第3話 下着屋さんから始まる


 「あんん」

 喘ぎ声も可愛いなと鈴鹿は思った。大柄な女性なので、声帯の関係で声は低いのかなあッと思っていたけれど、素直に高い声で喘いでくれるし、胸も大きいし、ムダ毛は全部ないし、最高だと思った。


「こんな…!こんな私…、はじめて!」

「喜ばせる言葉、しってるじゃ~ん♡」

「だって…わたしなんて、かわいくないのに…」


「まだそんなこと言ってんの?んじゃ、わかるまでかわいがってあげるね♡」


 鈴鹿はぺろりと舌をなめて、そのまま彼女の体を味わった。



 ::::::::::::::


「で、目覚めたら感謝のメールが着てて、アマギフ来てたから、開いたら三万円ももらっちゃったわけ」

「だから、犯罪だって言ってんだろーがよ~!!」


 萌果が、鈴鹿と付き合っているとどんどん口が悪くなるなと思いながら、話を聞いた。夕暮れのファミレス、午後五時。萌果が浸りたい逢魔が時の、ファミレス特有の大きな窓の景色は、すっかり岸辺鈴鹿との時間に塗り替えられてしまっていた。

(まあ、嫌ではないんだけど)と思ってしまうとこが、嫌だなと思った。


 オレンジジュースが終わってしまったので、甘い紅茶にしようかなと席を立った。

「あたしも!んとね、ジンジャーエール」

「はいはい、氷は?」

「ばっさばさにいれて」


 2人は違う高校の、二年生と三年生。鈴鹿が、萌果の友達の姉。

 いちどだけキスしたことのある関係だが、今のところ友人という所だろうか。


「で、瑞樹と純愛、あるかなぁ?」

「どうでしょうねえ、連絡つづいてるんですかぁ?」

 心底興味のない会話なので、萌果は美味しく紅茶を飲む方向へ全振りしている。


「んとね、清川瑞樹セイカワミズキ、一個上の19歳。バレーボールしてるんだよ、かわいいでしょう」


 ババンとスマホの写真を萌果に見せてくれるが、あまりにもあられもないセクシー下着だったので、萌果はさすがにたしなめた。たぶん高級ランジェリーで、素敵なラインなのだろうが、大切な部分全てが、すけすけだ。


「あのね、純愛をしたいのなら、相手の、下着姿の格好を人に見せるっていう己の貞操観念を見直せって言ってるんですよ!」


「だってこういう写真しか、撮らせてくれないんだもん」

(けだものにぴったりの変態さんだ)萌果は、口に出さずに思ったが、顔に出ていたようで、鈴鹿が笑った。

「かわいい下着付けたことないから、たのしいんだって」


「へえ、それは、かわいらしいですね」

「え、興味ある?」

「まあ聞くだけ、聞きますけど」

 頭の中では、すでに恋愛メーカーが動き出していた。バレーボールだけに青春をかけていた大柄な女性が、可愛さを求めるだなんて、まるで、クマさんやウサギをかたどったクリームケーキのようだと思っていた。


「出会いは?」

「下着屋さん!かわいい下着を物色してたらさ~、「そういうの、つけたことないんです」って後ろから、でっかい女の子が言うから、じゃあ、ラブホ行って試着会する!?って」


「あ~~~……っ」

 可愛らしいぬいぐるみ博覧会がパンパンと音を立てて、バニー姿のセクシーなお姉さまに占領されていく。


「ここで終了したいけど、今回は聞きましょう!!」


「サンキュー!そんで、うちのお気に入りの店員さん巻き込んで3…4着かな?買ってさ、すっごいかわいいの、スケスケピンク!紫!最初は全然ダメって帰っちゃったんだけど、二回目にあった時に」

「え、二回も逢ってるんですか!?」

「そだよ、次の日曜日にお願いしますってメール来て、ラブホで撮影会したの!」


「ハハーん…」


「そん時、あたしが見繕ったやつじゃないのも持っててさ~、なるほどこれを見せたかったから、一回ダメっていったのかな?って。

 あんまりかわいいから、押し倒したらあっという間にノッてきてくれて、着替えてえっちして~、着替えてシテって、ずっとやってた。面白いんだよ!全部着たままできるやつでさ、手洗いがネックだけど、機能性高いよねえ、ああいう下着って……」


「あ~~丁寧な解説はいいです~~」


 さすがの萌果も、今回の相手を純愛に置き換えるのは無理らしかった。あまりにも体の関係すぎた。


(体ありきだ!けだものめ!!!)



「いや待てよ…」


「お相手って、バレー部でしたっけ」

「そう、バレー部でアタッカーだって」


「じゃあ、親友というか、いません?長年のつきあいの…」

「あ~~、いるいる、すげえ仲良しで、小学校からの知り合いだって。ことあるごとに、「琴美ちゃんはっ」ていうの。男同士みたいな?セッター?とかいってた。えっちしたあと、一回お酒飲みに行ったよ!」


「鈴鹿さんは、未成年!!!!!!!!」

「あたしは飲んでないって!!居酒屋メニュー好きなだけ」

「みんなそう言うんですよ、そんでカルアとかモスコとかオレンジサンライズとか覚えて帰るんでしょう!?」

「萌果、詳しいなあ」


 鈴鹿がニコニコしながら、萌果の話を聞いている。


「はあ、今回も、鈴鹿さんが当て馬でしたら、出来るかもです、純愛」


「まじか~~、もう二週間も付き合ってるのに!最長なのになあ」

「最長、14日って。ほんと貞操観念見直してくださいね」


「うい」


 鈴鹿が、ストローをぽってりとした唇で咥えて、ジンジャーエールを飲み干す。その間に、萌果は、キャラクターもののデコレーションケーキを、頭の中で仕立て上げた。その中身は、ジャムやフルーツ、開いてみないとわからない、そのバラエティーに富んだデコレーションケーキを、食べるのはやはり、鈴鹿ではないのだけど。



「たぶんですけど、清川さんは、親友さんが好きなんです。いつも一緒にいるので、恋だと気付かれないような、気安い相手。だからこそ、絶対悟らせたくない、関係も変えたくない。でも毎日募る思いが、彼女を下着へ走らせます。一枚下に隠した、恋心。もちろん、他の人たちは、いろんな自意識向上のために着ている人たちばっかりでしょうけど、清川さんは、好きな人のために、えっちな下着をつけてしまった。


 一緒の部室で着替えても、一切バレることがないそれが、自分の恋心と似ていると思ってしまったのかもです。


 ……そしてふたりだけの飲み会に、鈴鹿さんを連れて行く…。鈴鹿さんは、清川さんにとってのおしゃれ下着と同じような存在になっているのかもです。好きな人への想いを、隠しておくためのお守り……。お守り代なので3万円も妥当なのかも…。


 ちょっと純愛からは、逸れますね……不覚」


「あはは!!いいじゃん、あたしはそういう恋愛も好きだよ」


「ダメですよ、純愛は、熱情なんです」


「え、じゃあいいじゃん、好きな相手には友達っぽく振舞いながら、中では恋!って感じの装いしてるんだろ?相手のために。情熱じゃん、秘めてて燃えない?」


「……純愛っぽい」


「ほら!」


「でも、そこで鈴鹿さんと寝ちゃうのは、私的にはだめなんですよっ。そういうセクシーなの着てても純情を貫いててほしいっていうか~~~!!」


「なんでさー、あんな下着着けたら、かわいいんだから、あたしががまんしないよ。瑞樹も、じぶんのこと、よーやくかわいいって認めたしな」


「えっそういう?でもそうか、男同士のようにしてるから、自分がかわいくないって思って…素直に恋心を出せなかったとか?でもかわいいって認めて貰えて……──もしかしたら、相手に自分の全てをさらけ出す日も近いかもですね」


 むうむと萌果が唸る。その横でにまにまと、鈴鹿が見ていて、萌果が「なんですか」とにらみつける。

「そのピアスかわいいな」

「なんでそう、関係ないはなしするんですか、近々、琴美と付き合うことになったって、フられるかもなんですよ」

「それはそれで、瑞樹が幸せなら、あたしはそれ以上のことはないよ」


(あら、結構純愛なのかも)

 萌果は、少しだけ見直すような気持ちで、鈴鹿を見たが、誰かに奪われてもかまわない恋はやはり萌果の思う純愛とは、かけ離れていた。そこは、あえて、戦ってほしいものだ。


「でも~、今日は、物足りないから、奢らないぞ~~!!下着をかいまくって金欠だし!」

「おごってもらいたくて、遊んでるわけじゃないっ!」



 萌果が、あることないこと搔き集めて、純愛を捏造する、純愛メーカーを、鈴鹿は心待ちにしている。自分のカラダだけの恋愛が、純愛のようになる瞬間が、いつも心地よい気がするのだそうだ。


「なんつーか、ココロ?みたいなものが、よみがえる気がする」

「あんたは心を失った怪物か?!」


 大魔法使いなら、鈴鹿が失ったココロを取り戻せるかもしれない…いや、無理かも…本当の心は、どんなに隠したって、いつだってそこにあるんだから。


 薄汚れた狂犬の心はいつでも恋を求めてる。萌果はうんざりした気持ちで、変なのになつかれたな、と思いつつ、嫌いではない自分の秘めたる感情に腹が立ってしまった。


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