第19話 黒幕の事情

 帝都には貴族階級の者たちが居を構えている区画がある。その中でも王宮に近い場所に住むほど、重要な仕事を任されていると言われている。

 クレイグ・マーコムの住む屋敷は、王宮から比較的近い場所にあった。

 部屋の中ではマーコムともう一人、ローブ姿の男性が座っていた。茶色い髪を後ろに撫でつけた中年の男性。背はあまり高くなく痩せている。


「どうも近衛騎士団が、宮廷魔術師団うちを嗅ぎ回っておるようで」

「ユスフ殿の方を?」


 マーコムがローブ姿の男――ユスフを見て言った。ユスフは頷いて見せる。


「庭師に魔術をかけてオフィーリア様を襲わせたことに気づいたようですな。思いの外、勘が良い連中です」

「それは……大丈夫なのか?」

「ええ。魔術はもう解いていますし、痕跡も残していませんから私に辿り着くことはないでしょう。しかしいきなりうちを探りだしたのは解せませんな。普通は外の魔術師を探るでしょうに」


 口に手を当て、ユスフは考え込む仕草をしてみせる。


「恐らくオフィーリア様の入れ知恵だろう。庭師の尋問に立ち会ったらしいからな」

「まさか。あの引き籠もり皇女様がですか?」ユスフが驚いたように言う。

「わたしもまさかとは思ったが、何やら勘づいた節がある。王宮で会った時、連れていた執事が妙な事を言いよった」


 マーコムはオフィーリアの連れていたカークウッドという執事のことを思い出していた。そして、皇族を前に臆することなく言い放ったあの台詞を。


 ――つまり最初の暗殺者はただの囮・・・・・・・・・・・だったと


(あれではまるで、別々の人間に襲わせたと知っておるようではないか)

 何も知らない者が聞けば、カークウッドの方が妄言でも吐いているのかと思うだろう。

 実際、オフィーリアの件について何も知らないキーランは、執事の言うことを戯言として受け取っていた。だが、実際に暗殺者を雇い、更にはユスフを使って暗殺を試みたマーコムには気になる発言だった。


「執事がどうかしましたか?」黙り込んだマーコムにユスフが訊ねた。

「いや、こちらの事情を察するような事を言いよったのでな。オフィーリア様を襲ったのが我々だと勘づいておるのではないかと」

「ふむ。皇女殿下の件は思ったよりやっかいそうですな。マーコム殿が雇った暗殺者がちゃんと殺してれば何の問題もなかったのですが……」

「そうだ、あいつだ。〝人形師ドールメーカー〟だ。何が一流の暗殺者だ」


 突如、マーコムが興奮した様子で言った。目玉が飛び出しそうなほど目を見開いている。


「何かあったのですか?」

「この仕事を降りると言ってきた。最初に失敗した時に、必ず自分が殺すと言っておったのに!」

「怖じ気づきましたかな。その程度の輩だったということでしょう」

「もうこうなったらユスフ殿に頼るしかない。イルマ皇子の方は順調だ。同じように殺すことはできないのか?」

「あれには準備が必要です。少しずつ魔術の触媒を食事に混ぜて、体内に仕込まないといけませんからな。気づかれにくい分、効果が出るまでに時間もかかります」

「食事に……か。離宮では難しいな。バシェルが目を光らせておる。奴は買収に応じないだろうしな。警備の方であればいくらでも融通は利かせるのだが……」

「ひとまずイルマ皇子の件が片付くまでは放っておいてはいかがでしょう? もう長くないでしょうから」

「オフィーリア様が今まで通り、離宮に引きこもっているだけなら、それでもよいのだが……」


 マーコムは疲れたように、深く椅子に座り直した。天井を見上げ軽くため息をつく。

 もしオフィーリアがマーコムの動きに気づいているのなら、何らかの対策を取らせる時間を与えることになる。イルマ皇子が亡くなれば、オフィーリアを担ぎ出そうとした連中の動きも活発になるだろう。

 このまま順調に行けば、帝位につくのはキーランだ。仮に連中の言うようにオフィーリアに息子が出来たところで対策はどうとでもなる。なるのだが……。


「できるだけ早いうちに芽を摘んでおきたい」


 〝死なずの〟オフィーリア。二回も生死の境を彷徨った状態から生き残り、今度は暗殺からも生き延びた。もし彼女が表に出てくるようなことがあれば反キーラン派の旗印となるだろう。そうなればマーコムにとって厄介な状況になる。


「ユスフ殿。すまないが今一度、働いてくれ」

「マーコム殿がそこまで言われるのなら」


 ユスフはゆっくりと頷いてみせた。

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