その8


 玄関を出てすぐに庭園を抜けたアザミは、つい最近買ってもらったばかりのスマホを取り出す。


「今は八時半……、さすがに早すぎたかな」


 予約していたおもちゃ屋の開店時間は九時、商品の受け取り時刻は九時半だ。ここから目的地まではだいたい歩いて二十分程度だが、これでは少し待ちぼうけをしてしまう。


 どこかで時間をつぶそうか考えていると、先ほど通り抜けた庭園から一人の少年が歩いて来る。


「おはよう、アザミ。今からどこか行くの?」


「あっ、ユウヤ君、おはよう。ちょっとお出かけするだけ。すぐ戻って来るから」


 少女の想い人――成宮ユウヤが突然現れ、少女は前髪をいじりながら答える。


 ユウヤはすでに小学校を卒業し、中学二年生になっていた。男子中学生の平均に比べたら背は低いものの、小学生であるアザミとは全然違う背伸びをしていない大人びた雰囲気があり、今着ている制服の学ランがことさらアザミにユウヤとの歳の差を思い知らせた。


「(いや……、来年には私も中学生になるんだから、大丈夫、大丈夫よ)」


 アザミは何とか心に言い聞かせる。ユウヤが中学生になって以降、その中性的な容姿と他の中学生男子とは違う柔和でふわふわとした性格が異性の目を引き付け、恋にあこがれる中学生女子から人気が出ていた。事実、ユウヤが何度か同じ中学校の女の子と歩いている姿をアザミは目撃しており、アザミは焦っていた。


「え~と……?」


 何やら目に闘志を浮かべて考え込むアザミに、ユウヤは不思議そうに声をかける。


「あっ、な、何でもないの。えっと、その」


 そんな姿を見られたアザミは慌てふためいて何か話題を出そうとする。


「あ、そう、今日は祝日なのに、なんで制服を着ているのかなぁって、気になって」


 慌てた様子のアザミに自身の服装を指摘され、ユウヤは着ている学ランの裾をちょっと引っ張る。


「あぁ、実は昨日学校に筆記用具を忘れちゃって。宿題するのに必要だから学校まで取りに行こうかと。今日は元々ケーキ屋にケーキを取りに行く予定だったから、学校はどちらかと言うとついでだけどね」


 ユウヤが少し照れくさそうに頭を掻く。


「全く、中学生にもなって誕生日会なんて開かなくてもいいのに、さすがにちょっと恥ずかしいよ」


「そ、そんなことないよ!」


 ユウヤの言葉に突如アザミは大きな声を出す。


「きょ、今日はユウヤ君が生まれて来た大事な日なんだし、そ、それに、私たちが出会った日でもあって……」


 何やら後半の方はごにょごにょとはっきり言わなかったため聞き取りづらかったが、アザミの必死な様子にユウヤは思わず微笑む。


「そうだね、アザミと会えた日でもあるから、大切にしないとね。――ところで、街の方まで行くんでしょ。送っていこうか?」


 少しばかり心配そうにアザミを見るユウヤだったが、それは当然のことだった。公園での一件以来、なるべくユウヤはアザミと一緒に街へ行くようにしていた。最近は治安も落ち着いてきたのでアザミ一人で行動することも増えたが、それでもユウヤはアザミのことを気に掛けていた。


 だが、アザミは首を横に振る。


「ううん、大丈夫。私が今から行くところと中学校は離れているし、すぐ帰ってくるから気にしないで」


「……そっか、分かった。何かあったら電話で呼んでね。すぐ駆けつけるから」


「……うん」


 本当は一緒に歩いていきたいが、サプライズのプレゼントを取りに行く以上、一緒に行動することは出来ないのでアザミは自分の気持ちをぐっとこらえる。


「それじゃ、また後でね」


「うん、またね」


 二人はお互いに手を振り合い、それぞれ別の道から街へと向かった。

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