その4


「ハァ、ハァ、ここまで来れば大丈夫だろ……」


 逃げ出した三人が最終的に辿り着いたのは、先ほどいたアーケードと違って全く人のいない、廃れた商店街の一角だった。


「カツヤって思い切りは良いのに憲兵隊が来るってなるとすぐ逃げるよね」


「あったりまえだろ! 捕まりでもしたら事情聴取とか面倒なことになるんだし。――走って喉乾いたわ、あそこにある自販機ちょっくら見てくる」


 自販機の方へ向かうカツヤを横目で見つつ、ユウヤは大沢に話しかける。


「しかし、災難だったね」


「そう、だね。実はアーケードで買い物してたら突然裏路地に引きずり込まれて、それで等級を聞かれて……、その、五級、って正直に答えたら、金を出せって」


「あぁ~、なるほど」


 ユウヤは大きくため息をつく。他の王国に比べれば等級差別に対して厳しい目を向ける第七王国だが、残念なことに五級差別は未だ根強い。


 一級から五級まである権能の等級で最下位に位置する五級は、どこの王国でも程度の差はあれど差別を受けやすい立場にある。一級から四級までは目に見えて何らかの変化を起こせるのに対し、五級は「微粒子レベルでしか変化を起こせない」レベルだ。専用の機器で計測すれば何らかの変化が起こっているのを観測できるが、その現象の小ささ故、権能を持っていないのと同等、と差別されることが多い。


「五級だからもし抵抗されても大したことは出来ないと思ってカツアゲしたわけだね。――第七王国でもそんな人たちがいるなんて、嫌になるよ」


 ユウヤが俯きながら文句を言い、拳を強く握りしめる。そんなユウヤを大沢は少し微笑みながら見ていた。


「ははは、成宮君は優しいね。みんな成宮君みたいに優しければ良いんだけど……。残念ながら五級は大なり小なり今日みたいなことを一度は経験してるよ。それが現実さ」


 諦観する大沢に、ユウヤはなんと言っていいか分からず言葉に詰まる。


「ただいま~。ほれよ、優しい優しいカツヤ様のおごりだ!」


 二人のそんな空気などお構いなしに戻って来たカツヤが楽し気に缶を二人に投げ渡す。


「何々? 俺のいない間に何の話をしてたん?」


 空気を読めないのか無視しているのか、カツヤののんきな様子に思わずユウヤは毒気が抜かれる。


「さっきの奴ら、僕の権能がご、五級、だから襲ってきたんだ。それを成宮君は怒っててくれて……」


 五級、という言葉を震えながら出す大沢をユウヤは見逃さなかった。ユウヤは断じて違うと分かっているが、カツヤは学校で不良っぽいポジションにいる。本当は全然そんなこと無いのだが、威圧的な見た目の上に授業をよくサボタージュする癖があるため、一部の真面目な生徒からは恐れられている。そんなカツヤ相手に自分が五級と名乗るのは、先ほど助けてくれたとはいえ少々怖いと感じてしまうのは致し方ない。


「あの馬鹿どもそんな理由でカツアゲなんかしてたのかよ。んなことしてる暇あれば真面目にバイトでもやりゃいいのによ」


 カツヤが付け加えて「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てる。そんな様子を大沢は意外そうにぽかんと見つめていた。


「意外でしょ。こんな見た目しているけど実は結構根が真面目なんだよ? 不良だったら「真面目にバイト」なんて出てこないよ」


 ユウヤが嬉しそうにカツヤを指さしながら笑うが、カツヤは恥ずかしそうにそっぽを向く。


「俺が「真面目にバイト」なんて言ってわりーかよ? てかこんな見た目って言うが、俺からすれば天然みたいな見た目してるくせに、考え無しにあの現場へ突っ込んでいくユウヤの方がイカれてるぜ」


 カツヤの反論に「あの時も言ってたけど天然ってなにさ、それにイカれてないから!」と不服そうに抗議するユウヤ。そんな二人の様子を見て、大沢は思わず笑ってしまう。


「クラスにいる時は「なんでこの二人は一緒にいるんだろう」って思ってたけど、なるほど、二人は本当に仲が良いんだね。それに、月光君のことも誤解してたみたいだ、ごめん」


 ぺこりと頭を下げる大沢に、カツヤは気まずそうに「いやぁ、まぁ、誤解されるのは慣れてっからいいよ」と返答する。


 そんなカツヤをユウヤは微笑ましそうに見つめると、大沢は缶ジュースを飲みほしてスッと立ち上がった。


「二人とも、今日は助けてくれてありがとう。何かお礼したいんだけど、今日はこの後用事があるからもう行くね。お礼は後日改めて」


「おう、お礼何て気にすんな。それよりもうそこそこ遅い時間だが、これからどっか行くのか?」


 さびれた商店街の時計を見ると、時刻は既に午後六時を回っていた。あたりが夕焼けで赤く染まっている。


「アオバヤマ王宮に行って、強化の儀を受ける予定なんだ」


「へぇ、強化の儀!」


 ユウヤは強化の儀と聞いて驚く。


「どれくらい等級が上がるのかは分からないけど……、でもこれでやっと、僕も他の人たちと同じように権能が使えるようになる。本当に、嬉しいよ」


 大沢は自分の右手を見つめながら握りしめる。


 第七王国に住む人々――、とりわけ四級や五級の権能使いにとって「強化の儀」は重大な意味を持つ。強化の儀とは、第七王国の国王によって権能の強化、つまり等級の底上げを行う儀式のことを指す。国王の持つ権能は「権能の強化をする権能」で、他者の権能を最大で二級まで引き上げることが出来る。国王はこの権能を利用して五級や四級の王国民、更には難民も対象に権能の等級引き上げを行っており、等級差別に苦しむ人々にとって救いの手となっている。


 この強化の儀のおかげで国王に対する支持率が高く、第七王国が連合王国の中でも特に平和で等級差別が少ないと言われる所以だと考えられている。


「どのくらい等級が上がるかはランダムって話だけど、満足のいく結果になるといいね」


「そうだね、ありがとう! それじゃ!」


 大沢はお礼を言うと、まるでおもちゃを買ってもらったばかりの子供が急いで家に戻るように走り去って行った。


「強化の儀かぁ、大沢君、本当に嬉しそうだったね。……どうしたの、カツヤ?」


 ユウヤが先ほどから返答のないカツヤを見ると、カツヤは何やら辛く厳しそうな顔をしていた。


「カツヤ?」


「ん、あぁすまん。なんでもない。それより今日は家で親が飯の準備しているから六時半には帰るって言ってなかったか?」


 カツヤに言われて時計を見ると、すでに六時を過ぎていることにユウヤは気づく。


「あ! そうだった! ごめんカツヤ、僕はこれで。また明日ね!」


 ユウヤは飲み終えた缶ジュースをゴミ箱に入れると、カツヤに手を振りながら小走りで帰途についた。


「……あぁ、またな」


 小走りで帰って行ったユウヤをカツヤは姿が見えなくなるまで見つめる。


宝田たからだ、いるんだろ。出てこい」


 完全にユウヤの姿が見えなくなると、カツヤはぼそっと呟いた。


「お呼びでしょうか、リーダー」


 カツヤの呟きに、錆びついた看板の影に隠れていた大柄な男が姿を現す。カツヤよりも身長が高く、百九十センチほどの大柄な男だ。左腕には緑色のバンダナが巻かれてある。


「準備はもう出来ているな?」


「完了しております。明日、指示があればすぐにでも実行に移せます」


 カツヤの問いに、宝田と呼ばれた男は恭しく答える。


「そうか。……いよいよだな」


「ええ、そうですね。……ですが、ご友人との別れ、あれでよろしかったんですか?」


 宝田がどこか寂しそうにするカツヤを心配げに見つめる。


「良いんだよ。男同士の別れなんてこれくらいにあっさりで。それに、上手く行けば今生の別れってことにはならないだろ」


 険しい顔のまま、カツヤは上を向く。


「……じゃあな、成宮」


 カツヤの呟きは、夕焼けの陰に沈んでいった。

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