第五・五章 少女の純愛と、後悔
その1
これは、とある少女の、甘く切ない恋のお話。
王歴二○九二年 十二月七日
第八王国所領、ニイガタ州国境付近。深い雪に閉ざされたこの山奥で、二十代後半の女性が齢八つほどの少女を抱きかかえながら走っていた。女性と少女の服装は雪山にいるのにも関わらず軽装で、手足は真っ赤にかじかんでいる。
「はぁ、はぁ……。もう少しだからね。もう少しで、第七王国に着くからね」
「お母さん……」
少女は女性を見上げる。女性は少女を見ると、ニカッと苦し紛れに笑う。
女性に余裕などなかった。第二王国で革命が起き、国王であった夫は死亡。逃げ込んだ先である第八王国も陥落の予兆を見せており、北の第七王国へ亡命を決意した。
体はもう限界だった。三日三晩休まずに走っていたせいで、脚の感覚はもうない。それでも、この子だけは何としてでも助けなければ。母としてのそんな矜持が、女性を唯一支えていた。
――しかし、ついに限界は訪れる。女性は木の根につまずき、そのまま少女と一緒に斜面を滑り落ちた。途中、巨木に体をぶつけ、女性はついに気を失う。
「お母さん……! お母さん!」
少女がかすれた声で母を呼ぶが、無慈悲にも反応はない。
「いやだよ……、おかぁさん‼ だ、誰か! 誰か助けて‼」
少女は凍えながら何度も祈りを込めて叫ぶ。しかし、少女の声は空しく雪山に響き渡るだけだった。
次第に叫ぶ気力も薄れ、意識が遠くなっていく。母の側で凍えながら、少女が死を悟った、まさにその時だった。
「大丈夫?」
凍えてろくに動かない顔をなんとか動かし、声が聞こえた方を見やる。そこには、ダウンジャケットを着た一人の少年が立っていた。
「声が聞こえたから近づいてみたけど、こんなところに人が……! 大変だ‼ おじいちゃん‼ すぐに来て‼」
意識が薄れる中、必死の形相で叫ぶ少年を少女は見つめる。
「(王子……様?)」
少女は気を失う間際、寝る前にいつも父親が読み聞かせてくれた絵本に出て来る白馬の王子様を思い出し、少年にその姿を重ねた。
これが、第二王国国王の娘――四条アザミと、成宮ユウヤの出会いだった。
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