その6
一通り泣きはらしたアザミは、どういうわけかユウヤに連れられてヤマガタ州州都ヤマガタからしばらく行った場所にある雪山の麓に来ていた。
高速列車に乗ってヤマガタ駅まで行き、そこからさらにバスで乗り換えてここまで来たため、時刻は既に午後六時を回っていた。
「ちょうどゴンドラが来たよ!」
山の麓にはロープウェイ乗り場があり、アザミは促されるままゴンドラに乗り込む。冬は日没が早まるため、午後六時でも辺りはすっかり真っ暗だった。ゴンドラの窓からは何も見えない。
「あの、さっきお家にはスマホで連絡を入れていたよね? こんな遅くまで出歩いて、怒られなかった?」
「うん、怒られたよ」
「えっ?」
「しかも、帰ったら覚悟しろって言われちゃった。いやぁ、あとが怖いな……」
ユウヤは遠い目をしながらゴンドラの外を見る。
「な、なんでそんなことまでしてこんな遠いところまで来たの?」
アザミは素直に疑問を口にする。
「う~ん、どうしても、今のアザミちゃんに見せたいものがあって」
ユウヤは優しく微笑みながら、しかしそれでいて真剣な目をしながら、アザミの質問に答えた。いつもと違うユウヤの大人びた様相に、思わずアザミはドキッとする。
ちなみに、ユウヤは今、対面の席が空いているにも関わらずアザミの隣に座っていた。先ほどアザミが泣いて以降、ユウヤはずっとアザミの手を握っていてくれており、更には時折不安そうな表情をアザミがすると優しく頭をなでてくれていた。近くに人がいる安心感と、慣れない異性の優しさに、アザミの心はどうにかなってしまいそうだった。
緊張のあまり、長らく沈黙が続く。
「あ、そろそろだよ! 窓の外を見てごらん」
十分経った頃か、ユウヤに言われて外を見ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「わぁ、キレイ……」
窓の外には、一面の冬景色と共に、雪の積もった樹木がライトアップされて煌びやかに輝いていた。
「前におじいちゃんに連れてきてもらったんだけど、これは樹氷って言うんだ。ヤマガタのザオウは冬の時期になると、ああやって樹木に雪がかぶさってすごく綺麗になるんだけど、夜に来るとライトアップされてもっと綺麗になるんだ!」
目の前の絶景に見入るアザミに対し、ユウヤは色々と説明をする。
「……これを私に見せたかったの? どうして?」
アザミはユウヤの方を見て質問する。同じように窓の外を見ていたユウヤが思いのほか自分のすぐ近くにいて、思わず顔を赤くする。
「それは……」
ユウヤが上を向いて何か考えたような表情を浮かべると、アザミの方をもう一度振り向いた。
「今日、アザミちゃんが公園で危ない目に合っているのを見た時、僕は本当にあいつらが許せなかった。なんで、難民っていうだけで差別されなくちゃならないんだ。どうしてあんなにも、ひどい事を言えるんだ、って。……でも、アザミちゃんが泣いているのを見て、あんな奴らの事なんてどうでもよくなった。とにかくアザミちゃんに安心してほしいって、そう思ったんだ。――だからここに連れて来た。僕も辛い事や嫌な事があった時、この景色を見ると安心するから」
ユウヤはゆっくりとアザミの頬に手を添えると、そっと涙の跡を親指で拭き取った。
「喜んでくれるか分からなくて不安だったけど、よかった。アザミちゃんの笑ってる顔、初めて見た。――本当に、良かった」
その優しい言葉に、そのほっとした表情に、アザミの心臓は早鐘を打つ。恥ずかしさやら嬉しさやらで顔が熱くなるのを、冬の寒さで冷たくなったユウヤの手が頬に触れているせいで余計に強く感じ取る。
「(これはダメ、本当に、ダメ)」
自分でも何がダメなのかよく分からないが、とにかくこみあげて来る感情を抑えて口を開く。
「あの、今日は助けてくれて、ありがとう。この景色も、とっても綺麗。見れてよかった。……あと、私のこと、ちゃん付けで呼ばなくていいから」
何とかとっさに口から出たのはお礼の言葉と、名前の呼び方に対する要求だった。
「……そっか、じゃあ、これからは名前で呼ぶね。――アザミ」
「っ‼」
たった一言、「アザミ」と呼ばれただけで、クリティカルヒットだった。こみあげて来る感情を抑え込むことなどもう出来ない。
「(あぁ、私は、この人のことが……)」
この日、四条アザミは、白馬の王子様に初恋を盗まれてしまった。
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