その11
「(まずい、このままでは……‼)」
急激に増えた攻撃を、ユウヤはついに捌ききれなくなった。致命傷は避けているが、ユウヤの身体に鉄の槍が掠り始める。後ろにいる三人には当たらないよう、最優先で守っていたが、それも時間の問題だった。
「(なんとかしないと‼ でもどうやって? 革命軍の人たちみたいに権能を工夫して使うことは今の僕では出来ない。もう一度氷山を生み出して一度攻撃を止めさせるとか? ――いやだめだ。氷山を出そうと氷塊射撃を一旦止めた隙に槍が降ってくる。一体どうすれば……)」
ユウヤは思考を巡らせるが、解決策は出てこない。だが、もはや余裕などなかった。一か八か、氷山を生み出そうとした、その時だった――。
『違う。それでは確実に失敗する』
頭の中に声が響いた。
「これは……?」
その声は、初めて一級の権能を使った時と同じものだった。しかし、あの時と違って声にはノイズが混じっていない。明瞭に、声の内容が聞き取れる。
『お前は根本的に、この力の使い方を分かっていない。本来の権能を、お前は十パーセントも出し切れていないんだよ』
「(本来の権能⁉ 待って、どういう意味?)」
『いいか、お前の権能は【エラー:禁則事項です。管理者によるせっていいい】。……だめか、やはり邪魔が入って話せない』
「(……?)」
突然会話の中に無機質な機械音声とバグったのような音が流れ、困惑する。
『話せないのならしょうがない。――いいか、頭で考えるんじゃなく、もっと自由にするんだ。権能っていうのは本来、考えて使うものじゃない。呼吸と同じように無意識に使うのもだ。権能に身を寄せれば、自然と使い方が分かってくる。権能を暴走させない程度に、程よく権能と寄り添え』
「(身を寄せるって、しかも程よくとか、どういう意味?)」
しかし、返答は帰ってこなかった。まるで最初から謎の声など存在しなかったかのように、ばたりと聞こえなくなる。
「(身を寄せる……。暴走させないように……)」
心を落ち着かせ、前に突き出した右手の腕に左手をそっと乗せる。謎の声の言葉通り、呼吸をするのと同じように自身の権能を当たり前のものと認識を変える。
すると、一級の権能を初めて使った時と同じように、心の中で何かがカチッとはまる音がした。
「……そうか、こういうことか」
ユウヤはじっとテツヒロを見つめる。これなら勝てると、瞬時に悟った。
「さて、そろそろ終わらせますかねぇ。そこのゴミを庇っていると、あなた、死にますよ?」
テツヒロは奢りではなく、真面目な顔でユウヤに忠告した。
「成宮様! 私たちのことは放っておいて構いません! サキ様だけでも連れて逃げてください! 私たちみたいな足手まといの四級のゴミなんて、見捨ててください! 私たちなんて、皆さんの盾になれるだけでも光栄なんですから!」
アゲハが懸命に叫ぶ。しかし、ユウヤは大きく深呼吸をして口を開く。
「止めて。そういう風に、自分を卑下しないで」
優しく、されど少し怒りのこもった一言だった。叫んだアゲハだけでなく、クロハとサキもユウヤから言い知れぬ感情の圧を肌で感じ取った。
「一つ、あなたに聞きたい」
「なんでしょう?」
ユウヤはテツヒロに問う。
「あなたは権能について、どう思いますか?」
突拍子のない質問に、テツヒロは思わず首を傾げる。
「……ふむ、哲学か何かの話でしょうか。まぁ、お答えしましょう。――選ばれし民が神から与えられた、世界を改変する力です。私は常々考えているのですよ。なぜ始祖は、私たちに権能を与えたのか。それはもちろん、我々がこの日本列島に住む、優良な選民だからです。連合王国以外に住む下賤な民とは違い、我々は権能を持っている。一見、権能を持っているから優れているように感じますが、それは違います。我々は人格的に優れているからこそ、神たる始祖によって権能を与えられたのです。つまり、権能は私たちが特別な存在であることを示す、決定的な証拠なのですよ」
淡々と話すテツヒロだが、言葉の節々には熱狂的な宗教家のように力がこもっていた。
「……では、四級と五級については?」
「何度も言ってますが、ゴミです。人格的に価値が無いからこそ、彼らは大した威力のない五級と四級の力しか持たないのです。まぁ、陛下からは、民草の支持を得るために、権能に関係なく平等に接するよう命令を受けていますが……、正直、面倒ですよねぇ」
なぜそんなことを聞くのかという疑問の表情を浮かべるテツヒロだが、ユウヤはその表情に、心から哀れみを覚えた。
「なるほど。あなたは本当に、かわいそうですね」
「……どういうことです?」
テツヒロは腑に落ちないといった顔で問い返すが、そのまま言葉を続ける。
「僕は権能を、人間が持つ多様な能力の一つだと考えています。人間は色んな事が出来る動物です。言葉を話したり、料理をしたり、コミュニケーションを取って社会を形成したり……。そのたくさんある人間の能力の一つに、権能があるだけです。そして他の能力と同様に、権能には個人差があります。それ自体はしょうがのないことだと思いますが……、でもそれなら他に得意なことをしたり、やってみたい分野に挑戦してみたりすればいい。出来ないのならそれ以外のことで頑張る、たったそれだけのことです。権能の等級が高いから偉いとか、そういうことじゃないんですよ。なのに、あなたはまるで子供のように「権能の等級が高ければ偉く、等級が低ければ価値が無い」と、物事の判断基準のすべてが権能の上に成り立っている。僕より少なくとも倍程度は生きているでしょうに、その歳になってまだ子供みたいな考えをしているなんて、きっと何かを経験してもそれを処理する脳みそが足りないんでしょう。本当に、――かわいそうだ」
ユウヤの言葉をすべて聞き終えると、テツヒロは先ほどまでの疑問に染まった表情を止め、ユウヤの顔をまじまじと見た。
「色々と言いたいことがありますし、あなたの言葉が私を挑発するための出まかせではなく、本心で言っているところがより腹立たしですが……、正気ですか? 権能が人間の他の能力と同じだなんて。権能は、神から我々選ばれし日本列島の民族に与えられた絶大な力ですよ? なのにそれを、特別なものではないと?」
「ええ、そうです」
ユウヤは即答する。
「そもそも、権能は力の原理がよく分かっていない代物です。始祖自体も、大混乱期の三十年で資料が失われてしまったせいでどんな人物だったのか、そしてどんな意図をもって権能を広めたのか分かっていません。あなたみたいな権能や連合人を神聖化する人たちは残念なことに沢山いますが、そういう連中は総じて、自分たちの理解が及ばない不明瞭な部分に、神という記号を当てはめて神格化しているにすぎません。そんなの、思考を放棄した愚か者の所業だ」
ユウヤは一瞬だけ、後ろにいるアゲハとクロハを見る。
「アゲハさん、クロハさん、これだけは言わせて。――権能は決して、特別なものなんかじゃない。第二王国での悲惨な経験のせいで劣等感を抱いてしまうのは悲しいけど理解できる。でも、ここは第二王国じゃないんだ。二人はお荷物なんかじゃない。現にここへ来るまで僕やカツヤを助けてくれた、頼もしい人たちだよ」
アゲハとクロハが顔を上げ、ユウヤの顔を見つめる。自分の発した言葉が彼女たちにどんな風に届いたか、ユウヤは分からない。だが、言うべきことは言った。
「一体何なんです、あなたは?」
テツヒロは戦慄する。権能がモノの価値観の全てを統べるこの社会において、テツヒロのように権能至上思想は大なり小なり皆持っている。権能を特別視するのは、強大な力を持った彼らにとって当たり前のことだった。しかし、だからこそテツヒロにはユウヤが不気味に映った。この権能社会において、権能を一切特別視していないこの少年は、本当に自分たちと同じ世界に生きているだろうか。自分の理解できない、得体のしれない思想に、テツヒロは嫌悪感を覚える。
「……もういいです。あなたはとんでもない背徳者だ。権能をそのように貶めるだなんて。――今すぐここで殺します」
嫌悪感はすぐに、殺意へと変換される。
しかし、ユウヤは不敵に笑う。
「やれるもんならやってみろ、クソ野郎」
直後、テツヒロは今までの槍での攻撃を止め、手元に装飾のない一本の剣を生み出す。大地を力強くけり、ユウヤへと接近する。
ユウヤはすかさずテツヒロに向けて氷塊を打ち出す。だが氷塊は、テツヒロの体をすり抜けた。
「液体金属って知ってますか? 水銀みたいな物質のことを言うんですが、権能を使いこなせるようになると、権能の系統にもよりますが、自分の体をこんな風に他の物質に変えれるようになるんですよ、一級ならねぇ!」
鉄の剣でユウヤに切りかかる。しかしユウヤも氷で剣を生み出し、攻撃を受け止める。
「ほう、氷で剣を作り出すとは。さっきまで氷塊しか生成出来ていなかったのに、この短時間で成長しましたねぇ。ですが、まだまだ甘いッ!」
鉄の剣を受け止めた氷の剣が、剣を受け止めた場所から湯気を上げて溶け出す。
「私は金属の温度も権能で変えられるんですよ。本当に、私とは相性が悪かった。――恨むのなら、氷の権能を手に入れたご自身を恨んでください!」
氷の剣がジュっと音を立てて真っ二つに切れる。そのまま鉄の剣が、ユウヤの頭蓋骨を――
「な、これは……ッ?」
切り裂くことはなかった。代わりに、テツヒロの体がみるみると凍り出す。
「良かった、上手くいったみたいですね」
ユウヤが不敵に、にやりと笑う。
「今度は僕から尋ねましょう。絶対零度って知っていますか? 簡単に言えば、ほとんど物質が動かなく温度の事です。――今、僕のいるところから半径二メートルに以内にあるものは、すべて凍ります。熱せられた鉄だろうが水銀だろうが、何だろうが」
半径二メートル、それはアゲハたちを巻き込まない、調節された範囲だった。ユウヤは彼女たちを巻き込まないよう、神経を集中させてこの絶対零度を生み出した。
「(まずいですねぇ! すぐこの氷少年から離れなければ!)」
しかしさすがは戦闘訓練を受けた軍人。とっさに体を液体金属に変え、金属の温度を上げる。まだ凍り付いているものの、若干動けるようになった体を無理やり動かし、後ろへ飛んで絶対零度圏内から出ようとする。
「そりゃそうしますよね、予想してました!」
テツヒロが後ろへ瞬間、右手の拳を握りしめ、振りかぶる。右手の横にある影の手も、右手に呼応して握りこぶしのようなものを作る。
「権能に身をゆだねれば、その使い方が分かる。あの言葉通りだ。きっと僕の権能は、こう使うのが正解なんだ!」
ユウヤの右手と影の手が、テツヒロの鳩尾と胸元を貫いた。
「グハァッ……‼」
テツヒロは勢いよく地面を転がり、吹っ飛んだ。
「くたばれ、クソ野郎」
拳を振り切った姿勢のまま、ユウヤは吐き捨てた。
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