第六章 最終決戦

その1


王歴二一○○年 六月十日 国王による演説の数日前


 王都センダイ、イズミ行政区。ブルジョワ向けの邸宅が並ぶこの高級住宅街には、数ある豪邸の中でもけた違いに大きな屋敷がある。屋敷の主が国の重要人物であることは、その豪華な外装を見れば誰の目にも明らかだろう。


「失礼します。お客様をお連れしました」


 執事の恰好をした男が客人を女主人の部屋へ案内する。しかし、執事が連れて来た少年は身体を鎖で縛られており、とてもお客様と呼ぶにはふさわしくない様相だった。


「ご苦労様」


 部屋にいた女主人は一言礼を述べると、執事に軽く微笑んだ。


『それじゃあ、今ここに彼を連れてきたことは忘れてね。下がっていいわよ』


 女主人の言葉を聞いた執事は、目から光が消えた。


【かしこまりました】


 執事は恭しく礼をすると、部屋から退出した。


「……相変わらず、ゲスい権能だな。人を何だと思ってやがる」


 鎖で縛られた少年――月光カツヤは、この屋敷の主であるアザミを睨みつける。


「ゲスだなんて、失礼しちゃうわ。あなたみたいな考え無しの脳筋に言われたくないわ」


 声音こそ不機嫌そうだが、表情は微笑みを保ったままアザミは答えた。


「それで、難民にも慈悲深き聖女様が、俺のような反逆者に何の用だ? わざわざ連れてきた奴の記憶を消してまでコソコソと。悪いがお前みたいな小娘のつばめになるつもりはないぞ」


「下品な言葉を使わないで頂戴。第一、つばめっていうのは年上の女性が年下の男性を――」


「一からつばめの説明をしてくれんのか?」


 カツヤに指摘されてアザミは思わず口を押える。


「ほんと、あなたって嫌な人。姿だけ変わって中身は昔と全然変わらないじゃない。気品ってものが無いのかしら?」


「お前も、相変わらず性格最悪だな。聖女なんて称号似合ってねぇぜ」


 久々に再会した犬猿の仲である相手に、二人はバチバチと視線を交わした。


 二人にはもともと面識があった。アザミが第七王国の貴族である以上、王の息子であるカツヤとも当然会っている。だが、二人の仲は決して良くなかった。出会ってすぐに、「こいつ(この人)とは絶対に仲良くなれない」と気づいてしまい、以降、カツヤが行方をくらますまで犬猿の仲が続いた。


「はぁ、なんでこんな人のために私が言葉を尽くさないといけないのかしら。嫌になっちゃうわ」


 アザミが諦めたように大きなため息を出す。


「……本当に何なんだよ。どうせ俺はこれから、処刑されるか記憶を消されるかのどっちかなんだろ? それなのに俺をこうやってこっそり呼び出すなんて、一体どんな内緒話をしたいんだ?」


 カツヤは真面目な表情でアザミに尋ねる。


「内緒話、ね。……なるほど、よく考えれば「話」をする必要はないわよね」


 アザミはスッと椅子から立ち上がると、カツヤの頭に手を触れた。


「な、なにをするつもりだ⁉」


「別に。話すのが面倒だからあなたの脳に直接私の記憶を読み込ませるだけよ。一部とはいえ、あなたなんかに私の大事な大事な思い出を知られたくないんだけど。……でも、悔しいけどあなたにも知る権利があるから。――『対象へ指定した記憶の読み込みを開始』」


「うっ⁉」


 カツヤは直接頭の中に情報を詰め込まれる違和感に襲われるも、すべての記憶を見終わった瞬間に驚いた表情でアザミを見つめた。


「お前、成宮と……」


 カツヤの頭の中に入ってきたのは、アザミが過ごした幸せで、そして辛い日々だっ

た。雪山でユウヤと出会い、同じ家で暮らし、そして第二王国の刺客が現れ、第七王国で貴族として働いた今日まで。アザミが絶対に見られたくない記憶以外で説明に必要なシーンが、カツヤの脳内で鮮明に再生された。


「そういうわけよ。……私はね、なんとしてでもユウヤ君の幸せを守りたいの。たとえ偽りの記憶を植え付けて、本当の権能を使えないようにセーフティーをかけてでも、私は彼に幸せな時間を見せ続けないといけないの。それが私に出来る、唯一の償いなのだから」


 アザミの表情には、今までカツヤが見たことないほどの真剣さがにじみ出ていた。


「……なるほどな、お前が俺をここに呼び出した理由は何となく分かった。成宮の平穏な日常を取り戻すために、俺が国王を殺すのを裏で手引きしてくれるってことか?」


 カツヤの言葉にアザミは少し微笑んだ。


「えぇまぁ、概ねそういう理解で合ってるわ。私自身は貴族になってしまった以上、王を殺すことは出来ない。だから、代わりに殺してくれる人を探してたってわけ。本当はあなたみたいな短慮な人を手伝うなんて嫌なんだけど、タイミングとしてはこの上ないくらい最高の状況だから」


 自分が呼び出された真相を知り、納得するカツヤだったが、ここで一つ疑問が生まれる。


「なら、なんで最初から俺たちを手伝わなかった? そりゃ、俺がこうして捕まらなければ革命軍のリーダーが元王子だってのは気づけなかっただろうが、お前の目的を果たすなら最初から革命軍に協力しておけばよかっただろ。わざわざ、こうやって革命軍を壊滅させる必要はなかったはずだ」


「そこがあなたの勘違いよ。私、元々あなたが革命軍のリーダーだって知ってたし、何ならあなたたちの行動を影ながらフォローしてたのよ」


「は?」


 思わぬカミングアウトにカツヤは素っ頓狂な声が出る。


「まず、あなたとあなたのお兄さんが死を偽装して王宮から去った時も、権能を使って何が起きたのかすぐに把握したわ。月光家の養子に入って革命軍を組織したことも、もちろんね。その上で陛下には黙っていたし、なるべくあなたたちが動きやすいように工作していたのよ。まぁ、陛下は陛下で別の諜報部隊からあなたたち革命軍が活動していることを知っていたみたいだけど、さすがにそのリーダーが自分の息子ってことには気づいていなかったみたい」


「……待て待て待て、ちょっと待て。おま、そんだけこっちの事情を理解してんなら接触して来いよ! 最初から普通に協力しろ! そうしてりゃナトリで一級二人を相手する必要なんざなかったじゃねぇか!」


「あなたに最初から協力なんてするわけないじゃない。元々、あなたたちの革命なんて王国の戦力にダメージを与えられれば嬉しいな、程度にしか考えてなかったわ。王国の戦力が減れば後々陛下を殺せるチャンスが増えるでしょうし。ナトリの二人に関しても、あなたたちがどう行動しようが巨人兵を保管しているナトリ基地に貴族を防衛のために配置するのは決まっていたし、衝突は避けられなかったわよ。――まぁ、一級であるあなたが彼らとぶつかれば王国にも少なからず損害が出ると思って少数精鋭隊の情報はリークしたけど」


「おいテメェ」


「私だってユウヤ君があの部隊にいるって知っていればあんなことはしなかったわよ。ユウヤ君のセーフティーは元々緩んではいたけど、あの戦いで九割近く外れてしまったわ。全く、この間まで一般人だった彼を戦いに巻き込むだなんて、どんな神経してるのよ。思わず蹴りたくもなってしまうわ」


 革命軍にユウヤが保護されているのは知っていたが、まさか親友であるカツヤがユウヤを戦いに巻き込むとは考えていなかった。アザミとしては、カツヤの行動は完全に想定外だった。


「というか、そもそもあなたと私では方法論が違いすぎる。王国の内部から静かに変化をもたらそうとしていた私と、王国の外部から急激に変化をもたらそうとしたあなたでは、根本の考え方が違うのよ。――でも、そうね。一刻の猶予がなかったという意味では、あなたの方法を否定するつもりはないわ」


「お前……」


 アザミの権能は、決して戦闘向きではない。革命の必須条件である「国王の殺害」を実行するには、直接的な攻撃力が足りなかった。だからこそ、時間をかけて内部に入り込み、虎視眈々と機会を狙っていたのだが、カツヤのような権能があればと考えてしまうこともあった。


「結局、私の方法では誰も救えなかった。巨人兵計画も止めることが出来ず、内部に潜入するためとはいえ、奴隷兵計画にも加担してしまった。……もう、限界よ」


 苦しそうにそう吐き捨てるアザミを見たカツヤは、何かを決意したかのようにすっと立ち上がる。


「……なら、最後に聞かせろ。お前の――四条アザミの、一番の願いはなんだ? 成宮に平穏な生活を送らせたいのなら、別に俺たちに協力する必要はねぇ。お前が貴族になる必要もなかったはずだ。それなのに、お前が今こうしてこの場にいる理由は、なんだ?」


 カツヤの問いに、苦しそうなほど魂のこもった眼差しでアザミがカツヤを射抜く。


「私が、私に誇れる自分であるために。ここで誰かが傷ついているのを無視してユウヤ君の幸せを望むのは、私自身が許さない。ユウヤ君だって、そんなことは望まない」


 歯の浮くようなアザミのセリフにカツヤは思わず笑みを浮かべた。


「(なるほど、こりゃ相当だな)」


 いつも取り繕った微笑みしか浮かべない女の子の意外な一面に、カツヤはなぜか少しだけ嬉しさを覚えた。


「戦うには上等な理由だ。――それで、俺は具体的にこの後、何をすればいい?」


 これから起こる大逆転劇を想像し、カツヤは不敵な笑みを浮かべた。


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