第12話 ロシア映画のような団地

 ロシア映画で見た団地のような場所だと思った。これから私は妻と新居へ引っ越すのだが、新居とはいえ、新築ではない。

 私は友人に協力してもらい、幾つかの荷物を部屋へと運んでいた。

 ドア向こうの床がトリックアートやだまし絵のように、大きく歪んでいるのか、目の錯覚なのか、延々と広く見える。

 子供の頃見たマンガに一粒飲めば部屋が広く感じるという物があったが、あんな感じだろうか。

 遠近法が狂ったように部屋の床が遠くに収斂して見える。

 友人はドアを手で押さえていた。本棚をその部屋に移動するのである。

 私の背くらいある大きな本棚を力を入れて押した。 

 斜めに傾いて見える部屋の床は、果たしてやはり実際に坂のようになっている。

 私が本棚を部屋へ押し入れると、まるですべり台を落ちるように下へ落ちていく。

 目の錯覚ではなかった。

 私は地上に落ちたであろう本棚が気になった。どこへ落ちたのだろう。

 部屋の距離感がやはりおかしいのか、ドアを押さえていた友人も、ずっと遠くへ離れて見える。

 私は家具も何もない部屋から、窓の外を見ようとした。

 本棚はきっと建物の外へ滑り落ちたのだろう。

 妻も気になったのか、無言でガラス窓を開けた。

 外は日が昇り始めた頃だった。

 地面には数日来の雨で大きい水たまりができていた。それらが昨晩の寒さで凍っている。

 子供らがコート姿で氷の上ですべったり、はしゃいだりして遊んでいる。私は妻と黙ってその景色を窓から見た。

 本を取りに下へ降りないといけないなと思った。5階から見る景色は、朝の陽射しが氷に反射し、水たまりの煌きが眩しかった。

 氷は昇る日に照らされ、少し溶け始めているようだった。

 遊んでいる子供らが足を踏み外さなければいいがと思う。氷は薄くなって割れてしまうかもしれない。

 日の出の景色は長閑で周囲は静かだった。

 ロシアの団地みたいだなと私は思った。

 子供らの遊ぶ顔が見えた。


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