろうか。そしてあの大剣や刃はどのように仕込まれているのだろうか。


 大掛かりだがどこか芸術的な装置は、謎めいた演劇の舞台装置のようでもあった。


 命拾いした私は、上気していたので、同じく死に直面していた周囲の数人に声を掛けようかと思った。


  


 彼らは何事があったのかまだ腑に落ちていないのか、驚愕の顔をしたまま言葉を発しない。顔色を失っている。


 いや、大変でしたね。でも死ななかったですね。命拾いしましたね。


 と、おれは周囲の数人に話し掛けようかと思った。

 

 この、儲けものみたいな命拾いした人生、これからどうしましょうか。


 とおれは軽口を言いたかった。


 だが目を白黒して身動きできない数人は、きっと何を言っても応えられないような気がした。


 私は今回死ななかったので、これからどうしようかと思った。



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