第4話 集団が通り過ぎるとき親子はゲームの話をしている
薬品を欲しがる人物は国立グラウンドの陸橋付近にいる、と会社の同僚は言った。おれは発光する球体とVR体のような子供サッカーチームを通り過ぎた。
小柄で筋骨逞しい男はなるほど、確かに同僚が言うように一目でその人物だと分かった。北条司描く小シティハンターといった風であろうか。おれは気乗りがしない。エネルギーを全身から発する彼は褐色の裸体に直接ジャケットを羽織っている。
堅気の者ではないだろう、芸能関係だろうか。彼は上機嫌のようで、新しい薬品供給先を得て一安心のようである。腕には一連のアメリカンドラッグムービーでおなじみの医療風ゴムがアームレットよろしく準備万端巻かれている。腕の血管がびくびくとうごめいている。それを見て更に憂鬱になった。
陽気なこの人物は鍛え上げた屈強な体に不健康な薬物を注入したいらしい。薬品会社に伝手のある同僚は密かに裏ルートとやらで様々な物品を売り捌いているのであった。
興奮した快活筋肉男とおれは陸橋を歩いている。このような気の進まぬ事をして本当に良いのか。同僚はおれに手数料を裏で支払うという。名も知らぬ素肌ジャケット男をおれは金品目的で薬の元へ届けようというのである。彼はもう既に長い間薬中毒なのだろうか。嫌気が差しながらおれは暗澹とした気持ちで陸橋を渡った。
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同僚らのいる建物へ戻ると、彼らはロビーに集まり、荷造りを終えている。すぐにこの場所を引き払うのだという。会社の数十名は長期滞在の移動をし続けながら業務を続けていた。
闇の薬物取引を持ち掛けてきたのは、社でも人望のある木之内という人物で、後輩の面倒見も良く、周囲から慕われていた。彼はおれと同い年だったが、次期役員になるだろうと噂されていた。
狭いホテルのロビーだった。今からここを引き払うという。まるで逃げるようだなと思った。荷物をまだおれは纏めてもいない。周囲の同僚たちは笑気ガスでも吸ったのかなぜか気味悪いほど上機嫌である。これから打ち上げだという。ホテルを引き払い、次の滞在先はどこになるのかは分からない。「とりあえずはパーティ」らしい。
木之内さんは? とおれは訊いた。彼の姿が見えない。大柄なスポーツマンでもある彼は笑顔を絶やさず、周囲を自然と安心させる人物なのである。
おれは闇薬取引という自分の行為が不安で彼の顔を見て安心したかった。彼の依頼であるのだから、何か別の本意があるのだと思いたかった。
(だが、そんな本意などはないだろう。おれがやったことは行為そのままのことだ。他に意味などはない。)
新しい薬を夢中で求める中毒者のように、おれも木之内の人徳者顔を求めていたのかもしれない。木之内は遅れてロビーへやってきた。おれはその顔に何か変化を探そうとしたが、いつも同じコピー紙のように変わりなく何も読み取れなかった。
打ち上げ会場にこれから早速移動するらしい。また酒宴か。数人の同僚が、どこかタガが外れたようにケタケタと笑っている。すでに酔っぱらっているのだろうか。一体何がおかしいのか。
その場にいた上役がおれを呼んだ。薄ら寒いような哄笑の中で、笑いの原因となるような、おれに関連する何か悪い知らせなのではないかとふと思った。彼ら彼女らは一体何がそんなにおかしいのか。
「人手が足りない女性社員チームがあるから助っ人として一人、お前が加われ」という話なのでは、となぜか意味もなく思った。おんなの中におとこがひとり、という子供時分のからかいのように周囲は笑っているのだろうか、子供のときが懐かしいなと思った。だがもう大人なので、多くの女性たちに囲まれるのは悪くない。
上役の話は、おれの無意味な予想とは全く違っていた。「お前の家に贈り物が届いているはずだから、それを楽しみに」という内容であった。そのプレゼントはおれの外出中に皆で用意したらしい。驚く顔を想像して同僚たちは楽しんでるのだろうか。邪な心をおれは恥じた。しかし、彼らの喜びようはそれだけではない気がする。一体何があったのか、これから何があるのか、周囲は一様に怖いほど上気している。今にも踊り出しそうなほど躁的なその原因がいまいち不明瞭なおれは、重い気分で外に出た。
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建物の外はもう夕暮れだった。楽し気な同僚らについていかないと打ち上げ店までたどり着けない気がする。おれはふと靴紐が解けているのに気づいた。変わった紐の通し方をしたおかしな形の靴で、履き直すのが面倒なのだ。足元にしゃがみ込んだ。
そこに入学式帰りなのか正装をした女の子とその両親が通りかかった。赤いランドセルが鮮やかだ。おれが屈んだ辺りに女の子の顔があった。女の子は親にゲームの話をしている。真面目そうな父親氏は子供の話に相槌を打っている。おれの知っているゲームだった。必要なアイテムを集めるのを手伝ってほしいと彼女はお願いしている。おれはうつむいて靴紐を結んでいた。
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