その2
王歴二一○○年 五月二十九日
目が覚めると、無機質な白い天井が視界を占領していた。
「ここ……は?」
どうやらベッドの上で寝ていたようだった。ゆっくりと上半身を起こすと、ユウヤ以外にも何人ものけが人がベッドの上に横たわっていた。そのすぐそばには医者と看護師と思わしき白衣を着た――されど右腕には通常の医療関係者なら身につけない緑色のバンダナを巻き付けている――人たちが立っていた。医者が患者の損傷部に向かって手をかざし、何やら緑色の淡い光を放っている。恐らく治療系の権能だろう。
「先生!」
目を覚ましたユウヤに気が付いた看護師の一人が医者を呼ぶ。すると医者が急いでユウヤの元に駆け寄った。
「君、大丈夫かね⁉」
「え、ええ。大丈夫です」
医者はユウヤの返答を聞くと、すぐさま先ほどと同じように手をかざしてユウヤの体を診察し出していた。
「(確か僕は学校へ行く途中に革命に巻き込まれて、それで……)」
片手で頭を押さえながら何が起きたのかを思い出す。革命で起きた戦闘に巻き込まれて、なぜか憲兵隊の男がクラスメートの大沢を無理やり戦わせていたこと、ノイズのかかった声が聞こえたこと、そして、自分が本来ならあり得ない一級相当の権能を使ったことまでは思い出せたが、そこで記憶はばったりと途絶えていた。
「うむ、どこも問題ないようだね。三日間も眠ったままだったから心配していたよ」
「みっ、三日も⁉」
驚きの余り思わず声が出る。しかし医者は「ふぉっふぉっふぉ」と独特な笑い声でユウヤの驚きに答えた。
「なに、いきなり高出力の権能を使うと稀にある現象だよ。そこまで気にすることはない。さて、今から革命軍の幹部を呼んでくるから、少し待ってなさい」
医者はそう言うとすぐに看護師へ指示を出した。
「(革命軍……、てことはやはり革命が起きたのか。ここにいると危険、というわけではなさそうだけど)」
もしユウヤが革命軍と憲兵隊の戦闘を見ていなかったら、迷わずこの場からすぐに脱出を目指しただろう。しかし、クラスメートが無理やり戦わされていた現場を見たのと、革命軍が自分を治療している現状を踏まえると、直ちに命の危険はないのではと判断し、黙ってその幹部とやらを待つことにした。
数分後、部屋の中に背の高いがっちりとした男が扉を開けて入って来た。スーツにきっちりとネクタイを締めているが、右腕には医者たちと同じくフォーマルな服には似合わない緑色のバンダナを結んでいる。
「目が覚めたようですね。安心しました。私は革命軍の軍事方面を担当している宝田と申します」
宝田と名乗った男は軽く会釈をすると、言葉を続けた。
「早速ですが成宮様、我が革命軍のリーダーがお呼びです。病み上がりのところ申し訳ありませんが、一緒に来ていただけないでしょうか」
「……構いませんよ」
何故この男が自分の名前を知っているのか、そして何故革命軍のトップが自分を呼ぶのか、返答する間の一瞬に考えた。しかしすべての謎は直接トップに会わないと分からないと判断し、ベッドからゆっくりと降りた。
宝田について行き部屋を出て廊下をひたすら歩く。途中、何人かとすれ違ったが、皆緑色のバンダナを右腕に巻いていた。おそらくこのバンダナが革命軍に所属している証なのだろう。しかしユウヤはバンダナ以外にも、気になる点があった。
「あの、ここってどこですか? 最初はどこかの病院だと思ってたんですけど、たぶん違いますよね」
廊下を見渡しながらユウヤは宝田に尋ねる。廊下は無機質な白色だが、通り過ぎざまに見るドアの表札には「三○一教室」や「就職支援センター」と書いてある。病院ならば教室や就職に関する部屋などあるわけがないし、思い返してみれば先ほどの病室のような部屋も、病院ならあるべきナースコールのボタンが無かった。
「ご推察の通り、病院ではありません。ここは第七王国王都センダイのイズミ行政区にある廃校となった大学施設で、我々革命軍はここを本拠地としております。なぜ大学に本拠地が、と思われるかもしれませんが、隠れて活動するのにはあまり人が寄ってこない廃校が適しておりましたので。もっとも、すでに革命を起こしてしまったのでもう隠れて活動する必要はあまりないでしょう」
宝田は恭しくユウヤの質問に答えた。
イズミ行政区と言えば、王都センダイでも屈指の高級住宅街だ。ユウヤの住むビルの多いアオバ行政区と違い、大きな一軒家の邸宅が並ぶイズミは、ブランド意識の高いブルジョワが多く居を構えている。
「それで、何故革命軍のリーダーが僕を呼び出すんですか。それに宝田さんは何故僕の名前を知っていたんですか」
「その質問に関しては全てリーダーがお答えします。もう少しでリーダーのところに着きますので」
宝田はさらっと質問を流すと、歩みを続けた。廊下にある窓の外を見ると、高級住宅街ではところどころ煙が上がっているが、戦闘が行われている様子はない。自分が寝ていた三日間の間に何が起きたのか分からず、ユウヤは不安を覚えた。
「着きました。こちらの部屋でリーダーがお待ちしています」
ドアの前で立ち止まると、宝田はノックをして扉を開けた。
「失礼します。成宮様をお連れしました」
宝田に促されるまま部屋に入ると、そこは恐らくかつて大人数用の授業で使われたであろう、三百人程度は入れそうな大きな教室だった。ユウヤが立っているのは教室の最後部で、黒板がある教室の前方に近づくにつれて段差が広がる作りとなっていた。その教室の最前列の、ユウヤが見下ろす形になっている教卓の上に、一人の少年が脚を組んで座っていた。
「よう、待ってたぜ、成宮」
「なっ……⁉」
そこにいたのは、ユウヤの親友――月光カツヤだった。
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