その2
「ちょっと、何外してるのよ」
「無茶言うな。お前との会話の記憶を思い出した瞬間、こう、体中がぞわぞわして権能の操作が乱れたんだよ」
「何よ、私のせいにする気?」
目の前で言い合いを始める二人に対し、シュウゾウはいらだちを覚えていた。
「……小娘、貴様、何のつもりだ」
シュウゾウはアザミに問う。
「あら陛下。御覧の通り、私は革命軍に味方するだけですよ。陛下のような嘘つきに付き従うのはもう御免です」
「嘘つきだと?」
「はい、陛下はとんでもない嘘つきですね」
アザミは妖しく微笑んだ。
「だって、革命軍の計画が無意味だなんて、とんだ虚勢ですよ。――確かに、私を断罪の剣で刺したところで何の意味もありませんが、その過程で陛下が殺されることには意味がありますよね?」
「……」
アザミの問いかけにシュウゾウは何も答えない。
「陛下のような契約系の権能について、私はずっとノゾミに調べさせていたんです。いつか必ず、陛下を殺すために。契約系はあまりいないので随分と時間がかかってしまいましたが、革命軍が捕縛されてからしばらく経った頃に、ようやくノゾミから調査報告を受け取りましたの。そしたら、あら大変! なんと陛下のような契約系の権能は例外中の例外、「死んだ後に権能による現象が無効化してしまう」権能だったんです! つまり、陛下が死ねば、奴隷兵は皆、解放されるってことですね」
道化のように語るアザミだが、シュウゾウは何も反応しない。だが代わりにシュウゾウの隣に控えていた執事の柏木が耳につけた無線に手を当て、何やら驚きの表情を浮かべる。
「陛下、王国内で一斉に革命軍による反乱が発生した模様です」
その言葉に近くで状況を計りかねて控えていた甲冑兵たちが動揺する。
「そいつは俺の仕込みだ。とらえられていた革命軍は全員この女経由でひそかに開放して、王国各地の主要都市に潜伏させておいた」
カツヤがふてぶてしい笑みを柏木とシュウゾウに向けて浮かべる。その横で先ほどまでの大げさな態度を止めたアザミが、シュウゾウを睨みつけていた。
「貴族になって四年、本当に、本当に長い時間でした。でも、これで我慢するのはもう終わりです。全てをここで終わらせます。奴隷兵も、巨人兵も、何もかも」
魂のこもったアザミの言葉があたりに響く。四年かけて作り上げたアザミの正念場が、今ここにあった。
「……そうかそうか、やはりこうなるのか」
アザミの言を聞き終わったシュウゾウがゆっくりと玉座から立ち上がる。
「柏木」
シュウゾウが重々しく自身の重臣の名を呼ぶ。
「やれ」
主の言葉に、柏木は深々と礼をした。
「承知致しました」
次の瞬間、カツヤは全身に寒気が走った。
「馬場‼ 四条アザミを全力で守れ‼」
「えっ?」
アザミはカツヤの言葉の意味が分からず、隣を振り向く。しかしカツヤはそんなアザミを気遣う余裕などなく、冷や汗をかきながら権能を繰り出そうと両腕を広げていた。
――刹那、アザミの目の前で金属のぶつかり合うような大きな音が響いた。
「オイオイ、いくら何でも速すぎるなこれは」
アザミの目の前では、四十代くらいの髭をたくわえた男が腕をクロスさせて、両手に剣を持った柏木の斬撃を受け止めていた。
「身体の硬化、ですか。中々いい権能をお持ちで」
「いやいや、あんたの権能の方が使い勝手が良さそうだ」
馬場と呼ばれた革命軍の戦闘部隊を預かる隊長の男はニヤリと笑ったが、腕が斬撃で震えており、内心では全く余裕がなかった。
「よくやった馬場‼ それと宝田と我妻は四条アザミの救出を優先しろ‼ 王は後ででいい‼」
「「了解!」」
カツヤが大きな声で叫ぶと、柏木の側に横から小さなこけしが強風に乗って飛んできた。柏木はすぐに後ろへ飛ぶ。
「お嬢さん、そのまま俺の後ろに隠れてな」
「は、はい」
アザミが返事をした直後、こけしが爆発した。手りゅう弾程度の小さな爆発だったが、人を殺すには十分な威力だった。
爆発のすぐそばにいたアザミは突然の事態に驚くも、全身硬化をした馬場の影に隠れていたおかげで無傷だった。
「い、一体何が……」
状況を飲み込めずにアザミはあたりを見渡す。すると背後にはいつの間にか双子の少女が二人、セミロングの女性が一人、そして身長百九十センチほどの背の高い男が立っていた。
「悪い。お前との事前の打ち合わせでは、俺が一発目の攻撃を失敗したらアゲハとクロハの権能で潜伏させた宝田たちに二発目を繰り出させる手筈だったが、そんな余裕はなかったんでお前の防衛を優先させた」
カツヤが隣で焦りの表情を浮かべながらアザミに話しかけた。アザミと同じく爆発の近くにいたカツヤだったが、爆風と熱波を権能で防いでいたため、無事だった。
「爆発を防ぎながら周りの兵士を無力化ですか。さすがですね」
感心したような柏木の声を聞いたアザミが甲冑兵の方を見ると、甲冑兵たちがいつの間にか遠くの方へ吹っ飛んでおり、その衝撃で立ち上がれずにうずくまっていた。
「あんたに褒められてもあんまり嬉しくねぇよ、柏木さん」
二刀流の構えをとる柏木をカツヤは油断なく警戒する。
「柏木さん、あんたは昔から自分のことをただの執事だって言ってたが、執事にしては強すぎんだろ。俺が失敗した初撃の対処だって、いくら何でも動きが速すぎる。――あんた、本当は何者だ?」
カツヤの問いに、柏木は少しだけ微笑んだ。
「カツヤ様、私が執事であることは間違いありません。ですが、もう一つの役職を隠していたのは事実です。――私は、貴族も務めさせていただいております」
「なっ⁉」
その言葉に驚いたのはアザミだった。
「そんな、貴族は私を含めて四人しかいないはず⁉」
「いいえアザミ様。今回のような他の貴族が裏切る事態に備えて、陛下はあらかじめ私の存在を伏せていたんです。私の権能は二級ですので他の貴族の皆さんに比べると一段落ちますが、戦闘能力に関しては一枚上手だと自負しております」
自画自賛をする柏木だが、そこには侮りや驕りなどは全くなかった。
「へぇ、ならその戦闘能力、見せてもらおうか」
アザミの前にいた馬場が柏木目掛けて全力で走り出す。
「遅いですね」
しかし、柏木は迫りくる馬場へ目にもとまらぬ速さで逆に急接近し、右手の剣を振り下ろした。
「チッ、なんだこの速さは⁉」
馬場は硬化した片腕で剣を受け止めようとするが、ここで突然、全身に圧力がかかり、身体が地面にめり込む。
「ウッ‼」
全身を硬化させて圧力に耐えるが、うめき声が漏れる。
「宝田さん‼ 馬場さんが‼」
「分かってます‼」
サキの声と同時に宝田が懐からこけしを取り出し、柏木へ投げつける。サキはそのこけしを先ほどと同じく強風で加速させた。
「一度失敗した手を二度使うなど愚の骨頂ですよ」
柏木が言葉を放った瞬間、こけしが柏木から二十メートルほど離れた場所で急にすとんと一直線に落下し、地面に食い込んだ。
驚くサキと宝田だったが、その一瞬にカツヤは権能で柏木の足元の地面をえぐり、急ごしらえの落とし穴を作った。
「これはお見事」
しかし言葉とは裏腹に、柏木は軽々と飛び上がって落とし穴をかわし、王の前にすっと着地した。
全員がシュウゾウと柏木から距離を取り、呼吸を整える。僅か数十秒の出来事だというのに、カツヤたちは息を切らしていた。
「なるほど、柏木さん、あんたの権能、だいたい分かったぜ」
緊張で滝のような汗を流したカツヤが口を開く。
「半径二十メートル以内の重力を自在に操る、って権能だな。自分の身体の周りだけ重力を減らして移動スピードを上げたり、逆に周囲の重力を倍増して敵の動きを止めたりできるってわけか」
「正解です、カツヤ様」
柏木が和やかに答える。
「カツヤ様のおっしゃる通り、私の権能は重力操作系の二級です。二級ですので大した威力はありませんが、そこは知恵と工夫です。残念なことに、歳のせいで全盛期の半分程度の実力しか出せませんが……」
「これで全盛期の半分かよ」
悩まし気に語る柏木に、カツヤは余裕など全くもって無くなっていた。
「柏木、時間がかかりすぎだ」
「申し訳ございません、陛下」
柏木はシュウゾウの方を振り向き、深々と頭を下げる。
「こやつらの駆除に、あとどれくらいかかる?」
「三分はかかるかと。他の者たちは一分もかかりませんが、カツヤ様はお強い。恥ずかしながら、カツヤ様には二分以上のお時間を賜りたく存じます」
シュウゾウは何か考え込むように柏木を見やる。
「そうか、お前でもそこまでかかるのなら仕方があるまい。ならば巨人兵を使う」
「なっ、巨人兵⁉ 巨人兵はまだ未完成のはずでしょ⁉」
アザミの言葉でカツヤもナトリ基地襲撃後に行われた会議で宝田がそう報告していたのを思い出す。
「念には念を入れて貴様と他の三人の貴族には巨人兵が完成したことを黙っていたまでよ。まさか、本当に役立つとは思っていなかったがな」
シュウゾウは皮肉そうに顔をゆがめた。
「柏木、下がれ」
「申し訳ありません、承知致しました」
もう一度深々と頭を下げると、柏木はすぐにシュウゾウの後ろへ控えて姿勢を直した。
「俺はすべての可能性を考慮していた。革命が起きた場合も、貴様のように貴族が裏切った場合も、他の連合王国が束になって俺を殺しに来た場合も、有り得る可能性は全て!」
シュウゾウは軽く右腕を上げる。
「だからこそ、最後に立っているのは、この俺だ。――巨人兵よ、我の元へ来い!」
次の瞬間、カツヤたちが立っている庭園の地面が激しく揺れ、アオバヤマ王宮を見下ろすように全長三百メートル超の巨人兵がシュウゾウの後ろ側に現れた。
「オイオイオイ、でかすぎだろ」
「ナトリ基地の地下ですでに見ていましたが、地上に出るとさらに大きく見えますね……」
馬場と宝田が顔を引きつらせながらあまりに巨人兵を見上げる。すると巨人兵は大きく口を開け、まばゆい光が口内で点滅し出した。
「んな悠長な事言ってる場合じゃねぇぞ‼ あれは絶対にヤバい‼」
命の危機を直感したカツヤは、先ほど一回目の奇襲で柏木に弾き飛ばされた甲冑兵の剣をもう一度操り、シュウゾウへ飛ばした。
「なっ⁉」
しかし、剣はシュウゾウの目の前に現れた青白いガラスのような何かに阻まれ、当たることはなかった。カツヤは慌てて巨人兵の方を見ると、巨人兵の右腕がシュウゾウの方へ向けられていた。
「こいつ、障壁系の権能まで使えんのかよ⁉」
「当たり前だ、愚息よ。巨人兵は元々、強力な権能を複数持った人間を生み出す計画から派生したものだ。権能は一人一つという原則から外れた存在ゆえ、貴様の常識が通じると思うな」
カツヤは悔しさで歯を食いしばる。だがその間にも、巨人兵の口から放つ光の点滅は、周期が短くなっていた。
「終いだ」
シュウゾウが軽く腕を振り下ろす。すると光の点滅が終わり、まるで太陽のような強烈な輝きを放った。
「あ――」
次の瞬間、巨人兵の口から強大なエネルギー砲が放たれた。膨大な熱エネルギーを含んだ光線が近づくにつれて、チリチリと焼けるような痛みが体表を覆う。
「(あぁ、私、死ぬんだ)」
僅かコンマ数秒にも満たない時間だったが、アザミが死を実感するには十分な時間だった。もはや、打つ手は何もない。
全てを諦めたアザミは、そっと目を閉じた。
「いいや、まだ終わりになんかさせない」
その声を聞いたのは、アザミだけだった。この場にいるはずのない、誰よりもアザミが恋焦がれた少年の声だった。
「えっ」
瞼を開けたアザミは、目の前の光景に驚く。巨大な氷山が盾となり、エネルギー砲を受け止めていた。
「待たせてごめんね、アザミ」
アザミの後ろから歩いてきた少年は、優しい声で語り掛ける。辺り一面の気温が一気に下がったせいで、少年の口からは白い息が漏れていた。
「ユウヤ君……‼」
死を覚悟した少女の前に現れたのは――成宮ユウヤだった。
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