第16話 奇妙な明るさと祝祭的な解放感

 ここでいいのか、と上原は思い続けていた。彼は就職活動をしていた。

 その会社には何度か面接に呼ばれ、職場の紹介や、将来一緒に働くであろう人たちとも会わせてもらった。

 彼は気に入られているようであった。

 しかし、ここでいいのだろうか、と上原は考えている。他にも気掛かりな会社が幾つかあった。

 面接をした部署の担当者は、人手が足りないため、すぐにでも上原に手伝ってもらいたい業務があるようだった。

 柔らかいソファが置かれた、会社の応接室であった。

 上原はまだ迷っていた。

 先週の数日間、彼は職場体験ということで業務の様子を見せてもらった。そのときには職場の人たちと一緒に近くの定食屋で昼食を食べた。

 長い間、自室に引きこもっていた上原にとってありがたい話であった。


 面接中の応接室には赤いゴム製野球ボールを持った素性不明のような男性がいた。

 面接担当者の説明を上原が聞いている際にもボールを上に放ったりしている。

 彼は社長の息子なのだろうか。それとも誰にも文句を言わせないほど驚異的な成績を誇る敏腕天才社員なのか。もしくは外部コンサルタントなど、そういう類の人なのだろうか。

 ふと彼の放ったボールが上原の頭に当たった。

上原は訝しげに男の方を見やった。

 どこか人を見下したようなところのある男は謝りもせず、にやけている。

 この人は一体何なのだろう、少し感覚がおかしいのではないか、と上原は思ってしまう。


 上原はその日、役員室にも呼ばれた。

 求職者とは無力なもので指示されるがままに、指図の意図を知ることもないまま無抵抗にベルトコンベアを自身の足で歩いていく。

 ひょっとして、これは自身の足ではないのかもしれない。それでは、指示された部屋に向かうこの足の力は何なのだろう。

 

 部屋には役員らしい男性が何人かいた。

 上原はかつて自主制作映画に役者として出演したことがあった。

 半ばドキュメンタリーで半ばフィクションというドラマ仕立てのパロディ映画だった。

 あの映画のことがバレたのだろうか。上原の役は「陰謀論者である主人公の目を覚まさせようとする博士」というものだった。(しかしその後、実在する陰謀組織の女スパイに色仕掛けで騙され二重スパイとなる。)

 あの映画が問題なのか。主人公の被害妄想めいた性的幻想シーンが問題なのか。

 しかしまさか過去のパロディ映画制作を根拠に、採用を見送りになるということがあるのだろうか。


 そのような、社会不適合者向け映画関係者は事前にAIや人工知能とやらで、マイノリティ・レポートさながら害悪度を察知、予知、予防されてしまうというのだろうか。

 将来上原が会社に不利益を引き起こす可能性、98パーセント等とどこかに表示されているのかもしれない。

 人工知能で選別された結果なら、隙のない会社役員たちも、むべなるかなと押し黙るしかないのかもしれない。

 

 上原は何となく、これはもう駄目なんだと思った。

 映画出演について履歴書に記載していないことを追及された。本名で出演しているのがまずいという。

 一体何が問題なのだろうか。映画の冗談性を笑い飛ばせないのだろうか。


 上原は数日だけだが職場で一緒になった人たちに挨拶をした。役員の方が、そういった場を設けてくれた。


 どうやら上原が嘘をついていたというような解釈で周囲に話が広まっているらしかった。「年齢も偽ってたの?」などと年上の女性たちからストレートに質問がある。

 嘘や虚偽はありません。ただ、不要だと思ったことを書かなかっただけです、と説明した。

 今日限り、もう会うことはない、というお互いの気軽さ故なのか、ほぼ内定が決まっていただけの数日の職場でも、そこを離れる際には、理不尽さや内心の思いを隠す為の奇妙な明るさや、祝祭めいた解放的な雰囲気が生じた。門前払いの男は前途多難だが、職場生活とは保障されているものだ。

 

 他を当たるしかないかと上原は思う。無礼講のような雰囲気の中、数分、彼らに挨拶をして上原はその場を離れた。



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