その6
王歴二一○○年 六月一日
第七王国ミヤギ州ナトリ市は、王都センダイに隣接する都市である。人口は隣の王都に比べれば少ないが、王都へ通勤通学する人々が暮らすベッドタウンとしてその名を知られている。イズミ行政区が高級住宅街ならば、こちらは一般市民向けだろうか。しかし現在、ナトリに住宅街として風景はない。革命軍と王国軍の最前線になった今、ナトリは戦場と化していた。この戦場にあるのはガレキの山か、あるいは戦闘による屍の山のどちらかだ。
そんな地獄の様相であるナトリ市の革命軍実効支配地域の一角に、ユウヤは来ていた。
「…………」
一般車両とは違いごつごつとした軍用車両から降りたユウヤだったが、その顔は真っ青になっていた。
「どうした成宮、車酔いか?」
一緒に降りてきたカツヤが心配して尋ねる。革命軍がセンダイにある軍事基地から丁寧な言葉で言えば拝借してきた軍用車両だが、やはり乗り心地はさほど良いものではない。慣れていなければ車酔いも当然だとカツヤは考えていたが、実情は違った。
「いや、ここに来るまでの惨状を見て、ちょっとね」
「あぁ……」
そう言われてカツヤは重々しく頷く。ここへ向かう途中、ナトリ市との境を持つ
王都センダイのタイハク行政区を通過した。王国軍との戦闘が激しかった地域の一つで、未だに街は戦闘の跡が色濃く残っていた。物的な意味でも、人的な意味でも。
「戦闘が行われているのは理解しているけど、それでも実際に戦闘に巻き込まれた人を見ると、ね」
ユウヤが特にショックを受けたのは、七十代くらいの老いた男性に縋りついている小さな少女だった。おそらく少女の祖父なのだろうが、目には大粒の涙を浮かべていた。ユウヤの乗っていた革命軍の車両が通り過ぎる際、憤怒に染まった少女の瞳がこちらを射抜いていたのには、さすがに大きく心をえぐられた。
「何度も言うが、俺たちだってこんなことやりたくてやっているわけじゃねぇ。この事態を速く収めるためには、戦うしかねぇんだよ」
「……そうだね」
ユウヤの返事を聞いたカツヤはそのまま歩き始める。カツヤとて、こんな惨状を望んでいない。それをユウヤも分かっているからこそ、これ以上何も言えなかった。
今ユウヤたちがいるのは大きな市民広場のような開けた場所だが、この広場は革命軍のナトリにおける実質的な軍事基地となっており、軍用車や物資が大量に運び込まれていた。
広場の中は常に戦闘系権能使いや探知系権能使いが巡回しており、物々しい雰囲気を醸し出している。
そんな広場の中央に、一際大きいテントが張られている。テントの周りには緑のバンダナを腕に巻きつけた革命軍の構成員が複数立っており、宙に手をかざして何やら難しい表情を浮かべている。
「んで、今からここで作戦の最終確認をするわけだが……、あぁ、ご苦労」
カツヤが難しい表情をした構成員に一言話しかけると、構成員は軽く会釈をした。
「今の人は何をしているの?」
「音を操作する系統の権能でテント内の音が外に漏れないようにしてんだ」
「なるほど」
感心するユウヤだったが、カツヤは特に気に留めずテントの中に入っていく。ユウヤもすぐにカツヤの後を追うと、そこには宝田がいた。
「カツヤ様、成宮様、お待ちしておりました」
前に見た時とは違って迷彩柄の服を着た宝田が一言そう述べると、テント内にいた総勢五十名近い隊員たちが一斉にカツヤの方を向き、敬礼した。
「楽にしろ。今から作戦の最終確認を行う」
カツヤの言葉で隊員たちは皆敬礼を止め、きれいに整頓されたパイプ椅子に座る。統制された動きにユウヤは感嘆の声を漏らすが、隊員の服が普通の服だったりスーツだったり、あるいは高校の制服であることが気になった。初めて宝田に会った時もそうだが、革命軍にはどうやら制服というものがなく、代わりに緑色のバンダナを腕に巻くのが構成員の証らしい。現にこの場にいる人も全員、服装はバラバラだがバンダナを巻いている。
テント内の最前列には教卓と電子黒板が並べてあり、教卓の前にカツヤが、その隣に宝田が立っていた。ユウヤはふと、この状況で自分はどこに座ればいいか悩み、結局テントの端の方で立っていることにした。
「宝田、パネルに地図を」
「承知いたしました」
宝田がリモコンを操作すると、電子黒板にナトリの地図が映し出された。
「現在、ナトリのほぼ半分を俺たちが占領しているが、王国軍はナトリ基地を中心に強固な防御陣形を敷いているせいで膠着状態に陥っている。国王と四条アザミが退避したフクシマ州州都フクシマを攻撃するためには、なんとしてでもこのナトリを落としてミヤギ州南部まで占領しなければならない。そこで俺たちは正面突破ではなく、少数精鋭による基地攻略を行う」
カツヤが目配せをすると、宝田はリモコンを操作した。電子黒板には新たに部隊配置が追加される。
「部隊長であるお前たちには通常通り、正面戦闘の指揮を担当してもらう。ただし今回はなるべく相手の耳目を集めるように戦え。――宝田、派手で脅威になる権能のお前が今回の鍵だ。気を引き締めろ」
「ハッ!」
宝田が険しい表情で敬礼をする。
「敵が正面戦闘へ注意を向けている隙に、隠密に適した権能使いと移動速度を上げられる権能使い、それに大規模な破壊力を持った権能使いで構成される少数精鋭部隊で基地を一気に強襲する。王国軍だって馬鹿じゃない。作戦が長引けば正面戦闘がデコイであることに気づくはずだ。短時間で一気に攻めるのが重要になってくる」
ここまで説明を終えて、カツヤは周りを見渡す。
「まっ、こんな感じだな。この作戦で一番厄介なのは四人いる貴族の内、誰か一人でもナトリにいるパターンだが、広範囲に大地震を起こすとかいう対処の面倒な権能の笹葉はとっくに片付いているし、残りの三人は護衛として国王に付き従ってるのは情報収集部隊から報告で入っているから大丈夫だろう。今さらだが、質問はあるか?」
笑顔で放ったカツヤの言葉に隊員たちは表情を変えずに見つめ返すが、一人だけ、最前列に座っていた四十代くらいの髭をたくわえた男が手を上げる。
「どうした、馬場」
馬場と呼ばれた男はスッと立ち上がった。
「すまない、リーダー。ここまで来て今さらこんなことを言うのは気が引けるが、それでも俺は隊を預けられた部隊長として、聞いておかなければならないことがある」
「構わん、何だ?」
「今回の少数精鋭部隊の人選に関して疑問がある。強力な権能を持つリーダーが参加するのは分かる。戦闘においてリーダー以上に強い者は今この場にはいない。隠密や移動についても、まぁ納得だ。だが――」
馬場が視線をユウヤの方に向ける。
「大規模破壊力を持った権能使いとしてリーダー以外のもう一人、そこの少年を連れていくことには反対だ」
その瞬間、テント内にいた隊員全員がユウヤの方を見た。馬場の言う通り、ユウヤは少数先鋭部隊へ参加してほしいと事前にカツヤから言われていた。
「成宮の参加に反対、か。想像はつくが、理由はなんだ?」
「……そこの少年が数日前に氷山を作った一級の権能使いであることは聞いている。何も問題なければ戦力として申し分ないと俺も歓迎したが、しかし詳しく話を聞いてみればつい最近までセーフティーをかけられていたのだろう? 戦闘に巻き込まれたことでセーフティーが外れたのかもしれんが、それでは権能が発現したての小学生となんら変わらん。そんな権能のコントロールがあやふやな権能使いを、戦場に連れて行くのは反対だ。一級の権能が暴発したら最悪、一緒について行った見方やリーダーが巻き込まれる可能性もある。それに、俺たちが今からしに行くのはどう言葉を言いつくろっても殺し合いだ。つい最近まで平和に暮らしていた少年が、いきなり人を殺せるとは思えない」
馬場の発言に他の面々も頷く。ユウヤでさえ、馬場の言う通りだと思った。だが、カツヤは違った。
「なるほど、馬場、お前のいうことはもっともだ。だが色々と反論をする前に、一つお前の発言について訂正しておく必要がある。お前は俺がこの中で一番強いと言ったが、それは違う。俺はそこにいる成宮と高校入学したての頃、権能を使って本気で戦ったことがある。――だが、俺は成宮に一度も攻撃を当てることが出来ずに惨敗した」
「なっ⁉」
カツヤの発言にテント内がざわつく。それほどまでにカツヤが負けたという話が、衝撃的だった。
「少年。リーダーと戦って勝ったという話、本当か?」
馬場はユウヤに問う。
「いや、えっと……」
「本当だ。当時成宮は四級程度の権能しか持っていなかったが、それでも俺は勝てなかった。つまり、この場で一番強いのは成宮ユウヤだ」
なぜか負けた側であるカツヤが自慢げに語るが、実際、この話は本当だった。高校入学当初、二人はちょっとした行き違いから権能を使った喧嘩をしたことがあり、最終的にはユウヤが勝った。しかしユウヤからしてみればあの時の戦いは偶然勝てたものであり、誇れるようなものではなかった。
「それに権能のコントロールについてだが、セーフティー外れたてで奴隷兵の身体を拘束する程度に氷の展開を留めるなんていう芸当をやってのけてる。十分な制御力だろ。まぁ一応、この作戦が行われる三日間で一通り権能の訓練を受けてもらったが、全く問題はなかった」
隊員たちが再びざわつく。「それならまぁ大丈夫か」「リーダーを倒せるくらいなら」といった声が聞こえてくるが、馬場だけは、無言で何か考えている様子だった。
「あ、あの」
ユウヤが声を出すと、隊員たちはいっせいにユウヤの方を見た。
「そこの、えっと、馬場さんの言うことはごもっともです。特に殺し合いという部分に関しては、氷山に閉じ込めて凍死させたあの男を除けば人殺しなんてしたことありません。ですが――」
ユウヤはあの時の、クラスメートの大沢を思い出す。大きく深呼吸をし、意を決する。
「クラスメートが、奴隷兵にされていたんです。他とは違って、自我を残したまま。――苦痛に歪んだ彼の表情が、僕はずっと忘れられない。別に彼とは特別仲が良かったわけではないですが、それでも、身近な人がそんな目に遭っているのを、僕は無視できない。だから、戦います。いえ、貴方たちと一緒に、戦わせてください」
ユウヤは深々と頭を下げた。場は静寂に包まれる。
「頭を上げろ、少年」
静寂を破ったのは馬場だった。
「君の気持ちはよく分かった。そのように覚悟を決めているのであれば、問題無かろう。我々はそもそも、知り合いを、身内を、愛する者を奴隷兵にされた者で集まっているのだ。君と同じ思いを皆持っている。今回の戦い、こちらこそ宜しく頼む」
馬場がユウヤに向かって敬礼する。他の隊員も馬場に倣って敬礼をした。
「どうやら他に異論のある奴はいないみたいだな……。それでは、作戦開始まで準備を進めておけ。解散!」
隊員たちはカツヤに向かって敬礼すると、半数近くがテントを出て行った。
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