その2


「んで、やっぱり寄りたいところってここか。相変わらず女子みたいな趣味してんな」


 放課後、ユウヤとカツヤは王都センダイの中心地センダイ駅付近にあるおしゃれなカフェに来ていた。テーブル席の真向かいに座る二人の前には、それぞれ異なった品が置かれている。ユウヤの前にはきれいにデコレーションされたパフェが、カツヤの前には純和風の器に入った抹茶とお茶菓子があった。


「男性だとか女性だとかそういう性的なカテゴライズに当てはめちゃだめだよ。それにこのパフェ、出たばかりの新作でSNSでも話題だったんだよ」


 得意げに語るユウヤだが、そのパフェを配膳してきた和風の服装にフリフリのエプロンを着た二十代くらいのウエイトレスがうんうんと頷く。


「お客様のおっしゃる通りです! スイーツに男女の垣根はありません! しかもうちのお店はあの聖女様御用達! 結構人気なんですよ~」


 そう言われてカツヤが店内を見渡すと、入店した時にはまだちらほらと空いていた席があったのに、今はすでに満席だった。しかも女性客だけでなく男性客も多くいる。


「なるほど、確かに。こりゃ失礼」


「いえいえ、ご理解いただけて何よりです。それではごゆっくり~」


 カツヤの言葉に満足したのか店員は嬉しそうに従業員以外立ち入り禁止のコーナーに戻っていった。


「聖女様御用達、ね。それならこれだけ人気なのも納得だぜ。あの第七王国のアイドルが来てるってんなら繁盛すんだろ」


「それもあると思うけど、このお店のスイーツそのものが美味しいからだよ」


 もぐもぐとしながらすでにパフェの三分の一を食べ終わっているユウヤにカツヤは愕然とする。


「相変わらず甘い物になると食べる速度すげえ速ぇな。……しっかし、聖女様ねぇ。今年の春に俺らと同じ高校生になったばかりだってのに、様付けとは大したもんだ。確かセンダイにある私立のマンモス校、聖桜せいおう高校の特別進学科に入ったんだっけか」


 カツヤは店にある小型のテレビを見ながらはぁとため息をつく。つられてユウヤもテレビを見ると、「四条アザミ様、難民キャンプへ赴く」というテロップと共に、一人の少女の顔が映し出されている。黒髪のふわふわとしたロングヘアで、顔つきはやや童顔だが目鼻立ちがはっきりとしており、可愛らしい印象を与えている。身長は目算でユウヤより若干低めといったところだが、体のラインは出るところと引っ込むべきところのバランスが良く、女性が理想として挙げる体形をしている。


『今回の難民キャンプ訪問はいかがでしたか?』


 テレビの中でインタビュアーが恭しく質問する。


『皆さん憔悴しきった様子で、非常に心が痛みます。ですがそういう時こそ私の権能が役立つのでこれからも難民の皆さんの支援を続けたいです』


 少女が愛想よく質問へ答える。インタビュアーは質問を続けようとしたが、聖女の後ろに控えていた同じく高校生と思わしきポニーテールの少女に止められ、そのまま二人はどこかへと去って行った。おそらくポニーテールの少女は聖女のお付きか何かなのだろう。


 一連の様子を見た後、ユウヤは思わず感嘆する。


「第二王国と旧第八王国からやって来た難民のメンタルケアを権能でやってて、その様子から聖女様って呼ばれているんでしょ。実際、たった十六歳ですごい事だと思うよ。貴族に選ばれるのも納得だね。おまけに聖桜高校に入れるくらい頭が良いなんて」


 賞賛するユウヤだが、カツヤは納得のいかなそうな表情だ。


「つっても、一級の権能を持ってるからだろ? 一級の精神系権能を持ってるからそういう類の慈善活動が出来るんだし、一級だから国王に貴族の力を与えられる。一級の権能さまさまだな」


 カツヤはつまらなさそうにそっぽを向く。一級の権能、これは、第七王国に限らず全ての王国で一種のステータスとなっている。


 そもそも権能は人によってその効果・威力に差があり、各王国によって個々人の権能は等級という形で一級から五級にランク付けされている。その中でも一級は「一人で外国の軍隊を相手取れるレベル」と定義されており、一級の権能を持つ者は大抵、その王国で重要なポストに就くか、あるいは貴族と呼ばれる特殊な力を王から与えられる。


「う~ん、でも、自分の権能でああやって人助けしようってのはたとえ強力な権能を持っていたとしてもなかなか出来ることじゃないよ。そういう意味で僕は尊敬しているよ」


 ユウヤはパフェを食べる手は止めずにカツヤの意見に反論する。四条アザミの持つ権能が「精神操作」であることは第七王国の国民なら皆知っている。洗脳から記憶書き換え、更にはストレス軽減といった精神に関するあらゆることが出来る権能で、やろうと思えばいくらでも悪用が出来る。それなのに慈善活動に権能を使っている点に、ユウヤは感心していた。


「というか、そもそもカツヤは二級の権能使いじゃないか。世間的に見れば十分高い等級なんだし、そんなに聖女様に対して文句を言わなくてもいいんじゃない?」


 ユウヤはうな垂れるカツヤをじっと見る。カツヤの権能は二級で、「軍事方面で十分な力を発揮できるレベル」と定義される。一級程ではないが社会的ステータスの高い等級であり、不満を述べるような等級でもない。


「あぁいや、今俺が言ったのは四条アザミに対してってより、なんつーか、権能の等級で何でもかんでも決まる世の中に対してだよ」


「……なるほど、等級差別に対してってことね。僕は四級だから尚更そういう風潮は嫌だね」


 ユウヤは心底嫌そうにため息をつく。社会的に高ステータスとされる一級と二級の下には三級があり、これは社会に役立つレベルと定義され、そこそこ価値があると考えられている。


 しかしその更に下の四級は「日常生活に役立つレベル」で、それほど大した威力や効果はない。故に、権能使いで構成される連合王国という社会ではやや下に見られる傾向がある。もっとも、四級は連合王国全人口の中でも相当数の割合で存在し、決して少数派というわけではない。割合で言えば一級や二級の方が少数派だ。


「等級が高ければ高校生でもいい職に就けて、低ければ就職に困る。それは何つーか、違うと思うんだよな」


「同意するよ。第七王国は他の王国に比べれば等級による差別は少ないし、就職で差別されることも、まぁ無くは無いけどひどいって程じゃない。もちろん、権能の性質的に優遇されるってのはあると思うんだ。例えば植物育成系の権能はやっぱり農業をやってる会社に優遇されるし、治癒系は医療機関で率先される。これ自体が間違っているとは思わないけど、何でもかんでも等級が高いから凄い、等級が低いから馬鹿にされる、ってのはやっぱり間違っているよ」


 普段ふわふわしたユウヤが熱弁するのを、カツヤは茶化したりせず真面目に聞く。こういった姿勢に関しては、二人にとって共通するものだった。


「まっ、権能が社会の根幹ってのも考えモンだよな。クッッッソ嫌な話だぜ」


「……でもまぁ、第七王国は第二王国よりは絶対にマシだと思うんだ。ほら、外見てみてよ」


 カツヤはユウヤに言われるがまま窓の外を見る。するとそこには、プラカードやスピーカーを持った人がデモ行進をしている。デモ参加者は何やら色んなことを言っているが、要約すると「第二王国は不当な差別を止めよ」と主張している。


「あぁ、第二王国からの難民か。話には聞いているが、相当ひどいらしいな、第二王国は」


「そうらしいね。第二王国で革命が起こって王の力が奪われただけじゃなく、すぐに隣の第八王国に聖戦を仕掛けて占領するなんて、この時代にどうかしているよ。今や拡大した第二王国は等級による絶対的な差別社会を徹底しているし、ほんと、ひどいよね……」


 ユウヤはデモ隊の姿を見て憤る。


 第二王国はオオサカを王都とし、日本時代でいう旧関西地方を支配していた。しかし、八年前に第二王国で革命が発生し、王の力を略奪、そのまま破竹の勢いで旧中部・北陸地方を支配していた第八王国までも聖戦を行って支配下に置いた。


 連合王国――、というよりは権能使いにとって、「革命」や「聖戦」といった言葉は外国やかつての日本とは違った意味を持つ。革命は、一般の権能使いが王に戦いを挑み、その手で王を殺害することで王が持つ王の力という、権能とはまた違った特殊な力を奪ってしまうことを指す。聖戦は王が他の王国へ攻め込んでその王国の王を殺害することを指し、すでに王の力を持っているため相手の王の力を奪うことは出来ないがその国を自国領とすることが出来る。


 ユウヤたちの住む第七王国は旧東北地方を領地としており、現在の第二王国――、旧第八王国の国境であるニイガタ州と接しており、等級差別から逃れようと多くの難民がニイガタ経由で押し寄せてきている。第七王国はこのような難民に対して積極的な受け入れを行っているため、街中で難民を見る機会は多い。


 カツヤが外にいるデモ隊を見ているうちにユウヤがパフェをすべて食べ終わったため、すかさず給仕がやって来る。


「済んだお皿片づけますね~。――あぁ、あのデモ隊、最近よくここら辺で街宣しているんですよ。革命なんて起きて欲しくないですよね……。あっ、そういえば第七王国でも以前、革命が起きるかもって話題になった事件がありましたよね」


 給仕がデモ隊を見ながらあご先に人差し指をあて、記憶を遡る。ユウヤにもその事件は記憶にあった。


「ありましたね。確か一年くらい前に第七王国軍の主要施設に革命派と思わしき密偵が入ったとか。二人侵入して一人が死亡、もう一人が断罪のつるぎで権能をはく奪されたんでしたっけ」


 ユウヤは当時大事件として大騒ぎになったことを思い出す。この事件の犯人には、権能使いにとって最も厳しい処罰である〈断罪の剣〉が使われたことで話題となった。


 王の力には、王だけが持つ権能とは違った力がある。一つは一般の権能使いを貴族に任命することで、王に革命を起こせなくする代わりに王が持つ権能の一部を貴族が行使できるようになるというものである。そしてもう一つが、断罪の剣だ。断罪の剣は王の力を持った者だけが使用できる剣で、その剣に刺された者は傷こそ負わないが権能を抹消され、二度と力を使えなくなる。権能使いが生きるこの社会で、権能を奪われることはすなわち「社会的死」を意味する。人でありながら人として扱われない、それは権能使いにとって、最も耐え難い苦痛だ。


 この断罪の剣があるせいで、民衆は革命が起きて王が変わろうが、聖戦で他国に侵略されようが、新しい王に黙って従うことが多い。もっとも、等級差別が激しいと今回のように他国へ難民として亡命することは多いし、逆に強力な権能を持つ者が再度革命を起こして王の力を奪おうとすることもある。


「大混乱期ならともかく、連合王国が成立してから八年前までずっと革命と聖戦は起きずに平和が続いていたのに、第二王国の流れに続いて第七王国でも革命を起こそうなんて、なんでそんなことを。……ってカツヤ、どうかしたの?」


 ふとカツヤの顔を見ると何やら辛そうな顔で押し黙っている。


「あぁ、いや何でもない。……そうだな。革命なんて、起きない方が良い」


 カツヤは我に返るとウエイトレスに「これもお願いします」と食器を渡し、ウエイトレスは「失礼いたします」と言ってまた従業員コーナーに戻って行った。


「若干話は変わるが、今日昼に成宮と廊下でぶつかった双子いるだろ、あの二人も難民なんだわ。うちの高校の難民枠で入学したんだが、なんでも第二王国で相当ひどい等級差別にあったらしく、まだ亡命して一年半程度と日が浅いせいか他人が怖いらしい。だから成宮とぶつかって過剰に怖がってたみたいだな」


 カツヤの言葉にユウヤは驚く。彼女たちが難民だから、ではない。


「驚いたよ。カツヤが他人、それも一年生の女の子の話をするなんて」


 ユウヤの感想にカツヤは思わず苦笑いする。


「あ~いや、実はアイツらとちょっと面識があってな……。なんでも、こっちに来てからも等級差別にあったらしく、荒んでるみたいなんだよなぁ」


 カツヤはテーブルに肘を立て、嫌そうに虚空を見つめる。


「だいぶマシとはいえ第七王国にも心無い人がいるからね」


「そうなんだよなぁ、嫌になるぜ。現にほら、あのデモ隊を見ている群衆の目、大多数は同情するって感じだが、一部は……」


 カツヤにそう言われてユウヤはもう一度外を見る。カツヤの言う通りほとんどの人は同情するような表情を浮かべているが、中には明らかに見下すような目で見ている人もいる。


「結局第二王国から来る難民はみんな等級の低い人たちだから、あんな風に見下している奴らもいる。――胸糞わりいな」


 カツヤは蔑んだ目で一部の侮蔑的な群衆を睨む。


「何はともあれさ、差別も争いも、無い方が良いに決まってるよ」


 ユウヤはデモ隊とその周りを見ながら、心の底からそう思った。

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