その11
「なっ⁉」
何が起きているのか分からず呆然と立ち尽くすが、事態はこれだけにとどまらなかった。もう一度男たちの方に視線を戻すと、男たちの前でユウヤの母が腕を押さえてうずくまっており、その上からユウヤの父が母を庇うように覆いかぶさっていた。よく見るとユウヤの母は左腕の肘から下が切り落とされ、血があふれ出て水たまりのようになっていた。
「と、父さん⁉ 母さん⁉」
父と母の惨状に大声を上げ、驚きの余り持っていたケーキを落とすと、ユウヤの存在に気付いた二人の男が振り返る。
「おっ、先輩。なんか新しい奴出てきましたよ?」
「多分この家の子供だろう。俺たちが探している娘の方ではないみたいだ」
長髪の男が楽しそうにインテリ風の男に話しかけるが、インテリ風の男の方は冷静に受け答える。すると長髪の男はユウヤに視線を戻し、問いかけをする。
「なぁそこの少年! この家に居候している君より少し年下の少女がどこにいるか知らないか⁉ 俺たちそいつを探しているんだが――」
「ユウヤ‼ 今すぐ逃げなさい‼」
問いかけの最中、ユウヤの祖父が庭からボロボロの姿で現れ、右手に警棒を持って男たちへ突っ込む。
「はぁ、めんどくせぇなこのジジイ」
長髪の男は無造作に片腕を祖父の方へ突き出すと、腕から灼熱の炎が飛び足した。
「ぬっ⁉」
祖父は身体をひねって炎をかわすが、どこか怪我をしているのか動きが鈍く、その場にへたり込んだ。
「ジジイ、いくら何でもしつこすぎんだろ。さっきから何度もボコボコにしてんのにまだ起き上がる気力があるなんざ、一体何者だ?」
祖父は息を切らしながら声をひねり出す。
「何、昔この国で軍人をやっていただけだ。それよりお前たち、なんでここにおる? 特にそこの杖突き。貴様、第二王国の貴族だな? 俺のような退役軍人にまで顔写真付きで情報が回ってくるほどの危険人物が、なぜこんな第七王国の田舎にやって来る? 確か、旧関西地方で対第五王国の指揮官をやっていたはずではないのか?」
祖父の言葉にインテリ風の男が少し笑う。
「あなたの様な歳衰えても勇敢な元軍人に知っていただけているのは光栄ですね。――えぇ、確かに、私は旧関西の方で第五王国との小競り合いをやっておりました。ですが国王陛下の命で急遽こちらへ派遣されましてね。なんでも、第二王国の元国王がひそかに逃がした嫁と娘を急いで殺せとのお達しで。一人はあの通り殺しましたが、さて、娘の方はどこへ行ったのでしょうか。ご老人、教えて頂けませんか?」
「ふっ、誰が貴様らのような外道に教えるものか‼」
祖父が力を込めてそう言い放つと、インテリ風の男はため息をはいた。
「仕方がありませんね。――火野君、そっちの二人は燃やしてしまってください」
「おっ、マジすか先輩。それじゃ」
長髪の男は嬉しそうに答えると、右腕をうずくまるユウヤの父と母へ向けた。
「や、止め――」
父の言葉が最後まで紡がれることはなく、二人は燃え上がった。
「と、父さん⁉ 母さん⁉」
人肉の焼けた匂いがユウヤの鼻腔を刺激する。
「う、うぉえっ」
先ほどまで父と母だったものが苦しみの悲鳴を上げながら炭となっていく様子に、ユウヤは耐えきれずその場で吐き出した。
「き、キサマァァァァァァァ‼」
その様子を見た祖父が怒りままに二人へ突っ込むが、長髪の男がもう一度祖父の方を向き、今度は大威力で灼熱の炎を放射した。
あまりの火力に、祖父の身体は一瞬で炭と化した。綺麗に整えられた庭園が真っ赤に燃える。
「火野君、燃やしすぎです。これでは火災が起きて野次馬が集まってきてしまいます。全く、君は今後貴族へと任命される可能性がある一級なんですから、もっとコントロールを大事にしてください」
「す、すいません先輩! 気をつけやす!」
インテリ風の男がまたもやため息をつくと、ようやくユウヤの方へ目を向けた。
「さてそこの君、先ほどこの火野君も聞きましたが、私たちが探しているもう一人の――、って、これはダメですね。何も答えてくれそうにありません」
ユウヤは何が何だか分からず、膝をついて呆然とするのみだった。
「そんな…、なんで、こんな……」
いつも通り家に帰って来ただけなのに、アザミの母が殺され、自分の父と母が燃やされ、祖父が消し炭にされ、心が壊れかけていた。
「仕方がありません。彼は――」
「燃やしますか!?」
「いえ燃やしません」
インテリ風の男はすぐさま長髪の男へツッコミを入れた。
「せっかくなので人質に使いましょう。娘とそこの彼がどんな関係だったかは知りませんが、どうやらこの家と二人は良好な関係だったようですし、上手く行けば探す手間が省けます」
「な、なるほど先輩! そりゃいいっすね!」
「とりあえず、私の権能で身動きを取れなくしてから運び出します。火野君の権能ではそういうことは出来ませんし」
「了解です!」
長髪の男が敬礼をすると、インテリ風の男はゆっくりとユウヤの元へ近づいてきた。
「すみませんね。きっと君も、そこのご家族も、巻き込まれただけの無関係の人なんでしょう。ですが、恨むのなら君たちの元へ逃げて来た彼女たちを恨みなさい」
まるで死刑執行を行う処刑人のように、男はゆっくりと杖をつきながら歩みを進める。
「あ、あぁ、あぁ……」
ユウヤは恐怖のあまり、身体が震えて動けなかった。初めて目にする強大な一級の権能に、自身の無力さを痛感した。
「い、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくないっ‼」
ユウヤは何とか身体を動かそうとするが、手足をバタバタとさせるだけでどこへも進むことが出来なかった。
そうこうしているうちに、男がユウヤの目の前にたどり着いた。男はゆっくりと、杖をユウヤの方へ向ける。
「さようなら」
男の声がユウヤの鼓膜へ伝わり、死を悟った、その時だった。
右腕にぞわりと奇妙な感覚が走る。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」
一瞬、ほんの一瞬、その奇妙な感覚が死の恐怖を上回り、感情に任せて右腕を男の前に突き出す。
「なっ、これは――」
男が何やら声を上げるが、ユウヤは無我夢中で周りの音は一切聞こえていなかった。自分自身、今一体何をしているのかさえ理解できなくなっていた。
「お、お前、なんだその権能は⁉」
長髪の声にユウヤの意識が覚醒する。
気が付くと、先ほどまで地面に這いつくばることしか出来ていなかったのに、いつの間にか立ち上がっていた。目の前にはいくつもの氷塊が転がっており、先ほどまでユウヤを殺そうとしていたインテリ風の男が、刺し傷だらけで氷の中に閉じ込められていた。
「こ、これを僕が……?」
状況からしてユウヤがやったことは間違いないが、自覚は全くなかった。何となく右側を見ると、黒い影のような灰色の手が浮かび上がっていた。
「面白れぇ……‼ 先輩をぶっ殺しちまうほどのその権能、俺が全力を出すに値するぜ‼」
長髪の男が両腕を構える。
「来い‼ 炎系最強である俺が、絶対にお前を打ち倒す‼」
その瞬間、ユウヤもとっさに右手を構える。
「何なんだ⁉ 本当に、何なんだよ⁉」
ユウヤがどれだけ疑問を呈しても、状況は一切変わらない。本能のままに権能を発動させる。
「「アァァァァァァァァァ‼」」
二人の雄叫びと権能が、激しくぶつかり合った。
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