第2話 遭遇

 アルフレッドは王都を目指し、王都があるという北方へ向かっていた。


 アルフレッドは村の北に位置するバーバン山へ到達していた。この山は人の手が施されていて、人も行商人の荷車も簡単に越えることができるが、近頃は山賊とモンスターが出現するという噂がある。王都もこれを危惧し、冒険者の集いを中止しようか迷っていたようだが、ドゥーベェン教が意を唱えたこともあり、そのまま実行されることになった。アルフレッドを可哀想に思ったアルフレッドの祖父で村長であるデリズリッドはアルフレッドが冒険者の集いに参加しないように説得しようとしたが、アルフレッドはこんなときだからこそと名乗りをあげた。もともと立候補していたのだが、辞めるように強要された事で一段と意志がアルフレッドの中で養われた。


 アルフレッドは祖父に旅のお供にともらった、村に好んで生えるというカリカの実を食べながら、人の手によって拓かれた道を歩き進めていた。山の山頂部分に差し掛かったときアルフレッドはあることに気付いた。モンスターの足跡があからさまにあった。アルフレッドが横になっても足りないくらいのとても大きい足跡がだった。アルフレッドのような旅だったばかりの、冒険者にもなっていない者でも理解できる痕跡。アルフレッドは思わず、息が漏れる。


「…、こんな…ことって…」


その大きい足跡の行き先はアルフレッドが向かっている、王都方面。冒険者になるために旅に出た素人が夢を見れずに散ることはこの世界ではよくあること。冒険者の集いへ向かう旅人は本来、連れの同行者を雇うなり、そういう役割の人間を囲っていることが多いが、ロスペゴラの村はなにぶん財力が無い。自分たちが食べる分の狩猟をするだけ。モンスターから得られるドロップ品は王都の定めた法によって全てを献上。売買をかたく禁じていた。その対価に村の安全と無税を確約している。


 こんな状況でもアルフレッドは村に引き返すつもりはないようだが、ただ怯えているようだ。腰を抜かしそうなほど動悸が激しくなる。息継ぎがタジタジになるくらい、息がし辛いし、足も震えだしている。そんな状態でも一歩また一歩と踏み出し続けていると少し息をするのが楽になってきた。山頂部分から降りはじめた。


「…歩みをすすめるほど恐怖に慣れてきている、でも…アレに出くわしたらどうなるかな?」


 息を整えながら歩みをすすめるアルフレッド。すぐ近くから人の声がこだましているのがわかる。何やら数人…数十人…いや、大勢の人間がアルフレッドの方へ近付いてくるようだ。アルフレッドはとっさにそこから離れようとした、だが足が思うように言うことを聞かないまま、その場にすとんと座り込むように地面に崩れた。モンスターの痕跡を見た直後ということもあり、逃げようと踏ん張った足に力が入らなかった。


「ぁっ…、はぁ…はぁ」


 身体に力が入らないアルフレッドの前に武装をした大勢の人間たちが押し寄せてきた。大勢の人間たちの中からリーダーのような男がアルフレッドに話しかけてきた。


「おい、…おい、聞いてんのか?小僧。」


アルフレッドは息をするのがやっとというほど、呼吸が苦しいようだ。モンスターの痕跡からと武装した人間たちに囲まれた形を成さない恐怖になんとか耐えながら、アルフレッドは落ち着こうと、息を整えようとしている。


「…ぅ、はぁー…、すぅー…、はぁー」


武装している人間たちは自らを山賊と改めた。山賊のリーダー格の男はアルフレッドの様子を伺っているが、その手下たちは「やっちまいましょう」と結論が決まっているようだ。リーダー格の男がまた口を開いた。


「おまえ、確かバーバン山から降りてきたよな?ならば、おまえはあの狩猟を生業にしているロスペゴラのある村から来たということになるが…、異論はないか?」


リーダー格の男は、もはや言い逃れはできまいというような何か余裕を感じさせるような諭し方だった。

アルフレッドは「ない」と端的に答えた。それならばと、その村へ案内しろと要求された。アルフレッドは旅人としては知識が乏しいながらも決断した。


「村に案内することはできません、どうしてもというなら奴隷商に売り払われても構いません。とにかくお断りします。」


アルフレッドは旅人として賢明な判断をしたつもりだ。この状況で山賊を村へ案内したらみんなが酷い目に遭うとアルフレッドは考えた。山賊が人との約束を守らないことは常識だとされている。アルフレッドも幼い頃から祖父のデリズリッドや両親から刷り込まれるように教わった。


リーダー格の男が脇差しから剣を抜いた。そして手下たちにアルフレッドを捕らえるよう、命令を下した。手下はあらかじめ持っていたモンスターの尻尾で作ったロープを取り出し、アルフレッドを拘束しようと近付いてきた次の瞬間、アルフレッド自身からまばゆい光が。それは一瞬にしてアルフレッドを包み込む。人間技とは思えないほどの魔力、全てを超越したような禍々しいオーラをまとって宙に浮いた。


「なんだ、今のは?」


山賊たちは全身の力が抜けてしまったように、その場に崩れ込んだ。リーダー格の男もアルフレッドの隠された能力に目を疑った。


「おい、こいつは…人間ができる芸当じゃねぇぜ。こんなやつを俺たちは相手にしようとしてたのか…」


山賊の手下らが騒ぎたてる。


「兄貴、もうとんずらしましょうぜ。俺たちの命なんか空気中の埃より、た易いですぜ。」

「もう…終わった…。」

「兄貴ーーー」

「兄貴ーーーー」


手下と同様に戦意を失っていた山賊のリーダーは地面に崩れたまま、動けなくなっていた。見るに見兼ねた手下らは無我夢中で逃げ出した。


「待てーーーー、おまえらーー…」


リーダーは手下らに見放され、孤立してしまった。アルフレッドを包み込んでいた禍々しいオーラは勢いを増し続け、アルフレッドの近辺の地面が剥がれはじめた。はじめは薄く薄っぺらく、地面の砂という砂が削れていくだけだったが魔力量の勢いが増すに連れて地面は抉るように削れだした。円形の削れあとと大量の土砂がアルフレッドの近辺を覆う。


「そ…この…、山賊のリーダーだったかな?貴方はアルフレッドに乱暴しようとしましたね。わたくしもここで観ていましたよ。おまえのような虫ケラ…、いつでも処分しましょう。ですが、今はアルフレッドを護衛しなさい?選択肢は2つ」


リーダーは怯えながらも屈しない覚悟で激しく激怒する。


「はっ?なぜ俺がそんなガキの守りを、だいたい貴様は何様だ?さては俺の見えないところで魔力量増強作用のある一時的な何かを大量に摂取したんじゃないのか?そう、そうだ、きっとそうに違いねぇ。いきなりあんな賢者のような力を出せるわけがねぇんだ。」


アルフレッドはリーダーの男が放った言葉に少しばかり怒りを覚えたようだったが、だんだんと口もとが緩んできて、気が付いたら高笑いしていた。


「アハハハハ…はぁー、はぁー…はぁ、実に愉快な言葉です。〝賢者〟とは…、いやはやあきれてしまいます。その程度の認知とは。とにかくです、貴方はアルフレッドを護衛すること。いいですね?断るのでしたら…、2度と人として生きることは叶いません。」


「どういう意味だ」


「言わせないでください、分かりましたね?」


圧倒的な力を前にしぶしぶ承諾した。こうして口約束で彼をアルフレッドの護衛にした。すると、アルフレッドを包み込んでいた禍々しくもまばゆい光のオーラは収縮し最後にはぷつりと消えた。アルフレッドは宙に浮いていたが、オーラが消えてなくなってすぐ地面に落ちた。そして顔をあげた。


「終わった…、僕の人生は終わった…、ここは天国か?地獄か?あれ?山賊が一人に減ってる…。僕のために帰ったのかな、ほんとうはいい人たちなんじゃ…。」


リーダーだった男は先程とは違いすぎるアルフレッドに疑念を抱いた。


「覚えていないのか、あれほどの力を見せつけておいて。やつの潜在能力とでもいうのか?」


たしかに目の前で見た、あの天上天地を従えるほどの魔力量はやつに纏わっていた。なのに、あの状態の時の自覚がまるでないことが信じられなかった。


 安堵したその時、遠くからモンスターの遠吠えが雷鳴のごとく響き渡った。


「こんどはなんだ?」


リーダーだった男が思わぬ異変に声を出した。

モンスターの雷鳴が響き渡ったと思ったら、どこからともなく足音と共に大きな鳴き声がこちらに近付いてくる。近付くほどに地鳴りのような地響きが大きくなる。


「…ぁ、はぁー…、モンスターだ、あの足跡のモンスター…」


アルフレッドはもう終わりだと言わんばかりに、顔を伏せた。


「こんどこそ、終わった。さっきはなぜだか、山賊さんたちが帰ってくれたみたいだけど、今回はモンスターが相手だ。無理だよー」


アルフレッドはその場に座り込んだまま動かない。リーダーだった男もアルフレッド同様にお手上げ状態、腹を決めたようだった。


 モンスターも動きを止めて座り込んだ。モンスターはさっきまで大暴れしていたのに、道化の糸が切れたようにいきなり大人しくなった。モンスターはゆっくりと猫撫で声をあげながら地面に首をおろした。すると、モンスターの背中から人が降りてきた。


「…おぉ、そこに顔を伏せているのは、アルフレッドじゃないか、元気だったか?」


モンスターの背中から降りてきたのは、アルフレッドの父であるタルフレッド・フラバスだった。


「ぇ?…、父さん?異国にいるんじゃ…なかったの?」


アルフレッドは顔をあげ、初めて見るものを見るかのように父を見上げた。父と認識するや否や父のもとへ駆け寄るアルフレッド。


「会いたかった…、会いたかった」


心の中にしまっていた、想いを父にぶつけるようにまとわりついて力一杯抱きしめた。


「どうして?」


アルフレッドが不思議そうにたずねると父、タルフレッドは耳元で囁いた。


「異国の王様がはからってくれたんだよ。父さんのためにね、タルフレッドの息子の旅立ちなら冒険者の集いへ同行して見送るようにと、な。」


アルフレッドは父の経緯を聞いて異国の王様を「寛大なお方だね」と称えた。まだ色々話し足りないことがあるとアルフレッドが父に訴えかけたが、急がなければ冒険者の集いに間に合わなくなるといって、タルフレッドはモンスターの背中にアルフレッドを乗せた。山賊のリーダーだった男はアルフレッドの護衛をするため一緒にモンスターの背中に乗った。リーダーだった男はデクスター・クラインと名乗った。そして王都へ出発した…。

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