その4
王歴二一○○年 六月十三日 国王演説の三十分前
目を覚ますと、目の前に真っ白な天井が広がっていた。
以前にも似たようなことがあったなと、ユウヤは少し笑う。だが、前回と違って、天井にはカーテンがついていた。
不思議に思ってユウヤは上半身を起こし、カーテンの正体に気づく。ユウヤが寝ていたのは、天蓋付きのベッドだった。天井だと思っていたのは天蓋で、カーテンはその天蓋にくくりついていたものだった。
ユウヤはあたりを見渡して状況を確認した。全体的に煌びやかな装飾が施された室内で、気品ある雰囲気だ。天蓋付きのベッドといい、まるでお嬢様が住んでいるような一室だ。
ベッドのわきに置かれた二匹のクマのぬいぐるみを見つけて、何となく手に取る。もはやぬいぐるみを、両親だと思うことはない。
「お目覚めですか」
ぬいぐるみに気を取られていると、前方から突如声が聞こえた。慌てて振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。少女は王都センダイにある聖桜高校の制服を着ており、髪の毛をポニーテールに結っていた。
「たしか、財前ノゾミさん、でしたよね。アザミの側近の」
アザミ、という単語に少女――財前ノゾミはぴくっと反応を見せる。しかしすぐに何事もなかったように取り繕うと、スカートをつまんで軽く礼をした。
「名前を憶えて頂けて恐縮です。成宮様」
恭しい所作にユウヤも思わず「あ、いえいえ、こちらこそ」と急いで立ち上がって軽くお辞儀をしてしまう。
そんなユウヤの様子をノゾミはじっと見つめていた。
「あの、なにか?」
無言の視線に耐えきれなくなったユウヤはノゾミに話しかけた。
「いえ、アザミ様の強制睡眠に、二級の体内時間停止まで使ったのですが……、やはり、目を覚ましてしまうのですね」
やはり、という言葉に今度はユウヤが反応するが、ノゾミは話を続ける。
「アザミ様から、成宮様が目を覚ます可能性について指摘を受けておりました。徐々にアザミ様の権能が効きにくくなっていると。完全に権能が復活すれば、もう誤魔化すことは出来ないだろうと」
「……」
ユウヤは何も言えなかった。否、何も言わないのが正しいと思った。
「成宮様がどのような状態であろうと、事が始まれば、ここ、イズミ行政区にあるアザミ様の邸宅から成宮様を遠くへ逃がすように仰せつかっております」
しかし、このセリフだけは無視できなかった。
「事が始まるって、まさか……⁉」
「ご想像の通りかと。アザミ様は今、革命軍の皆様と協力して国王への謀反を企てております。「ユウヤ君だけは、この戦いに巻き込みたくない」、そう仰ってましたよ」
「アザミ……」
自分の知らぬ間にアザミが決死の覚悟を決めていたことに、ユウヤは思わず握りこぶしを作った。
「では、私は私の仕事を済ませます」
次の瞬間、ノゾミがユウヤの目の前にテレポートしてきた。ユウヤの顔を、上目遣いで眺める。
「どういたしますか。行先は指定されていないので、ご希望があればどこへでもお連れしますよ。私としては、アオモリ州なんておススメです。革命の被害が一番少ないですし、いざとなれば海峡を渡って第六王国へ避難することもできます。いかがいたしましょうか?」
普段は真顔で淡々と述べるノゾミだが、今この瞬間はどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべている。
そんなノゾミの笑みに、ユウヤは思わず息をのむ。
「どこへでも、って言ったね?」
「えぇ、どこへでも」
「……なら、僕をアザミのところへ連れて行ってほしい」
ユウヤの回答を聞いて、ノゾミは真顔に戻った。
「アザミは、またそうやって僕を守ろうとしてくれているんでしょ。本当に、嬉しいよ。――でも、もう僕は現実から目をそむけたくないんだ。アザミがまだ戦っていると言うのなら、僕も一緒に戦うよ」
優しい笑顔からこぼれる芯の通った言葉に、ノゾミは心底安心感を覚えた。
「良かった。きっと、成宮様ならそう言うと思ってました」
手を後ろに組みながら、ノゾミは窓際の方へ歩き出す。
「以前、成宮様は「権能は決して特別なものなんかじゃない」と、仰っていましたようね。あの言葉をきいたのは、実は二回目なんです」
少女は窓の縁に腰を据え、哀愁の漂った目でユウヤを見つめる。
「アザミ様は――いえ、あの子は、決して強い子ではないんです。……昔、権能を暴走させて両親を殺してしまった女の子の記憶を治療したことがあったんです。権能がトラウマになっていたその女の子は、治療のおかげで無事トラウマを克服したんですが、その時、あの子は泣いちゃったんです。「これまでずっと、辛かったよね」って。別に自分の事なんかじゃないのに、他人のために泣いちゃうような、お人好しなんですよ、あの子は」
治療を受けた女の子が誰なのか、あえてユウヤは聞かなかった。聞く必要もなかった。
ノゾミは胸の内に秘めた思いをすべてて言い終えると、右手をユウヤに差し出した。
「行きましょう、アザミ様の元へ。あの子には、あなたが必要です」
ユウヤがその手を取ったことなど、言うまでもなかった。
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