その3


 放課後、アザミは帰り道をとぼとぼと歩いていた。


 登下校の際には母から「出来るだけユウヤ君と一緒に帰るように」と言われているため、いつもはしぶしぶその言葉に従っているが、今日は担任から漢字テストの居残りするように言われ、帰りが遅くなってしまった。ユウヤには先に帰ってもらうように伝えてある。


「なんで私だけ……。居残りするのなら他の人でしょ」


 今日の授業で行われた漢字テストで、アザミは全問正解していた。これは当然、クラスでトップの成績だ。しかし担任は「あなたカンニングしたでしょ。難民なのにこんな点数取れるはずないわ」とヒステリーを起こし、アザミ一人を居残りさせた。居残り中も「ここの止めをきちんと書いてない」や「筆圧が薄い」等、なんやかんや難癖をつけて正解の回答をバツにし、ようやく解放されたのは夕日が出始めたころだった。


「でも、あの人と一緒に帰らなくてもよくなったから、それで良しとしましょう」


 アザミは無理やり自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。


 そもそも、アザミがユウヤと一緒に帰るように言われているのは、ここ最近のヨネザワ市における治安の悪さに起因する。ニイガタ州に近いヨネザワ市では難民流入以降、不審者や泥棒の目撃情報が増えている。それに伴って市では憲兵隊の巡回や登下校時の教職員による見回りを強化しているが、アザミの母は娘の特殊な状況――今は亡き国王の実子で一級の権能持ち――を鑑みて、なるべく娘を一人にさせたくなかった。


「(お母さんは心配しすぎなのよ)」


 アザミはふてくされて道の小石を軽く小突く。しかし思いのほか力が強かったのか、小石は勢いよく小さな公園の中に飛んでいった。


 特に理由もなく、小石につられてアザミも公園の中に入る。唯一公園内にあった遊具のブランコに乗り、一人空を見上げた。夕焼けに染まった空を見た瞬間、瞳から涙が溢れそうになった。


「(お家に帰りたい……)」


 アザミとて分かっていた。父と母と、三人で暮らしたオオサカの家に戻ることなど出来ない。その変えようのない事実が、更にアザミを苦しめた。


「――おいお前、俺たちの秘密基地で何をしている?」


 感傷に浸っている中、突然声をかけられてアザミは前を向く。するとそこには、ユウヤと同じ小学六年生くらいの少年が二人立っていた。一人は坊主頭でガタイが良く、もう一人は短髪で成金趣味のブランド服を着ていた。どちらもあまり柄が良さそうには見えない。


「なぁ、こいつもしかして、四年生にいるって噂の難民じゃねぇか?」


 短髪の少年がアザミを指さして笑う。


「……だったら、何?」


 アザミはブランコから立ち上がって言い返すが、本当は怖くて足がすくんでいた。元々気が沈んでいたのもあり、弱り目に祟り目だった。


「何だよその態度‼ 権能が低くて逃げて来たくせに、生意気なんだよ‼」


 坊主頭の少年がアザミの胸倉を掴む。アザミはとっさに権能を使おうとした。


「(ダメよ! ここで権能を使って万が一他の人に正体がバレたら、どんな目に合うか分からない。我慢しなくちゃ……)」


 母から一級の権能は隠しなさいと厳命されているアザミは、ぐっとこらえる。それでも、恐怖に負けていつ権能を使ってしまうか自分でも分からなかった。

しかしここで公園の入り口付近に、巡回中と思わしき教員の姿をアザミは見つけた。


「た、助けてください!」


 アザミは大声で叫ぶ。だが、そこにいたのはアザミのクラスの担任だった。


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