その10


 ユウヤと貴族のテツヒロが権能の打ち合いを続けて二分ほどが経過した。


「す、すごい……」


「これが一級同士の戦い……!」


 アゲハとクロハは、あまりに迫力のある攻防に目を奪われていた。


「このまま押し切れば勝てる……!」


 アゲハがそう叫ぶが、クロハは姉とは逆の感想を抱いていた。


「違う、むしろ成宮様が押され始めている」


 クロハの言う通り、ユウヤは徐々に手数が少なくなりつつあり、他方でテツヒロの手数は徐々に増えていた。


「なんで押され始めて――、あっ、そ、そんな……! わ、私たちが……」


 クロハは気づいてしまった。ユウヤの手数が減っている理由、それは、後ろにいるアゲハたちに攻撃が当たらないようにしていたからだった。サキは腹部に傷を負い、アゲハとクロハはガレキで足を怪我してしまったせいでまともに動けなくなってしまっている。権能を精密にコントロールするには多大な集中力が必要となるため、後ろの味方に気を使いつつ攻撃へも意識を向けることは、至難の業だった。


 余裕がなくなり始めたユウヤは冷や汗を流す。ここで敵がさらに手数を増やしてきたら、間違いなく対処が追い付かなくなってしまう。しかし、このチャンスにテツヒロはまだ、攻撃の手数を劇的に増やすことはしていなかった。


「(……妙ですねぇ)」


 テツヒロは首を傾げる。


「(この少年の権能、威力と強度はたしかに一級のそれなんですよねぇ。そもそも、私の作り出した鉄の槍を氷塊で破壊するだなんて、そんな自然界の法則を無視したことが出来るのは一級以外にあり得えません。しかし、あまりにも権能の使い方がお粗末すぎませんか? 先ほどから氷塊を作ってはぶつけることしかしていない。氷塊を回転させるとか、軌道を曲げるとか、そういう権能を工夫して使うという点がお粗末すぎる。まるで木の棒を振り回している原始人状態じゃあないですか)」


 普通、物質を生み出してコントロールする系統の権能使いが軍事訓練を受ける際、生成した物質をらせん回転させる技術を学ぶ。その方がスピードも威力も、射撃の精密性も上がるからだ。事実、テツヒロは鉄の槍を打ち出す際、きちんとらせん回転させている。


「(ですが、権能を精密にコントロールすることは出来ているんですよねぇ。そうでもなければ、高速射出される私の槍に、氷塊を正確に当てるだなんて芸当が出来るわけない。なんというか、全体的に彼の権能はちぐはくで、気味が悪いですねぇ……)」


 奇妙な使い方をするユウヤを見て、テツヒロは気持ち悪さを覚える。しかし、今は戦闘中だ。すぐにテツヒロは攻撃へ思考を切り替える。


「後ろにいる役立たずのゴミを庇っているせいでまともに攻撃できないみたいですがねぇ、だからといって私は手を抜きませんよ!」


「クッ……‼」


 テツヒロの猛攻が、ユウヤを襲う。


「ハッハッハ、愉快な光景ですねぇ」


 ついに攻撃を対処しきれなくなり始めたユウヤを見て、テツヒロは甲高く笑った。



   ◆◇◆



「やるではないか! 少年!」


 植物使いのナオキが大声で叫ぶ。


「見た目からして精々高校生程度であろうに、どれだけの研鑽を積んでこのレベルにまで達したのか、想像もつかん!」


 ナオキがカツヤを賞賛するが、それも当然のことだった。ナオキは男に近接戦を挑んで拳で戦う一方、背後に高速回転させたガレキを常に待機させ、絶妙なタイミングでガレキを一、二個飛ばしている。ナオキは拳に対処しつつ、小さい蔦をムチのように振るってガレキを弾き飛ばしていた。


「察するにその権能、手を触れずに物体を動かす念動力系の権能なんだろう? それほど珍しい権能ではないが、ここまで創意工夫に富んだ使い方をするのは、わが軍でも見たことがない! それに――」


 カツヤは右こぶしをナオキの顔面に当てようとするが、これはフェイク。左手を握りしめ、下からアッパーカットを繰り出す。しかし、ナオキは両手をクロスさせて右の拳をガードし、左手のアッパーカットは地面から生やした蔦でガードした。


 カツヤは後ろに飛び、再び距離を取る。


「この近接格闘センスも、非常に素晴らしい! 権能使いというのはどうしても権能による攻撃に頼りがちで、格闘技術を疎かにしすぎだ! だからこそわが軍では訓練で必ず権能を使わない格闘から教え込むのだが……、君レベルで近接格闘を出来る人はそうそういない! ぜひわが軍に入隊してほしい‼」


 ナオキは嬉しそうに笑うが、カツヤは相手をじっと観察し、構えを取り続ける。


「一つ、聞きたい」


 カツヤは深呼吸し、一言声を紡ぐ。


「何だね⁉ 入隊試験の日程かね⁉」


「いや、そんなもんに入るつもりはねぇ。……あんたは、奴隷兵についてどう考えている?」


「ゴミの有効活用だ!」


 何のためらいもなく、ナオキははっきりと答える。


「奴隷兵になる者は大抵五級か四級程度の権能しか持っていなかった、いわば国王陛下に何の貢献できないゴミたちだ! そんな彼らの等級を上げ、国王陛下のために働けるのだから、彼らも本望だろう!」


 予想通りの反応に、思わずため息をつく。


「……やっぱそういう反応だよな。奴隷兵を増やすために難民の受け入れをしているわけだし」


 カツヤの言葉に、ナオキは方眉をピクリと動かす。


「なんだ、君は国王陛下の難民受け入れ政策にある裏側について、気づいていたのか! 賢いな!」


 カツヤは強く歯をかみしめる。王国が難民を受け入れていたのは、別に慈善活動でも平和に対する貢献でもない。純粋に、戦力を集めているのに過ぎないのだとカツヤは気づいていた。


「……そりゃ、今まで等級のせいでひどい扱いを受けていた奴こそ強化の儀を受けたいって思うもんだろ。王国としては戦力が何もしなくても勝手にやって来るようなもんだ。――なぁ、あんたらは一体何のために奴隷兵を集めているんだ。何のために第一と第二へ聖戦を仕掛けようとしているんだ。第七王国は、国王は、何を考えているんだ⁉」


「答えは入隊したら教えてやろう‼ 才ある少年‼」


 ナオキは懐から小さな袋を取り出す。袋を破って小さな粒のようなものを取り出すと、地面にばらまいた。


「いつもは地面に植わっている雑草やらなんやらの種や根を使って植物を急成長させているんだが……、本気を出す時は、こうやって自前の種から急成長させるのさ! 君のその実力は、俺が本気を出すのに値する!」


 直後、赤い大きな花をつけた無数の蔦が、ナオキの足元からはえてくる。


「それでは、行くぞ!」


 無数の蔦がカツヤを襲う。今までとはケタ違いの速さだ。


「クソッ!」


 カツヤがガレキを使って蔦に衝撃を与え、なんとか攻撃をそらすも、さばききれなかった蔦の一部が胸部に嫌な音を立てて当たる。


「本当に、本当に惜しいぞッ! 君のその権能、二級相当だろう! だが一級の俺を相手するには手数も威力も足りない! 本当に惜しいッ!」


 負傷を負いながらも蔦をガードしつつ攻撃を仕掛ける。しかしそのすべてが無残にも防がれる。


「(クソが、このままではこっちの身が持たねぇ。蔦の数が多すぎるッ!)」


 蔦の対処に追われて他への注意が疎かになるカツヤ。その隙を、ナオキを見逃さなかった。


「本体への注意が散漫だぞ!」


 蔦の陰から突如現れたナオキは、重い拳をカツヤの腹に喰らわせる。


「ガハッ……!」


 カツヤの体は後方へ吹っ飛んだ。


「フム、良いのが決まったな! ――さてそろそろ、例の効果が出始めるはずだが」


 ナオキの声を聞き、腹部の痛みに耐えながらあたりを見渡す。すると、二人のいる空間に、紫色のもやのようなものがかかっているのが見えた。


「さっき俺が生み出した蔦についているこの赤い花! 実はな、霧状の毒を分泌する性質があってな! 人がこの毒を吸うと身動きが取れなくなって最終的には死ぬ! もちろん、俺には効かないように調整しているがな!」


 近づいて来るナオキを、カツヤは地面に這いつくばりながら見上げる。


「これが、一級だ! 少年よ!」

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