第18話 復活のハティ

「オフィーリア様!」


 王宮へ行った翌日、オフィーリアの元にハリエットが戻って来た。


「ハティ!? 貴女、大丈夫なの?」


 オフィーリアはひどく驚いている。バシェルからは、しばらく安静にしておかないといけないと聞いていたのだ。それが、怪我をしてから数日で帰って来たのだから当然だろう。


「はい。この通り……っ」


 ハリエットは両拳を肩の高さに挙げようとして、出来ずに顔をしかめた。右肩の後ろが痛んだのだ。それを見て後ろにいたバシェルがため息をついた。


「オフィーリア様、申し訳ありません。休むように言ったのですが聞こうとしないのです」

「今日にでもお見舞いに行くつもりだったのよ。安静にしておかないと」困り顔でオフィーリアが言う。

「ハティは大丈夫です。普段のお仕事なら十分にできます。ハティにできないことはカークウッドさんがやります!」


 笑顔を浮かべてはいたが、ハリエットの瞳には不安の色が濃く出ていた。

 メイドとしてみると、ハリエットは決して優秀ではない。ミスも多くオフィーリアの元に来るまでは様々な場所で解雇されていたようだ。それを知っているオフィーリアには、ハリエットが怪我をおしてまで戻って来た理由がなんとなく分かった。

 怪我で働けないことを理由に解雇されないか不安なのだ。


「バシェル。司祭さまを呼んでハティに治癒魔術をかけてもらって」


 オフィーリアはバシェルを見て言う。彼女の台詞を予期していたのか、老執事は驚くことなく頷いてみせる。


「え? え?」


 対するハリエットはオフィーリアの言葉に驚いているようだった。

 司祭の使う神聖魔術には怪我や病気を治すことができる魔術がある。しかし司祭は治癒の魔術を無償で使ってはくれない。お布施という形で幾ばくかのお金を要求する。そしてそれは、決して安くはない。普通はおいそれと治癒魔術を利用しないのだ。


「大丈夫。貴女のお給金から引いたりしないわ。ハティはあたしを救ってくれたのよ。命の恩人なんだから」


 ハリエットを安心させるために、オフィーリアは微笑んでみせる。


「オフィーリアさまぁ。ありがとう……ひく……こざいますぅ」


 張り詰めていた緊張のの糸が切れたのだろうか。ハリエットはその場にしゃがみ込んで泣き始めた。


「ちょっとハティ。泣かないで」

「ハティは……ひく……不安で。このままクビに……なっちゃう……のかって思って……ひぐ」

「さっきも言ったでしょ。ハティは命の恩人なの。クビにするわけないでしょ」

「うわぁぁぁん。ハティはオフィーリア様のこと大好きです。オフィーリア様のメイドでよかったですぅ……ずび」


 オフィーリアが差し出した絹のハンカチを受け取ると、ハリエットは思いっきり鼻をかんだ。トナカイのように鼻が赤くなったハリエットが、まだ潤んだ目でオフィーリアを見る。オフィーリアはそんな彼女を見て思わず笑った。


「ひどい顔になってるわよ。司祭さまが来る前に顔をあらっておきなさいな」

「はいぃ。そう言えば、カークウッドさんは?」


 立ち上がり、ハリエットはバシェルと共に部屋を出て行こうとする。ふとその足が止まり誰にともなく訊いた。


「彼なら食材を搬入しに来た商人の対応をしてもらっています」ハリエットの問いにバシェルが答える。

「そうなんですか。ハティがいない間、代わりに頑張ったカークウッドさんを褒めてあげないとですね!」


 まだ目は充血していたが、いつもの笑顔を浮かべてハリエットは言った。


        ◆


 離宮の厨房の近く、食料などを納めている倉庫の前にカークウッドは立っていた。

 目の前には女性が立っている。商人の格好をしたシルヴァだ。


「なんかアンタの方が詳しいじゃない。せっかく王宮に出入りしてる貴族をたらしし込んで情報仕入れたのに。他人ひとに仕事を頼んでおいてちょっと酷くない?」


 シルヴァは不満げな表情でカークウッドを見ている。


「皇女殿下のお供で王宮に行きましたからね。たまたまです」カークウッドは肩を竦めてみせる。「それに私が話を聞いたのはイルマ派の貴族です。キーラン派のことまでは分かりませんから、貴女の情報は十分有益です」


 カークウッドは王宮で得た情報を全てシルヴァに話していた。シルヴァの方も集めた情報をカークウッドに話している。彼女が持って来た情報は主にキーラン派のものだった。


「アンタも知ってるようにキーラン派の筆頭はマーコム伯爵って貴族なんだけど、そいつが属州の総督を狙ってるみたいね。キーランを皇帝に据えて自分は甘い汁を吸おうって腹づもりよ」


 ペルンデリア帝国の貴族は領地を持たない者がほとんどだ。基本、国は全て皇帝の所有物であり、帝国内に領地を持つのは昔からいる大貴族で皇帝に次ぐ権力を持っている。時には皇帝に意見できるほどだ。


 これに対し殆どの貴族は王宮に雇われ、役職としての爵位を与えられている。仕事の内容は多岐に渡るが、野心のある者が目指すのは帝国が征服した属州を管理運営する総督だ。

 仕事の一つである税収管理は〝おいしい〟仕事であり、不正を働く者も多い。


「トビアス帝は不正に厳しいからその息子を利用して……ですか。キーラン皇子はそれを理解しているのですか?」

「うーん。どうだろうね。噂だと自己顕示欲の塊みたいなお坊ちゃまらしいから、上手く乗せられてるだけって言ってたけど」


 カークウッドは王宮で会ったキーランのことを思い出していた。あまり頭が切れそうな印象はない。直情的で、馬鹿というほどではないが陰謀向きとは思えない。

 イルマ皇子の件は話を聞く限り一年半、もしかしたらそれ以上前から仕組まれていたに違いない。ひっそりと慎重に事を進めていたのだ。キーランは執念深い性格だとオフィーリアは言っていたが、直情的な分、周到さには欠ける。


「代理人の方はどうなりましたか?」

「そっちもバッチリよ。後をつけたらマーコムの屋敷に入っていったわ」

「依頼人はマーコムで、ほぼ決まりですね」


 ならばやはりあのマーコムが一連の黒幕と見るべきか。暗殺計画について知っていると匂わせたカークウッドの台詞に反応したのはマーコムだけだった。キーランはお飾りといったところか。


「シルヴァ。依頼人に伝えてください。私はこの仕事を降りる、と」

「それはいいけど……これからどうするのよ? この仕事にお金もだいぶかかったわよ」

「皇女側につくから心配するな。皇女殿下は俺を雇いたいそうだ」


 カークウッドの雰囲気が変わった。鋭い視線と冷ややかな表情。暗殺者〝人形師ドールメーカー〟としての顔だ。


「あら。アンタが寝返るなんて珍しいわね」

「俺を噛ませ犬にしたことを後悔させてやるためさ。それに」〝人形師〟はニヤリと笑う。「皇女殿下についた方が退屈しなさそうだ」

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