その3
真っ暗な暗闇が広がっている。
暗闇の中で、ぽつんと一人、「自分」の身体だけが浮いている。
時間が経つにつれて、「自分」が誰なのかを思い出し、絶望に浸る。
「あぁ、僕は、そうか、僕は成宮ユウヤで、そして……」
少年は頭を押さえてうずくまった。今まで「自分」だと思っていたものは、悲しい真実を封じるための偽の記憶でしかなかった。父も母も、祖父も、皆、死んでいる。少年には、何も残っていなかった。
『やっと、全て思い出したみたいだな』
暗闇の中から突如聞こえた声に、少年は顔を上げる。
するとそこには、影のように輪郭のぼやけた、灰色の男が立っていた。
その奇異な面相から、「男」と認識していいのかと問われれば答えることは出来ない。そもそも、「人」であるかすら怪しかった。だが、少年は直感的に目の前の物体は「男」で「人」だと思った。
『お前の本当の権能が戻るにつれて、お前にかけられた四条アザミの権能にもほころびが生じ始めていた。完全に権能が戻れば失われた記憶も思い出す。いずれは、こうなる運命だったのさ』
男は感慨深そうに少年へ語った。
「あなたは……、もしかして、初めて一級の権能を使った時や、ナトリでの戦いの時に僕へはなしかけてきた人、ですよね?」
今度は少年が男へ話しかける。
『あぁ、そういう言い方も正しいが、他の言い方もできるだろ。お前だって、気づいているんだろ?』
男は愉快そうに質問を質問で返す。だが、ユウヤも何となくだが、男の本当の正体に勘づいていた。
「そうか、あなたは、いや、君は、僕なんだね。あの時、辛い記憶から逃げるために、アザミの権能に縋ってしまった、僕だ」
男は少年の答えに少しだけ笑った。
『半分、正解だ。――確かに、俺はお前だ。あの時のことをずっと後悔している、お前だ。だが、それは俺を構成する半分の要素だ。正確に言うなれば、元々存在した俺に、お前という意識が入り込んできて新しく生まれた存在、だな』
少年は首を傾げるが、男は言葉を続ける。
『まっ、そんなことはどうでも良いんだよ。それよりも、お前、これからどうするべきか分かってんだろ?』
それは、少年のすべてを見透かした言葉だった。
「そう、だね。僕は、ずっと後悔していたんだ。なんで、アザミにあんな十字架を背負わせてしまったんだろう、って。記憶がなくなっても、その後悔だけが、ずっと心にしがみついて離れなかったんだ」
うずくまっていた少年は、立ち上がる。
「もう、こんな後悔は終わらせたい。自分が自分であるために、僕は行くよ」
男は満足そうに笑った。
『それでこそ、俺だ』
止まっていた少年の時間が、動き出す。
『自分の権能がどういうものかもう理解しているのだろう。――行け! 戦え!』
暗闇の中に、淡い光が出現する。
少年は、光へ向かって走り出した。
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