その10
王歴二○九六年 十二月七日 午前九時四十五分
爆発の起こる十五分ほど前。
「思ったより時間かかっちゃったな……」
ケーキの箱を持ちながら帰路につくユウヤがボソッと呟いた。
ユウヤの予定ではそれほど時間をかけずに帰るつもりだったが、普段から親しくしている同級生にばったり会ってしまい、話し込んでいるうちに遅くなってしまった。
「まぁ、急いでいたわけじゃないし良いんだけどね」
ケーキを眺めながらユウヤは苦笑いした。今日は少し肌寒くらいの気温で、ぱらぱらと粉雪が降っているほどだ。ケーキを急いで冷蔵庫に入れる必要はない。
きれいに整備された丘の並木道をゆっくりとユウヤは歩み続ける。しかしその歩みには、幾ばくかの影があった。
「将来どうするか、ね。そんなの、僕にも分からないよ」
それは、先ほど会った同級生に言われた言葉だった。
年が明けて少しばかり時間が経てば、ユウヤたち中学二年生は晴れて三年生となる。そうなってくると話題になるのは、決まって進路のことだ。
第七王国は他の王国に比べれば、等級差別は少ない方だ。権能の良し悪しで将来が絶対的に決まるわけではない。それでも、やはり多少は権能に左右される部分が出て来る。
「とりあえずおじいちゃんに教えてもらった対権能戦を活かした職に就きたいけど、五級の僕にそんなチャンスあるかなぁ」
結局、権能が発現する時期である五歳から十二歳の間に、ユウヤの身には何の変化も起きなかった。目に見える効果を発揮できない等級、つまり五級とユウヤは判定された。それでも、ユウヤはそれほどショックを受けなかった。元軍人だった祖父から「人生は権能だけで決まるわけではない」と口を酸っぱく言われ、権能が無くてもやっていけるように戦い方を教えてもらった。そのおかげで今では見た目に反してそこら辺のごろつき程度なら問題なくいなせるようになり、五級だからと悲観することはなくなった。
しかし、職探しに関しては別だ。高校と大学には進学する予定だが、その後に就職活動をする際、やはり五級というのは不利に働いてしまう。必然的に、選べる職は少なくなる。
色々と悩んだ末にユウヤはかつての祖父のように軍隊へ入ろうかと考えたこともあったが、その祖父から猛反対を受けて断念した。祖父はいつも以上に真剣な顔で「王国軍には入っちゃいかん。強化の儀も受けるな。あれは何かがおかしい」と説得され、おじいちゃん子であるユウヤはそれに従った。
「別に強化の儀に参加しようとは思っていなかったけど、でももし、僕にも権能が使えたら……」
脳裏によぎったのはアザミの姿だった。ユウヤはアザミのことを――アザミの想いとは裏腹に――妹のように思っていた。ユウヤは一人っ子で、常日頃から妹か弟のような気の置けない存在にあこがれていた。最初の頃はアザミと上手く行かなかったが、最近は素直に甘えてくれるようになり、これをユウヤは「兄のように頼りにされている」ととらえていた。実情はやや違うのだが。
そういうわけで、頼れる兄としてのポジションを守るために権能が欲しかったなと、ショックは受けていなくともその程度のことは思っていた。
「まぁ、将来仕事が見つからなかったらきっと頼れる兄としての姿は維持できなくなっちゃうんだろうな」
ユウヤはわざとらしくため息をついた。
そんなこんな思考を巡らせていると、家の前にいつの間にかついていた。ケーキの箱を持っている左手が少しかじかんでいるのを感じながら家の門を開けると、庭に男が二人立っているのが見えた。
「お客さん、かな?」
ユウヤはその二人に見覚えが無かった。一人は長身長髪の男性で、けだるそうにユウヤの家を見ていた。もう一人の方はインテリといった雰囲気を醸し出している男性で、左手で杖をついているのが印象的だ。対照的な二人だが、共通して言えることは、どちらも黒いコートを着ているということくらいか。
「すみません、うちに何か御用で――」
ユウヤが男たちに話しかけようとした、その時だった。男たちから少し離れたところでバタッと大きな音がし、音のした方をよく見てみると、アザミの母が腹部から血を流して倒れていた。
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