その4


 ユウヤはカツヤと別れた後、大学施設のキャンパスにある外のベンチで昼食を取っていた。カツヤにも今日は天気がいいから気分転換に外で昼食を取ろうと提案したが、宝田と打ち合わせをすると言ってどこかへ消えてしまった。


 トレイに配膳されたカレーを食べながら、ユウヤはあたりを見渡す。自分と同じように外で昼食を取っている人は何人かいたが、ユウヤの座っている場所は日差しが気持ちよく当たっており、気を抜くと寝てしまいそうだった。


「今何時だっけ」


 ユウヤはふと時間が気になり、スマホをポケットから取り出す。時刻は午後一時を回っていた。以前本で見た話によると、連合以外の一部の国ではシエスタといって昼寝をする習慣があるそうで、今がちょうどその時間だ。眠くなるのは当然だとユウヤは思った。


「(というか、電波が入らないからスマホなんて持ってても意味がないのに、なんでかポケットに入れてないと落ち着かないんだよね……。現代人の嫌な性かなぁ)」


 現在、第七王国内では王国軍側のジャミングにより、インターネットが使えない状況にある。革命軍が王都を侵攻した際、王国軍のサイバーセキュリティ―部隊がジャミング系の権能を使って電波塔に複雑な細工を仕掛けたらしく、革命軍は未だ解除できずにいる。


 スマホの電源を入れたり消したりしながら、ぼーっと画面を見つめる。


「な、成宮様」


 すると突然、いつの間にか目の前に立っていたクロハとアゲハに声をかけられた。もしかすると権能を使っていたのかもしれない。


「やぁ。二人とも、足はもう大丈夫?」


 ユウヤは語りかけながら二人の足を見る。包帯が巻かれていたが、どうやら普通に歩けるようだ。


「大丈夫です。成宮様が応急処置をしてくださったおかげで、もう走っても大丈夫なくらいには治りました。包帯は、念のためです」


 クロハが笑顔で答える。「それは良かった」とユウヤは笑顔で答えるが、なぜか微妙な沈黙が流れる。


「あ、あのさ」


「「は、はひ! 成宮様!」」


 静寂を破るユウヤの声に、二人は素っ頓狂な声を出す。


「その、様ってのはやめてよ。なんか、恥ずかしいから……」


 脈絡のない唐突な話題変更に、アゲハとクロハは不思議そうな顔をする。


「その、じゃあ、なんとお呼びすれば……?」


 質問をしたのはクロハだった。


「普通に成宮とかユウヤとかでいいよ」


 クロハは数秒俯いて考え込んだ後、顔を上げる。


「なら、成宮先輩で」


「せ、先輩?」


「はい。だって、成宮……先輩、って同じ学校ですよね。なら、先輩で」


 確かに、ユウヤは上杉高校の三年生で、アゲハとクロハは同じ高校の一年生だ。先輩と呼ばれて何も不思議ではない。なのにユウヤはなぜか、様呼びとは違った恥ずかしさを感じた


「う、う~ん、まぁそれなら……、いいかな?」


「そうですか、それならよかったです」


 クロハもなぜか照れくさそうに微笑む。


「じゃあ、私も成宮先輩って呼びます。あの、早速ですが、私たちもちょうど今から昼食にする予定で、そ、その、ご一緒してもいいですか?」


 今度は姉のアゲハが尋ねる。


「もちろん良いよ」


「やった」


 ユウヤの返答を聞くと、アゲハはこっそりと小さなガッツポーズをしていた。


「それじゃあ、私たちも配給所へ取りに行ってきます。すぐ戻るので、ここで待っててくださいね。先輩」


 アゲハとクロハは嬉しそうにすぐ近くにある配給所の方へ向かった。心なしか足取りが浮ついている。


「先輩、か」


 その言葉の響きに心がざわつく。自分の日常が学校にあることをユウヤは久々に思い出した。


 カツヤの話によると、上杉高校の生徒は今のところ学校にある地下シェルターで避難生活を送っているらしい。生徒の多くの無事が確認されているが、それでも友人の安否が気になって仕方がなかった。


 だが、学校の友人以上にもっと心配なのは家族だ。革命軍は約束通りユウヤの家族を捜索してくれているようだが、一向に見つからない。今回の革命に巻き込まれた人は大勢おり、ユウヤの家族もどこかで暴動に巻き込まれて怪我をしてしまった可能性が高い。


 家族の心配をしつつ、窓の外を眺める。


「(父さん、母さん……)」


 ユウヤは不安で心が締め付けられた。


 ――するとその直後、突然ユウヤのスマホから。スマホの画面には、「母」との表示が。


「なっ、母さん⁉」


 慌ててユウヤが電話に出る。


『もしもし、ユウヤ⁉』


「母さん! よかった無事だったんだね⁉」


 数日ぶりに母の声が聞けて嬉しくなる。しかし、電話の後ろからドタバタと人の走るような音が聞こえる。


『いま、お父さんと一緒にいるんだけど、変な人たちに追われていてっ!』


 切羽詰まった母の声に、ユウヤは動揺する。


「待って、どういうこと⁉ 今どこにいるの⁉」


 ユウヤは思わず大きな声が出る。


『場所はイズミ行政区にある大型ショッピングモールで――。あ、あなたたち、何を――』


 大きな音と共に電話が切れ、ツー、ツーと空しく切断音が鳴る。


「イズミ行政区の大型ショッピングモール……、それなら、ここからすぐだっ!」


 勢いよく立ち上がり、権能を使う準備をする。右手の横には影のような灰色の手が現れる。


「成宮先輩、お待たせいたしま――、なっ、何をされているんですか⁉」


 すさまじい剣幕で権能を使おうとするユウヤに思わずアゲハが叫ぶ。


「父さんと母さんが危ないって連絡が来たんだ‼ ごめん、僕は行くよ!」


 ユウヤが足元に氷の柱を作り、柱が生えてくる勢いで大きくジャンプする。そのまま陸上競技用のトラックがあるキャンパス内の運動場にスキーの滑走路のような滑り台を作り出してゆっくり着地すると、大学の外へ走って行った。その様子を見ていた革命軍の隊員が「なんだなんだ?」と声を上げる。


 ユウヤは全速力でショッピングモールまで駆け抜けた。


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