その4
「あなたたち、何をしているの?」
「いや、これは……」
胸倉を掴んだまま坊主頭の少年は口ごもる。
ゆっくりとアザミたちの元に近寄って来た担任はすぐに状況を理解し、大きなため息を出す。
「あなたたち――、やるのならほどほどにしておきなさい」
担任の口から発せられた言葉に、アザミは愕然とした。この先生は――いや、この女は、今から行われる暴力を黙認しようとしていた。
「そんな……、なんで‼」
アザミは大声で叫ぶ。
「大方、難民であるあなたに何か問題があったんじゃないの? 今日の居残りだって、いくら注意しても反抗的な態度だったし。一度痛い目を見ればいいのよ」
担任はいかにも自分が正義と言わんばかりの顔をする。その様子を見た少年たちも、ニヤニヤと笑いながら、自分たちの行為に正当性を見出す。
「へっ、難民のくせに生意気だからこういう目に合うんだよッ‼」
坊主頭の少年が拳を振りかぶる。
「(なんで……、なんで私がこんな目に‼)」
アザミは何もかもに絶望し、目をぎゅっと閉じた。
「大丈夫? アザミちゃん?」
しかし、アザミの顔に拳が当たることはなかった。目をゆっくりと開けると、そこにはユウヤがいた。
「帰りが遅いから心配して探しに来たんだけど、よかった。間に合ったみたいだね」
ユウヤは坊主頭の少年が振り下ろそうとした腕を後ろからしっかりと掴み、乱暴に振り払った。
意表を突かれて少年たちと担任は固まる。その隙にアザミは急いでユウヤの後ろに隠れた。
「お前、何すんだよ!」
我に戻った坊主頭の少年が拳を振りかぶる。しかしそれよりも早くユウヤの右こぶしが少年の顔面にあたる。
「いってぇな‼」
坊主頭の少年は左頬を押さえながら叫ぶ。
「君、確か隣のクラスでいつも騒いでいる問題児の……、えっとごめん、名前何だっけ? ――まぁ君程度の名前なんてどうでも良いんだけど、この子に何しようとしてたの?」
ユウヤは笑いながら少年に語り掛ける。しかし目は一切笑っていなかった。
「テメェ、隣のクラスの成宮か‼ 調子乗りやがって‼ お前なんて権能を使えば――」
少年は右手に握りこぶしを作り、権能を発動しようとする。しかしその予兆をユウヤは見逃さなかった。少年の懐まで一気に近づき、襟首をつかんで足を薙ぎ払った上、ブランコの周りに設置されていた鉄パイプの柵に少年の頭をたたきつけた。
「ウゥ……ッ!」
少年は頭を押さえたまま地面にうずくまる。
「軍人をしていたおじいちゃんが教えてくれた。権能戦では、相手に権能を使わせる隙を与えずに先手を取ることが大事だって」
ユウヤはうずくまる少年を見下ろしながら吐き捨てる。しかしその隙に、短髪の少年が左腕を空高く掲げ、権能で腕を巨大化させる。
「お前、こんなことしてタダで済むと――」
短髪の少年は大声で叫ぶが、言い終わることは出来なかった。即座に少年の方へ全力で走っていき、その勢いのままタックルをした。
「これもおじいちゃんから教わったんだけど、肉体強化系や肥大系の権能は発動するのに予備動作が大きすぎたりバランスを崩しやすかったりするから、案外ただのタックルで対処は十分なんだって」
タックルをまともに食らって短髪の少年は地面に倒れ込むが、権能を解除して起き上がろうとする。
「お前、俺のお父さんは大病院の院長だぞ! 本当にこんな――」
またもやすべてを言い切る前にユウヤは少年の鳩尾をかかとで思い切り踏みつけ、言葉を遮る。
「それなら良かった。大好きなパパに権能で治してもらえるなら、手加減する必要はないかな?」
「ひ、ひぃぃぃぃ」
少年は鳩尾を押さえながら、笑顔でとんでもないことを話すユウヤに恐怖で顔が歪んだ。
「さて」
ユウヤは教員の方を振り向き、ゆっくりと歩き出す。
「な、なにをしているの⁉ 今すぐ憲兵隊に通報しますよ‼ あなたのやったことは立派な犯罪です‼」
担任の女の顔も短髪の少年と同じく恐怖で歪み、甲高い声でみっともなく喚く。だが、ユウヤは歩みを止めなかった。
「な、何なのあなた⁉ と、止まりなさい‼ こっちに来ないで‼」
女はパニックになり、後ずさりしようとする。しかし、足元に落ちていた小石に躓き、その場にドスンと大きな音を立てて尻もちをついた。
ついに女の前にたどり着いたユウヤはピタッと足を止め、ふわっと柔らかく微笑んだ。
「先ほど、面白い事を言ってましたよね。確か「やるのならほどほどにしておきなさい」、でしたっけ?」
「……?」
女は質問の意図が分からず、首を傾げる。しかし次の瞬間、ユウヤは女の左足首をこれでもかというくらい思い切り踏みつけた。
「アァァァァァァァァァ‼」
痛みのあまり女は悲鳴を上げる。足首はあり得ない方向へ折れ曲がり、確実に骨折しているのが一目で分かった。
「ちゃんと、ほどほどにしてあげましたよ。本当は目玉の一つでもくり抜いておきたいのですが……」
ユウヤはゆっくりとしゃがみ込み、痛みでのたうち回る女の髪を力いっぱい引っ張り上げた。
「先生、確かアザミちゃんのクラスの担任ですよね? 明日すぐにでも学校をやめてくれたら、ほどほどで勘弁してあげます。ですが、もし明日、先生が学校に居たら――」
ユウヤは右腕の人差し指を女の左眼球にぶつかるすれすれまで近づけ、そのまま瞼をスッとなでた。
「どんな手を使ってでも、殺しますよ」
天使のような笑顔でそう告げるユウヤに、女は恐怖のあまり身体中が震え、ただひたすら首を上下に振ることしかできなくなっていた。
「分かればいいんです。分かれば」
女の反応に満足したユウヤは、ゆっくりと笑顔のまま掴んでいる髪の毛を放して立ち上がった。
「さ、行こう。アザミちゃん」
ユウヤはアザミに近づき、ゆっくりと優しく手を握ると、公園の外へ連れ出した。
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