その5


 高級住宅街が立ち並ぶイズミ行政区には、大型ショッピングモールは一か所しかない。ユウヤも一度カツヤと一緒に行ったことがあるため、道に迷うことはない。


 ショッピングモールについたユウヤは滝のような汗を流しながら必死に両親を探した。普段なら多くの人でにぎわい、店の光で爛々と輝くショッピングモールの内部は革命の影響で誰もおらず、照明がついていないので薄暗かった。


「父さん⁉ 母さん⁉ どこっ⁉」


 ユウヤは大声で叫ぶ。しかし、返答はない。


 ユウヤは悲痛な声を上げながらショッピングモールを探し回る。しばらくすると、ファッション専門店が立ち並ぶ大きめの広場のような場所に着いた。広場の中央には、買い物に疲れた客が休めるように設置された長椅子が、観葉植物と思わしき巨木の周りに並べられていた。


 ふと、ユウヤは巨木の下にあるベンチが気になって凝視する。ショッピングモール内が薄暗いせいでよく見えなかったが、うっすらと人影があるのに気が付いた。


「もしかして……、父さん⁉ それに、母さんも⁉」


 ユウヤは急いで長椅子に駆け寄る。長椅子の上には、父と母が気を失った状態で倒れていた。


 最悪の事態を想定してしまい、緊張で心臓がバクバクと動く。震える手を何とか二人の口元に当て、呼吸の有無を確認する。


「良かった、息はしている」


 安堵のあまり、ユウヤはその場にへたり込んだ。――そんなユウヤの後ろから、複数の人影が近寄っていることも知らずに。


「オイ」


 何者かに肩をたたかれ、ユウヤはぎょっとしながら後ろを振り返る。


「か、カツヤ」


 そこにいたのはカツヤと、それに宝田やサキ、アゲハやクロハといった革命軍の面々だった。


「急に走り出してどうしたんだよ、一体何があった⁉」


 同じように全速力で走って来たカツヤは、額に汗を浮かべていた。


「母さんから連絡が来たんだ! 変な奴らに追われてるって! 場所はこのショッピングモールで――」


「ちょっと待て」


 カツヤがユウヤの言葉を遮る。


「いま、連絡が来たって言ったよな⁉ 何で連絡が来たんだ⁉」


 カツヤの問いに、ユウヤは若干いらいらしながら答える。


「何って、携帯に決まってるだろ⁉」


 ユウヤは何故そんなことを聞くのか分からない、といった様子でカツヤを見る。しかし、カツヤは信じられないといった様子でユウヤの胸倉を掴んだ。


「アホか‼ あり得ねぇだろそんなの‼」


「何するんだよ⁉ あり得ないって何が⁉」


 カツヤがなぜ自分に罵声を浴びせるのか、ユウヤは本気で分からなかった。


「携帯だぞ⁉」


「そうだよ携帯で連絡――」


「この状況で、携帯なんて使える訳ねぇだろ‼」


「――あっ」


 ユウヤはようやくカツヤの言っている意味を理解する。携帯が一切使えないせいで、革命軍では無線機やテレパシー系の権能を使って連絡を取り合っていた。自分自身も昼食を食べていたつい先ほどに、ネットが使えないのを確認していたはずだ。それなのになぜ、母から電話がかかってきて、ほいほいと疑いもせずこんなところまで来てしまったのか――。


「間違いなくそれはお前をここにおびき寄せる罠だろ‼ 冷静になれ‼」


 カツヤに怒鳴られ、ようやく我を取り戻す。ユウヤが落ち着いたのを確認すると、カツヤはそっと胸倉から手を離した。


「ご、ごめん。本当にごめん……。けど、たった今父さんと母さんを見つけたんだ。息はしているから多分権能か薬で眠らされているんだと思う。革命軍で治療をしてほしい」


「なっ、お前の親いたのか⁉」


 カツヤは思わず驚く。ユウヤの両親の情報は十中八九ユウヤをおびき寄せる罠であり、まさか両親が本当にいるとは思っていなかった。


「もちろん構わない。それで、お前の親はどこにいるんだ?」


 カツヤはあたりをぐるりと見渡す。しかしどこにもそれらしい人影はなかった。


「何言ってるんだ、僕の目の前にいるだろ? さぁ、父さん、母さん、もう安心だよ」


 ユウヤは気を失っている父と母に優しく話しかける。しかしその光景を、革命軍の面々はぎょっとした様子で見つめていた。


「おい成宮、それって……」


 周りの様子に、ユウヤは首を傾げる。


「どうしたの、カツヤ? みんな?」


まるで異常者でも見るかのような視線に、ユウヤは困惑する。

意を決したかのように、カツヤが言葉に詰まりながら口を開く。



「――それって、どう見てもただのだろ」



 カツヤはそっと、ユウヤが両親と呼ぶそれを指さす。


「えっ……、何を言っているの、カツヤ?」


 どうしてカツヤがそんなことを言うのか理解できず、もう一度両親の方を振り向く。


「どう見たって父さんと母さ――」


 しかし、そこにあったのはカツヤの言う通り、ただのぬいぐるみだった。より正確には二体のクマのぬいぐるみで、首元に赤と青のリボンが結んであった。


「あれ、え、でもさっき、確かに、え……」


 クマのぬいぐるみ自体には見覚えがあった。確か革命が起きたあの日に、家のリビングに置いてあったものだ。


 しかし、それがなぜここにあるのか、なぜそれを父と母だと認識したのか、ユウヤは自分でも訳が分からず、頭を押さえた。


 ――直後、広場に声が響き渡る。


「あ~あ、ついに効果が切れちゃった」


 顔を上げると、そこには二人の少女――四条アザミと、側近の財前ノゾミが長椅子の上に立っていた


 アザミは妖しげに笑うと、ゆっくりと上品な動作でしゃがんだ。聖桜高校の制服である短いスカートが、しゃがんだ勢いでふわりと揺れる。


「ごめんなさいね、ユウヤ君。こんな場所に呼び出しちゃって。お父様とお母様が見つからなくて、不安だったでしょう? でももう大丈夫、何も心配しなくて良いからね。私がぜ~んぶ、何とかしてあげるから、だから」


 アザミは優しい手つきで、ユウヤの頬を両手で触る。


『あとは、眠っててね』


 アザミのその一言で、ユウヤは眠りに落ちた。

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