その7


 王歴二○九六年 十二月七日 午前七時半



 アザミとユウヤが出会って四年の月日が経過した。大人たちからすれば四年など単に一年が四回繰り返されたにすぎないが、多感な少年少女たちとっては心身面で大きな変化をもたらすのに十分な時間だ。


 ベッドの脇に置いてある目覚まし時計が、甲高いメロディーで朝を告げる。少女は寝ぼけまなこで時計を探すと、力なく目覚ましのスイッチを切った。


「んん……」


 もう少し寝ていたいという気持ちを我慢し、少女はベッドからのそりと起き上がる。軽く背伸びをすると、カーテンと窓を開けて部屋の換気を始めた。


「寒い……」


 外気の寒さに先ほどまでの眠気が一気に吹っ飛ぶ。十二月に入り、もう冬と呼ぶにふさわしい季節と気候を見せていた。


「早く支度を始めなくちゃ。なんていったって今日はユウヤ君の……」


 どこか嬉しそうにそう呟く寝起きの少女――四条アザミは、すぐさま身支度を始めるために自室から出た。


 廊下を歩いてすぐそこにある洗面所へ向かい、歯を磨いて顔を軽く洗う。タオルで顔についた水滴を拭き取ると、鏡に自身の姿がきっかりと映った。四年前と比べるとアザミの顔つきは幼さが少しずつ抜け初め、大人っぽさが出始めていた。


「よしっ」


 アザミは軽く自分の頬を両手でたたくと、すぐさま自室に戻って箪笥から服を取り出した。


「どれにしようかな……」


 ここ四年で買い集めた服の中から、いつもより真剣な眼差しで今日のコーディネートを選ぶ。最終的にアザミはその中で一番上品に見える、小学六年生が着るには少々大人びすぎている服装に決めた。


「(今日はユウヤ君にとっても、そして私にとっても大事な日。ならユウヤ君が好きだって前に言ってた上品な感じにしないと)」


 アザミは胸の内に激しい闘志を宿しながら髪の毛をくしで整え始めた。


 ユウヤへの恋心を自覚して以降、アザミは本来の明るい性格を取り戻し始めていた。クラスメートとも良好な関係を築き、社交的になった。無論、あの時のように難民ということで差別をされることもあったが、かつてのように怯えることはなくなった。「たとえ危ない目にあぶない目に遭っても、ユウヤ君が必ず助けてくれる」、そんな思いがアザミにはあった。


 ちなみに、以前アザミが顔を真っ赤にしながらユウヤに好きな女性のタイプを聞いた際、「落ち着いた人が好きかなぁ」と言われたことがある。ユウヤ的には「特に好みは無いけどしいて言うなら……」程度の軽い気持ちで答えたのだが、アザミは「落ち着いた人ってどういうこと? その言葉の裏にどんな意味が……」と必要以上に深く考え込み、インターネットを使って色々と調べた結果、最終的に「お嬢様みたいに上品な人がユウヤ君の好みなのね!」と結論を出した。それ以来、上品に見える服やら上品な所作を目指すようになった。


「これでよし、と」


 鏡で自分の姿を確認し、満足げに頷いたアザミはそのまま玄関まで行き、靴を履いた。


「アザミ、もう行くの?」


 どたばたと廊下で音が聞こえたのに反応して、アザミの母がアザミに話しかける。


「うん、ちょっと早いけど今なら予約しておいた誕生日プレゼントがお店に来ていると思うから」


 アザミは嬉しそうにはにかんだ。それもそのはず、今日、十二月七日は、ユウヤの誕生日でもあり、そしてユウヤとアザミが初めて会った日でもある。

今日はこの後ユウヤの誕生日会を行う予定であり、アザミは街のおもちゃ屋へ誕生日プレゼントを受け取りに行こうとしていた。


「そうなの。……アザミ、今日は随分気合い入っているわね」


 アザミの母がアザミの服装を上から下までじっと眺めると、微笑ましそうに笑う。


「……うん、今日は大事な日だから」


 アザミは恥ずかしそうに下を向いてボソッと呟いた。


「ふふ、いいと思うわよ。気をつけていってきてね」


「うん、行ってきます」


 アザミの母が手を振って見送ると、アザミは耳を真っ赤にしながらも返答を返して家を後にした。


「……ここに来たばかりの頃はあんなに心を閉ざしていたのに、本当に、元気になって」


 つい四年前、まだ幼かった頃の娘の姿を母は思い出す。あの頃は何度も辛い目に遭い、権能のせいで人を信じることが出来なかった。そんな娘が、一人の男の子に出会って変わっていく様を、母として嬉しく思う反面、その成長に寂しさも感じていた。


「私たちの手を離れて、どんどん大人になっていますよ。あなた」


 今はもう亡き最愛の人を思い出し、誰もいない玄関でそう呟いた。


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