その14
「ユウヤ君‼」
まず視界に入ったのは、ベッドに横たわるユウヤだった。上半身を起こして突然病室に入って来たアザミをじっと見つめるも、その目はどこかうつろだ。全体的に生気がない。
アザミは心の内に湧いて出て来る様々な感情を押さえつけ、ユウヤの周りにいる黒いスーツを着た男女四人を睨みつける。
「先生、そちらの少女は――」
『全員、動かないで』
アザミの声で、黒服たちはいっせいに動きを止める。
「なっ、これは⁉ 先生、まさかあなた、裏切ったんで――」
『黙りなさい』
黒服の一人である女が口を紡ぐ。アザミは手に持っている二体のぬいぐるみをユウヤのベッドの側にある棚にそっと置き、もう一度女の方を睨みつけた。
『私の質問に答えなさい』
アザミがそう言った瞬間、黒服たちは無表情となった。
【はい、なんなりと】
黒服たちのリーダーと思わしき先ほどの女が恭しく答える。
「あなたたちがユウヤ君を使って行おうとしている兵器の開発って何?」
【大規模破壊兵器「巨人兵」の開発です】
「巨人兵?」
【はい。国王陛下の権能で強化した複数の権能使いの脳を素材とし、肉体培養の権能で作成した三百メートルほどの人造人間の頭部に素材を移植することで、複数の権能を持った大規模破壊兵器を生み出す計画です】
「なっ⁉」
アザミは黒服の女の暴露に愕然とする。第七王国で人体を素材扱いするような兵器開発が行われているなど、想像もしていなかった。今の第二王国ならばともかく、比較的権能差別の少ない第七王国ですら、この有様なのか。
【通常、権能使いは一人につき一つまでしか権能を持つことが出来ません。しかし、肉体や脳を物理的に肥大化し組み合わせることで複数の権能を保持できることが実験により判明しました。そこでこの巨人兵計画が立案されたのですが、問題になるのは巨人兵の素材です。素材として解体する前に陛下の権能で最終的には強化をしますが、素材となる権能使いは出来るだけ強力な権能を持っている方が好ましいです。我々調査班は戸籍から条件に適した権能使いを探していたのですが、そのような最中で見つかったのが、成宮ユウヤです。第二王国の貴族と一級の権能使いを倒せるほどの彼の権能ならば、この計画に最適な素材であると我々は判断しております】
女の一言一言に、アザミは憤りを覚えた。人間を人間とも思わず、部品のように扱うその神経が信じられなかった。ただでさえ、自分のせいで本来幸せに暮らすはずだったユウヤを不幸にしてしまったのに、今度は第七王国の非人道的な計画に巻き込まれるなど、決してあってはならない。
今後自分がどうすべきか、アザミの方針は決まった。だが、その前にやるべきことがある。
「あなたたちは廊下に出てて。ユウヤ君と話をしたいの」
【承知致しました】
アザミの一言で、黒服と主治医が病室から出て行く。
「ごめんね、ユウヤ君。お待たせ」
アザミはそっとベッドの端に座った。
「アザミ……?」
うつろな目でユウヤは返答する。
「やっと二人でお話しできるね。さっきの兵器がどうとかの話も大切だけど、まずはユウヤ君に言わなきゃいけないことがあるから」
緊張で手が震えるも、シーツをぎゅっと握りしめてこらえる。
「ごめんね、ユウヤ君。ごめんね。ごめんね……」
言わなければならないと、一日中ずっと思っていた言葉をやっと口に出し、目から涙が溢れ出す。
「どうして……、泣いているの? 今日はみんなで、ケーキを食べる、約束、でしょ。ここはどこ、だろう? ……そっか、ここが、家なんだね。あはは、どうして、忘れてたん、だろう。お父さんと……、お母さんは、どこに、いるの……、かな?」
ぼそぼそと紡がれる言葉が、よりアザミを苦しめる。現状を理解できておらず、感情のこもっていないその声は、ユウヤの心が壊れてしまったことを嫌というほどアザミに思い知らせた。
「本当に、ごめんね。私がユウヤ君の側に来てしまったせいで、こんな……、不幸な目に……。本当にごめんね……」
懺悔の言葉は、いくら並べても足りなかった。
「もう、絶対に、こんなつらい目には会わせないから。今度は、私があなたを守ってみせる」
ユウヤの手を両手で握りしめ、涙をこぼしながらも覚悟の決まった目で愛しい人を見つめる。そこにはもう、王子様に守られるだけの小さな女の子はいなかった。
「これからユウヤ君は、ずっと幸せに生きる権利があるの。私みたいな行く先々で不幸をまき散らす疫病神を受け入れてくれて、一時の幸せを与えてくれたのだもの。そのくらい、当然よね」
アザミはベッドから立ち上がると、棚の上にある二体のクマのぬいぐるみをユウヤの前にそっと置いた。
アザミの脳裏によぎったのは、先ほどの主治医の言葉だった。ユウヤの権能が一時的に使えなくなり、精神系の権能による治療が出来ているというのなら、自分の権能も使えるはず。この力で、ユウヤを不幸にする要素は全て取り除く。
『私と私のお母さんがいたことは、全部忘れて。全部、よ。それと、ユウヤ君のご両親は、ちゃんと生きてる。これからはこの人形をご両親だと思ってね。おじい様も、遠くに住んでいるだけでちゃんと生きてるわ。それから……、あぁ、これも忘れちゃいけないわね。ユウヤ君の権能は、四級。氷系の、四級よ』
アザミの権能が、ユウヤへ正常に働く。うつろだったユウヤの目に、少しだけ光が差す。
「それじゃ、これでお別れね」
ユウヤの頬に手で触れると、アザミは優しく微笑んだ。
「ありがとう、王子様。さようなら、ユウヤ君」
少女の声は、病室に儚く響き渡った。
その後、四条アザミはこの件に関わった関係者全員の記憶を改ざんし、第二王国からの刺客を倒したのは自分だと、自身の出自と権能を明かした上で第七王国の国王へ名乗り出た。
第七王国の国王が新しい貴族に四条アザミという少女を任命したのは、それからしばらく経ってからのことだった。
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