その13


 成宮邸の襲撃から、数時間ほど経った。近所の通報で現場に憲兵隊やら救急車やらが来たりとバタバタしたが、紆余曲折を経てアザミは現在、ヨネザワ市にある大病院の待合室にいた。未成年で凄惨な現場を見てしまったこともあり、事情聴取よりも先にメンタルケアを受けることになった。


「私のメンタルケアなんてどうでもいいのに。どうせ私にその手の権能を使っても効かないんだから。それより、ユウヤ君はどうなったの……」


 両腕で二体のクマのぬいぐるみを強く抱きしめながら、誰もいない待合室で吐露する。


 アザミの気持ちは今、なんとも形容しがたい状態だった。母が亡くなった後、亡骸から記憶を読みとったことであの時あの場所で何が起きたのかは理解していた。自分たちが成宮家にやってきてしまったせいで第二王国の騒動に巻き込んでしまったことを知り、自責の念に駆られる。母の残した謝罪の言葉が、今でも鼓膜にこびりついて離れなかった。


 しかし同時に、唯一生き残ったユウヤの様態も気になってしょうがなかった。先ほど主治医から命に別状はないと言われた時は心底ほっとしたが、すでにユウヤの意識が回復したにも関わらず面会謝絶になってしまった。主治医に理由を尋ねても答えてくれず、せめて病室の近くに居させてほしいとお願いしてなんとかここにいる。

待合室の時計がカチカチとなり、時間だけが無駄に過ぎ去っていくのを感じる。


「こちらです。皆さま」


 アザミが頭を押さえてうずくまっていると、ユウヤの主治医が黒いスーツを着た男女数名をユウヤの病室へ案内した。彼らは皆、何やら物々しい雰囲気を醸し出していた。


「今のは……?」


 明らかに病院関係者じゃない人がユウヤの病室へ入っていくのが見え、疑問に思う。


 そもそも、この待合室自体も何かおかしかった。大病院の待合室だというのに、アザミ以外に人がいない。殺人事件ということもありなるべく人目につかない場所へ移すというのは分かるが、それにしてもカウンセラーの一人もアザミの側につけないのは対応として間違っている。まるで、そういった配慮をする余裕すらないほど、病院側が慌てているような。


 そんなことを考えていると、ユウヤの病室から主治医が出て来た。


「あの、先生」


 アザミは主治医の元へ駆け寄る。


「ユウヤ君は、無事なんですよね。なら、会わせてください」


 主治医が面倒くさそうに頭を掻く。


「あのね、さっきも言ったけどまだ会わせることは出来ない。君がなんて言おうと、部外者を面会させることは出来ない」


「私は部外者じゃありません! それに、部外者だというのならさっき病室に入って行った人たちが部外者でしょ!」


 アザミは声を荒げて抗議するが、医者は大きなため息をつくだけだった。


「ここは病院だ。大きな声を出すのは止めなさい。さっきの人たちは医療関係者だ。それ以上は守秘義務があるので答えられない。――もういいかね? これから治療の続きがあるので私はこれで失礼するよ。君も、そろそろカウンセリングが始まるだろうから大人しく待合室で待ってなさい」


 主治医はそのままアザミを振り切ってその場を去ろうとする。


「(もう、我慢できない)」


 医者の高圧的な態度に、アザミは限界だった。


『止まりなさい』


 アザミの言葉に反応し、廊下を歩いていた主治医の動きがぴたりと止まる。


「こ、これは、精神干渉……⁉」


 主治医が突然動かなくなった自身の身体に、思わず驚きの声を上げる。アザミはゆっくりと、状況が読み込めていない主治医に近づく。


「ま、まさか、君がやったのか⁉ だが戸籍には四級と――」


「あら、なんでただの医者であるあなたが王国の戸籍なんて閲覧できるの?」


 アザミは怒りのこもった目で主治医の前に立つ。


「不自然な待合室、謎の黒服、それに、戸籍の閲覧。おかしなことばかりね。洗いざらい、全部話してもらうわよ。さぁ、『私の質問に答えなさいっ!』」


 アザミが権能を使った瞬間、主治医はまるでスイッチが切れたかのように顔から表情が無くなった。


【何なりと、お聞きください】


 アザミの権能は、完全に主治医の精神を支配した。


「まず、ユウヤ君は本当に無事なのよね?」


【命に別状はありません。ですが、無事かと聞かれると判断しかねます】


「どういう意味?」


 医者は無機質に返答する。


【何か治療をするまでもなく、彼はすぐに目を覚ましました。しかし救急班と憲兵隊の報告では、巨大な権能同士のぶつかり合いが現場であったとのことでしたので、詳しいことを調べるためにも彼に権能の検査を行いました。その結果、彼が使った権能は、と判明しました。等級で言えば一級、いえ、尺度が無いだけで一級以上の権能とも言えるかもしれません】


 主治医の言葉にアザミは深く考え込む。母の記憶を覗いたのであの場でユウヤがどんな権能を使ったのか知っているが、確かにあの権能は既存の常識を壊すとんでもないものだ。


【そのような強力な権能を突然行使したが故に、身体がついて行けず一時的に権能が使えない状態に陥っています。また、肉親の死に際を見てしまった影響か、精神状態も不安定になっています。ですので無事とは言い難いです】


「……なるほどね」


 アザミは主治医から放たれた言葉に衝撃を受けるが、今はとにかく現状を知るために心を落ち着かせる。


「強力な権能に身体がついて行けないって話だけど、身体に異常はないの?」


【検査の結果、そちらに異常はないようです。権能の方も、恐らく一週間もすれば回復するでしょう。ですが、少々気になることがあります】


「気になることって?」


【彼の戸籍を確認したところ、権能の等級は五級との判定でした。通常、権能が発現するのは五歳から十二歳までです。例外的に十二歳を過ぎてから発現することもありますが、そういうのは本当にごく少数です。気になって試しに彼の医療受診記録や学校での権能測定の記録を見てみたのですが、備考欄に「精神干渉系や肉体干渉系など、一部の権能が正常に働かないことがある」との記載がありました。おそらく、元々彼の権能はひそかに開花しており、権能のコントロールを司る脳に何らかの介入が行われると自動的に防御していたのでしょう。まるで権能自身に意思があるかのような不思議な現象ですが、幸いにも権能が一時的に使えなくなっている今は普通に精神系の権能による治療は行えています】


 主治医の話を聞いて、アザミは納得する。アザミも以前、ユウヤの心を読もうとしたがうまく機能しなかったことがある。ユウヤが五級ということでユウヤの権能が阻害しているという線は自然と消えたが、どうやらアザミの予想は間違っていなかったらしい。


「ユウヤ君の今の状態は分かったわ。それで、なんでただの医者であるあなたが戸籍なんて見れるわけ? それにあの黒服の集団も、一体何なの?」


【彼らは第七王国王国軍の兵器開発部門に所属する職員で、私は研究者として彼らの開発に携わっています。開発の過程で王国民の戸籍を閲覧する必要があるので特別に許可を頂いております】


「王国軍の……、兵器開発部門? そんな人たちが、なんでユウヤ君に面会しているの?」


【現在王国軍が開発を進めている兵器の素材に成宮ユウヤが使えると考え、私が呼びました】


 素材、という言葉にアザミは反応する。


「どういうことかしら、素材って?」


【第七王国は現在、権能を使った大規模破壊兵器の開発を目指しています。具体的には、権能を操る脳のメカニズムとヒトゲノムを解析することにより、通常不可能とされている権能の――】


「あー待って待って。もういいわ。続きはその黒服の皆さんに聞くとしましょう。ついてきなさい」


【はい】


 アザミは主治医の話を無理やり断ち切る。この手の研究者肌の人に洗脳をかけても、専門用語を多用して要領を得ない話をしてしまうことが多い。アザミは手っ取り早く黒服から話を聞くことにした。もちろん権能で。


 アザミは主治医を引き連れ、病室へ入ろうとする。しかしそこで待合室にあったクマのぬいぐるみが目に入り、手に取ってから病室のドアを開けた。

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