その2
演説を終えた国王――王原シュウゾウは、見晴らしのいいアオバヤマ王宮の庭園に特設されたステージ上から、目の前のカメラやマイクといった機材が片づけられていくのを詰まらなさそうに見つめていた。そんなシュウゾウの元へ執事の柏木が近づき、豪華に飾り付けされた玉座を素早く設置する。
ステージの下にはいつの間にかレッドカーペットが敷かれていた。中世ヨーロッパ風の甲冑を着た衛兵がそこからしばらく離れたところでずらりと並んでおり、手には剣を携えていた。
舞台が整うと、貴族である四条アザミが身体を鎖で縛られた一人の少年を連れて現れた。アザミはカーペットの上を優雅に歩き、王の元まで近づくと、その少年――月光カツヤを無理やり跪かせた。
「ご要望通り、お連れ致しました」
シュウゾウは先ほどとは打って変わって愉快そうにカツヤを見下ろす。カツヤはアザミの権能によって、王の前で権能を使えないようにセーフティーをかけられていた。
「やはり民草に向けた正義を語る演説などつまらぬ……。しかし、今日はお前に再会できたのだ。少しくらいの不満は我慢しようではないか。――久しいな、我が息子よ」
カツヤは怒りのこもった目でシュウゾウを睨みつける。
「誰が息子だ。テメェの事なんざ知るかよ」
噛みつくカツヤだが、シュウゾウは笑みを崩さない。
「姿は変わってしまっても、息子のことを忘れるわけが無かろうに。……さて、そこの小娘から報告は受けているが、もう一度父にお前が今までどう過ごしていたのか、直接教えてくれるか?」
「んなことするわけ――」
直後、アザミがカツヤの頭を掴み、レッドカーペットにたたきつける。
「て、テメェ……ッ!」
「陛下の御前よ。口は慎みなさい。――さぁ、あなたの身に何があったのか『話しなさい』」
アザミの言葉が耳に入った瞬間、カツヤの顔から表情が消え失せた。そのまま上半身を起こしてゆっくりと口を開く。
【……王子時代、俺と兄貴は親父が新しく貴族に任命した四条アザミの権能を使って、奴隷兵を生み出していることを知った。人の尊厳を踏みにじるこんな非道を止めようと誓った俺と兄貴は、革命軍を組織し、王を殺害する計画を立てた。兄貴との権能の訓練中に俺が権能を暴走させたことにして、二人の死を偽装。王宮を脱出した後には兄貴の「自分や他者の外見を変える」権能を使って外見を変え、反国王派の月光家の養子として革命の準備を進めていた。最初は兄貴がリーダーをしていたが、潜入調査中に死亡し、俺が二代目としてリーダーを引き継いで革命を起こした】
一通り話し終えるとカツヤは正気を取り戻したが、無理やり口を開かされた悔しさで顔が歪んだ。
「なるほど、シュウヤが革命軍のリーダーをしていたのか。だからか、お前たち革命軍が腕に緑色のバンダナを巻きつけるのは。シュウヤは小さい第三王国の国王にあこがれていたからなぁ。あの老人を真似て腕にバンダナをつけて遊んでいる姿が今でもはっきりと思い出せる……」
シュウゾウは懐かしそうに遠い目をする。
「しかし、ということは一年前の密偵潜入事件実行犯二人の内、一人はシュウヤだったわけか。黙っていれば自動的に王座へとつけたというのに……。もう一人は誰か知らんが、俺に断罪の剣を使われて権能を失った後にわざわざ隠し持っていた毒で自殺するなんぞ、そいつも馬鹿なことだ」
「二人のことを侮辱するんじゃねェ! 二人が持ち帰った情報のおかげで、断罪の剣に関する使用データが手に入った! お前から王の力を奪って、四条アザミさえ断罪の剣で貫いちまえば、奴隷兵が解放されるって分かったんだ! 兄貴とケンスケをテメェが侮辱することは、絶対に許さねェ!」
カツヤの叫びを聞いても、シュウゾウは愉快そうに見下ろすだけだった。
「お前の目的はなんなんだッ⁉ なんで奴隷兵なんて生み出した‼ あの巨人兵はなんだ⁉ 答えろ‼」
息を粗くしながら食って掛かるカツヤだったが、ついにシュウゾウは堪らなくなって吹き出した。
「フハハハハ! なぜだと⁉ 我が息子よ、お前がそこまで馬鹿だったとは思わなかったぞ!」
一通り腹を抱えて笑い終わると、シュウゾウはまた愉快そうな笑みを浮かべてカツヤに語り掛ける。
「そんなもの、この世界を私という唯一の王が支配するために決まっておろうが」
シュウゾウの言葉に、カツヤは耳を疑った。
「お前は……、そんなことのために、人々を死ぬまで戦い続ける奴隷にし、人間をつぎはぎした巨人兵を作り出したのか……?」
「そんなもの……?」
シュウゾウは方眉をピクリと動かす。
「はぁ……、お前は何にも分かっておらん。――かつて始祖がこの日本列島に降り立った際、何を言ったのか知らぬのか? 「我が与えしその能力でもって一人の王を決めよ」、これはつまり、一人の王こそがこの日本列島を、ひいては世界を統べる資格があるということだ。王ならば、この世の全てを支配したいと思うのは当然であろう?」
カツヤは絶句した。この男は、一体何を言っているのか。連合王国だけではない。そのさらに向こうの権能を持たない人々が暮らす世界まで、始祖の言葉を口実に手中へ収めようというのか。そこに、平和の壊すほどの価値があるというのか。カツヤには全く理解できなかった。
「狂ってやがる……‼ そんなこと、出来るはずがない‼ どういう経緯でこの日本連合王国が出来たのか忘れたのか? 大混乱期の過ちを繰り返さないよう、革命や聖戦が起きた際には救援要請を出せばすぐに他の加盟国が助けに来る制度になっている。第二はともかく、第一なんて攻めようものなら袋叩きにあうに決まってんだろ!」
「いいや、来ないな。八年前に第二王国で革命が起きた時も、第八王国が滅亡した時も、救援要請を出したのにも関わらず加盟国は何もしなかった。第七が第一と第二に攻めたところで、今の情勢から考えても各王国は何もしないだろうよ。旧沖縄を支配している第三は元々特殊な立ち位置であるから何もしないのは明確であるし、第四と第五は第二に手を焼いているせいで他国に援軍を出す余力などない。唯一の懸念は旧北海道を支配する第六だが、あそこの今代は相当の変わり者でこの手のことにまるで興味が無い。干渉が無い以上、第七は確実に第一と第二を落とせる」
シュウゾウは自信満々に言い切った。そこに驕りなど一かけらもなく、冷静な分析による判断の結果だった。それを理解できてしまったからこそ、カツヤは言い返すことが出来なかった。
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