第三章 ナトリ攻防戦
その1
王歴二一○○年 五月二十六日
第七王国王都センダイ、アオバヤマ王宮。パロック調に統一された豪華な王宮の中心部にある王の間にて、サングラスをかけた六十代ほどのいかつい男が王座に座っていた。
「王都センダイへの襲撃を始め、ヤマガタ州ヤマガタ市、イワテ州モリオカ市など、革命軍による第七王国各主要都市への攻撃が確認されました。革命軍は現在、王都の約八十五パーセントをすでに制圧済みです。もうじきこのアオバヤマ王宮も陥落するでしょう」
アザミはうつむきながら恭しく目の前の主君へ報告を行う。
「そうかそうか、全てここまで予定通りだな。さて、こちらもそろそろ避難するか」
「承知致しました。時間稼ぎは奴隷兵に行わせますか?」
「そうしろ。どうせ奴らは奴隷兵へ傷をつけることなんぞ出来んのだからな。ちまちまと無力化で時間を消費してくれるだろうよ」
「陛下のお心のままに」
アザミは立ち上がると一礼し、王の間から退出した。
王宮の間から出たアザミは、今日も上品に歩く。漆黒の髪が歩くたびにふわふわと揺れた。革命という異常事態でも、上品さを崩すことはしない。
そんな彼女の右横に、突如人影が現れる。
「どうかしたの? 言っておくけど当初の予定通りノゾミのテレポートは使わずに避難する予定よ」
アザミの権能は二級のテレポートであり、三級と違って長距離の移動が可能だ。自分だけではなく人や物もテレポートできるため、こういった緊急時の要人避難に本来なら重宝される。そう、緊急時ならば。
「至急ご報告したい事案が発生しました。こちらをご覧ください」
ノゾミはタブレットをアザミに手渡し、動画を再生する。動画は街頭の監視カメラで撮影されたものだ。
「これは……」
タブレットに映し出された映像は、一人の権能使いが巨大な氷塊を作り出し、憲兵隊員の一人を打ち倒すものだった。
「このタイミングってのは予想外かなぁ……。ところでこの氷塊に閉じ込められたお間抜けさんは誰?」
「貴族の
アザミと同じ貴族の笹葉は、一級の権能使いだ。性格や素行に問題はあるものの、強大な権能は王国に利益をもたらすものであり、このような事態は王国にとって痛手だ。しかしアザミが気にしていることは、そんなことではない。
「……はぁ、困ったわ。あのイカれサディスティック野郎がやられたことは正直どうでも良いんだけど、このタイミングでこれは完全に予定外ね」
「アザミ様、言葉遣い」
「んん、ごめんなさい」
思わず使ってしまった汚い言葉遣いを指摘され、気まずそうにアザミは目をそらすが、すぐに気を取り直した。
「それで、彼はその後どうなったの?」
「権能を使った後に気絶したため、革命軍に保護された模様です。奴隷兵も同様です」
アザミははぁと思わずため息を漏らす。
「革命軍に、ね。本来の予定から外れてるけど、計画ってのは多少のズレが生まれるものよね。――彼の動向にも注意を払っておいて」
「承知致しました。それでは」
音もなくポニーテールの少女が視界から消える。残されたアザミは、王宮の窓から襲撃を受けた王都を眺める。
「どうか、何もかも上手く行きますように」
少女の声は、どこか妖しさを含んでいた。
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