第3話 VR風サッカーコーチは赤い中国毬を手の中で回転させる

 地上はるか高く街々が見下ろせるような階の一角でおれは待っていた。これからレセプションだとかいう交流会らしきものが開かれるらしい。透き通ったガラスからは明るい屋外の青空が見える。エネルギーに満ち溢れたような男らが高級そうなスーツ姿で周囲を睥睨している。


 おれはやや場違いな雰囲気に気圧されたが、ここはしっかり準備しないといけない。受付嬢の横には花々が飾られている。


 そういえば名刺を持ってきたろうか。どうも怪しい気がする。このような場所では名刺交換は必須なような気がする。持ってません、忘れてしまい…などというのは格好がつかないのではないか。


 カバンの中に入っていたかもしれない。周囲の目を避けるように中を見た。


 名刺の束があったが、どれも他人のものである。最近、二人の男から立て続けに名刺を大量に受け取った。


 二人はお互いに知り合いではないようだが、なぜ同じ行動をするのだろうか。名刺など一枚貰えば充分である。二人ともそれぞれ己の名刺を何十枚も束で渡すなんてどういうことだろうか。もしかしておれにこれを配ってほしいのか?


 鞄には両名の名刺が大量に入っていた。一人はオレンジの波型がおしゃれに印刷され、もう一方は青いロゴだ。


 彼らの中におれのものも紛れてるのではないかと探してみるが見つからない。周囲の上級職風の男たちは高級そうな腕時計に目をやったりスマホをいじったりしている。


 その実施目的をおれ自身も知らぬあやふやな交流会とやらの開場が近付いているようだ。なぜおれはここにいるのか。いっそのこと何枚もある新品同様の他人様名刺を差し出してしまおうか。いや、さすがにそれはできるわけがない。であれば他人様名刺の裏に自分の名をボールペンで書いて渡してしまおうか。格好悪い。もし逆の立場なら、相手の正気を疑いかねぬ狂気すれすれの行動だ。おれは周囲の目を気にしながらカバンの中を探している。


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 ひとけのない陸橋付近を歩いていた。国営らしいグラウンドが近くにある。おれは業務中であった。ある薬品を売らねばならないのである。


 中毒性のある覚醒薬物を欲す人物がこの辺りにいるのである。おれは気乗りがしないが仕方なくやらざるを得ない成り行きだった。会社の仲間から頼まれたのである。


 国立グラウンド近くの寂れた陸橋にある男がいる。筋骨隆々の小柄な男で、見れば一目で分かるという。


 おれは鬱々とした気分で滅入ったように歩いていた。国営グラウンドで子供らがサッカーをやっている。サッカー場の新しさに足を止めると、蹴られたボールがこちらへ転がってきた。


 あまり存在感のない子供らは誰もそのボールを追わないのである。何かがおかしいと思うが、決まり事でもあるのだろうか。コートから転がり出たボールをおれが彼らに蹴り返してもいいだろうか。


 子供たちが白日の午後、蹴っているボールは白く発光している。白光体、と名付けたくなるような光だ。これは新種の球なのだろうか。光り輝く玉が転がってくる。おれはそれを軽くそっと蹴り返した。


 白光体は光を失い、赤い中国毬のような形でコーナーポスト付近まで飛んでいった。存在感のない子供たちはやはり誰も球を追わない。ラインを超えたボールを取りにいかないというルールでもあるのか。なぜだか疲れたような虚脱した気分でぼんやり立っていると、コーチらしい男性が近付いてきた。


 サッカー歴の長そうな精悍な髭顔コーチはおれに「ボールの投げ方が良くない」と言う。ひねって回転を加えるのは駄目で、無回転で放るように投げ上げるのだという。おれは黙って聞いていた。おれは投げたのでなく、蹴ったのだ。この人物は何なのだろう。赤と緑の蛍光ユニフォームを着た人物はどこかあまりにもイメージ通りで、人工的3D存在のようなVR人物めいている気もする。彼は人間なのか。おれはどこに入り込んでいるのか。白く発光するボールや、なぜか存在感がない子供たちは果たして今、眼前に現実として存在するのだろうか。


 ボールの放り方を説明し続ける男は一様に人口機器のような喋り方をしている。どこかで何か間違いが起きているのではないか。何かがおかしい。一体これは何なのだ。ボールの投げ方なんてどうでもいいじゃないかと、おれはスナップを利かせた高速の急回転球をそのVR風人物に向かって放った。


 中国毬のような球はぐるぐると、彼が受け取った手の中でもまだ高速で回転し続けている。男は無表情にこちらを見た。


(第4話に続く)

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