その9
「見えました! あの塀があるところが研究所です。このまま直進します!」
サキが目の前にある白い塀を指さす。
「おっしゃ、ここからは俺の出番だな。早速俺の権能で――」
直後、目の前の壁が崩壊し、巨大な植物の蔦のようなものが飛び出してくる。
「全員回避しろッ‼」
カツヤが叫んだ瞬間、ユウヤは氷を足元に出して右に大きく飛んだ。
「クッ……」
勢いよく飛んでしまったが故に態勢が崩れるが、すぐに体を起こす。周りを見渡すと、サキとアゲハ、それにクロハがうずくまっていた。カツヤの姿は見えない。おそらく蔦の左側に飛んで避けたのだろう。
「大丈夫⁉」
アゲハとクロハへと真っ先に駆け寄ろうとする。二人はガレキで脚を怪我してしまっていた。
「危ないッ‼」
そんなユウヤをサキが突き飛ばした。その場に転ぶユウヤだったが、覆いかぶさるように倒れ込んだサキを見て、戦慄する。
「血が……!」
先の左わき腹から、血が出ていた。
「おやおや、だぁ~れも死んでいないじゃないですか。全く、植田さんは大ざっぱで困りますねぇ」
蔦が伸びている基地から、一人の男性が出て来た。年齢は四十歳ほどで、王国軍の証である黄色い軍服を着ていた。髪型はオールバックにしているが、右側の一部がやや灰色がかっている。
「初めまして、革命軍の皆さん。私は第七王国国王の貴族が一人、
テツヒロと名乗る男は、愉快そうに笑いながら自己紹介をした。その隙にユウヤは立ち上がる。
「これはご丁寧にどうも。でも僕は自己紹介何てしませんよ。いきなりこんな巨大な蔦を投げ飛ばしてくる非常識な人に礼儀を尽くすつもりなんてないので」
ユウヤが殺気のこもった目で見返すと、男は失笑した。
「あぁ、勘違いしているようですがこの蔦を出したのは私ではありません。多分この蔦の向こうに吹っ飛ばされたもう一人の男の方を始末していると思いますよ。それよりも、――ここでさっさと死んでくださいッ‼」
そう叫ぶと、男の後ろに無数の金属の槍のようなものが発生する。刹那、槍がユウヤ目掛けて勢いよく飛んでいく。
ユウヤはすぐに自身の後ろに氷塊を大量に打ち出し、金属の槍を打ち落とす。
「ムッ、氷系の権能使いですか。その威力からするに二級あたり。面倒ですねぇ」
男が面倒くさそうにしている隙に、今度はユウヤが右手を男の前に向ける。その瞬
間、右手の横に灰色の大きい影のようにぼやけた手が浮かび上がり、ユウヤの手と連動して男の前に突き出される。
「……ん?」
男が灰色の手に気を取られている隙に、ユウヤは権能を発動する。ユウヤの右手の側から男のいるところまで、巨大な氷山が生まれる。だが前回見せた大通り一面を覆うものではなく、あくまでの蔦の向こうにいるカツヤへ当たらない程度に抑えてある。
「ふぅ……」
ユウヤの口から、白い息が漏れる。氷山の中に男を閉じ込めた形だ。
「なるほど、これは失敬。貴方の権能、一級みたいですね」
驚いて声が聞こえた右前方を見ると、先ほどの男が余裕そうに立っていた。
「いやな予感がしてとっさに避けましたが、中々やりますねぇ貴方。あの小娘の部下に少数部隊がこちらに向かってきていると報告を受けた時は、正直こんなに等級の高い相手が来るとは思っていませんでした。これはあたりですねぇ」
男が愉快そうに笑うが、ユウヤは別なことを考えていた。
「(金属の槍を生み出す権能、と思ったけど違うかな。さっき僕が作った氷山の両脇に、わずかだけどトンネルみたいな形をした金属の筒が見える。ということは、氷山が完成する前に金属のトンネルを作って横から脱出したわけか……。なるほど、カツヤの奴、何が一級は出てこないだよ)」
以前、ユウヤは聞いたことがあった。王に仕える貴族で、自由自在に金属を生み出し操る一級の権能使いがいると。
「……貴族の一人に金属系の一級権能使いがいるとテレビで聞いたことがありましたが、あなただったんですね」
ユウヤの言葉を聞き、男が顔をしかめる。
「さっき自己紹介をしたでしょうに。おかしいですねぇ、小学校の社会の授業で貴族の名前くらい習いませんでしたかね?」
「申し訳ないですけど、記憶にないです!」
叫びながら、もう一度右手を男の方へ向ける。直後、ユウヤの後ろに無数の氷塊が生まれ、弾丸のように男へ向かって飛んでいく。
「悲しいですねぇ。若者の学力低下というやつでしょうか」
男はユウヤと同じように金属の塊や槍を作り出し、打ち落とす。状況は、まるで無数の弾丸が飛び交う戦場のようだった。
◆◇◆
ユウヤが戦闘を開始したその頃、蔦の向こうにいるカツヤは、一人の男と対峙していた。
「どうやら向こうでも始まったみたいだな、ウン!」
王国軍の黄色い軍服を着たガタイが良くやたらテンションの高い男は、蔦の向こうを見ながら楽し気に頷く。
「それではこちらも始めるとしよう! まずは自己紹介だな、俺の名前は――」
「
カツヤが真面目な顔で答える。
「さすがに知っているか! 俺も有名人になったものだな!」
嬉しそうに腕を組みながら仁王立ちで頷く。隙だらけのように見える姿勢だが、カツヤはそこに隙など無いことを理解していた。
「(……チッ、まさか貴族が二人も来ているなんて、情報部隊はガセでもつかまされたか?)」
カツヤはゆっくりと腰を落とす。先ほどのどさくさに紛れて背後に隠しておいたガレキを、らせん状に高速回転させる。
「さて、次は君の番だ! 名前を教えてもらお――」
直後、カツヤの背後から無数の高速回転されたガレキが飛び出し、男の首元や心臓を狙う。――が、地面から突然はえてきた植物の蔦にすべて防がれた。
「いかんぞ、自己紹介はきちんとすべきだ!」
男は何事もなかったかのように笑うが、次の瞬間、ガレキが頭上から飛んでくる。
「何ッ!?」
慌てて回避するものの、男の足元にガレキが突き刺さった。
「少年、なかなかやるではないか。背後から直線に飛んでくるガレキは囮で、本命はその数秒後に上から落下させた別のガレキとは。戦い慣れているな!」
カツヤは不敵に笑う。
「今ので決まってくれれば楽だったんだけどな。 ――俺は月光カツヤ。革命軍の、リーダーだ!」
カツヤはそう言うと、男目掛けて走り出した。
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