第一章 第七王国王都センダイ

その1

王歴二一○○年 五月二十五日


 日本連合王国加盟国が一国、第七王国。その王都センダイにある王立上杉かみすぎ高校は、まさに昼休みの時間だった。教室の椅子に座りながらお弁当片手に友達と談笑する学生たちは、紺のジャケットにネクタイ、あるいはリボンといった服装だ。三年生にもなれば入学したてほやほやの一年生とは違って制服を着こなしているが、高校最後の学年になってしまったとちょっぴりセンチメンタルな気分に浸りながら青春を謳歌している。


『次のニュースです。本日未明、連合王国加盟国である第一王国の所領、オガサワラ諸島にて不審な船が停泊し、武装した複数の男たちが不法に侵入しました。男たちは駆けつけた連合王国国境警備隊によって拘束され、現在事情聴取を受けているとのことです。なお、男たちは抵抗したものの、全員が権能による治療を受けて無事とのことです。外交部門を担当する第一王国によりますと、今後、侵入者たちの目的を調べたうえで強制送還の手続きを――』


 教室内にいる一人の男子高校生がスマホでニュース動画を流すと、その男子高校生を囲むように三人程度の男子が食い入るようにスマホをのぞき込む。


「なんか最近増えてるよな、外国からのお客さん」


「無駄なことで。どうせ権能持ってないんだからすぐ捕まるって分からないのかな」


「分かんないから来てんだろ」


 クスクスと男子高校生たちが笑う。しばらくニュースの話をしていたが、話題に飽きると別なことを話し始めた。そんな彼らを窓際の一番後ろの席から一人の男子生徒――成宮なりみやユウヤが見つめていた。


「外国かぁ……」


 購買で買ったお総菜パンを上品に小さくちぎりながら、ボソッとユウヤはつぶやいた。


「なんだよ成宮、外国に行きたいのか? 残念だが俺たち連合人は連合王国加盟国以外への出国は認められていないから一生行けないぜ。まっ、どうしても行きたいってんなら連合王国で唯一外交をやってる第一王国へ帰化申請でもして、第一王国民になるんだな。そうすれば大使館職員とか政府関係者って名目で海外へ行けるぜ」


 ユウヤの目の前に座る少年――月光げっこうカツヤが冗談っぽく笑う。


「まさか、そんなんじゃないよ。外国に行きたいとも思わないし。ただ、本当に最近外国から武装集団が密入国して来ること多いなぁって。全部連合王国の国境警備隊に追い返されているけど」


「ん~まぁ、確かに」


 納得したようにうなずきながら、こちらは総菜パンなどちぎらず豪快に口へ頬張る。


 成宮ユウヤと月光カツヤ。二人の容姿や性格は対照的だが、いつも一緒に行動する仲良しコンビだ。本人たちは仲良しコンビと言われれば否定するだろうが、少なくとも上杉高校の三年生はそう認識している。男子高校生の平均身長よりやや小さく小柄で、さらさらとした髪の毛。いつもニコニコと優しい笑みを浮かべているユウヤは、女装でもしたら似合いそうと女子から評判だ。性格も顔から分かる通り柔和で、どこかふわふわとした雰囲気がある。


 一方、高身長でがさついた髪の毛、ガタイは良いが、物事を斜め上から見ているかのような態度を取るカツヤは、ユウヤと違って女性評判はよろしくない。男から嫌われていないのが唯一の救いか。


 全くタイプの違う二人だが、二人は入学してからすぐ打ち解け、こうして三年生になっても友情を育んでいた。


「何が目的なんだろうな。日本列島侵略とか? ……いや、自分で言っといてなんだがそりゃないな。権能がなかった日本時代ならともかく、連合王国がある今の時代に侵略しに来ても返り討ちにあうってのは向こうさんも分かってるだろ」


「まぁ、そうだよね」


 カツヤの考えたあり得ない話にユウヤは思わず苦笑いする。この二人は――、というよりこの二人に限らず連合人は、外国の武装集団が自分たちの国に不法入国しようとしているこの現状に対して、危機感というものを全く抱いていない。それもそのはず、彼らには、権能けんのうがあるのだから。


 今からちょうど百年前にあたる王歴二○○○年、後に始祖と呼ばれることとなる一人の男が当時日本列島を支配していた日本国に突如現れた。彼は日本人に超常現象を起こす能力を与えると、「我が与えしその能力でもって一人の王を決めよ」と言葉を残し、どこかへと去っていった。与えられた超常能力を「神の造りしこの世界を改変する権限」と考えた当時の日本人たちは、後にこの力を「権能けんのう」と呼び、大いに喜んだ。


 しかし、既存の法制度では常識を超えた力を持つ日本人を制御出来ず、情勢不安となった日本はすぐに滅亡、三十年にわたる大混乱期が始まった。


 そんな最中、権能を持つ人々の中でもさらに特殊な力を持つ十人の王がそれぞれ独自の王国を建国し、領土拡張のために争った。


 最終的に大混乱期の争いを生き残った八人の王は七十年前の王歴二○三○年、平和を求め互いに協力し、複数の王国からなる一つの連合王国を結成した。それがこの日本連合王国である。


 現在、日本連合王国は権能を持つ連合人の遺伝子が外国へ流出するのを防ぐため、一部の例外を除いて外国と外交関係を結ばない鎖国政策を実行しており、不法入国しようとした者は各王国から派遣された兵士からなる連合王国国境警備隊によってすぐに逮捕され、しかるべき手続きを踏んだうえで本国へ強制送還している。権能という強大な力を持った連合人にとって外国の侵攻など恐れるに足らないし、外国もそんなことは分かっていると考えている。ユウヤたちの関心のなさはこういった事情から来ている。


「そんなよく分かんない外国の話よりさ、今日の放課後ゲーセン行こうぜ」


 外国という自分には一生縁がない話に飽きたカツヤは、いつものようにユウヤを遊びに誘う。


「いいけど、今日は最初にちょっと寄りたいところあるんだよね。そっちも付き合ってくれるなら良いよ」


「寄りたいところって……、あぁ、あれか。別にいいぜ」


 カツヤは以前ユウヤが行きたいと話していた店を思い出してほんの少し苦笑いする。本当に、自分とはタイプが全然違う男だなと改めて感じた。


 ユウヤとカツヤが談笑していると、教室の前方にある扉がガラガラと開き、担任が半身を教室に入れて何やら連絡を言い始めた。


「おーい、進路希望調査票まだ出していない奴、締め切り今日までだから出しとけよ~」


 担任は連絡を終えると早々に教室を去っていった。


「あっ、しまった。僕だしてないや」


 ユウヤははっとなり声を上げる。


「あ~俺もだわ。……って、担任もういねぇじゃん。歩くの速ぇんだよなぁアイツ」


「カツヤも出してなかったんだ。じゃあ面倒だし今出しに行こうよ」


「だな」


 ユウヤとカツヤは立ち上がると、さっさと教室に出る。幸いなことに、三年生の教室と職員室は同じ階にあるため、それほど遠くはない。


 ユウヤが教室の扉を開け、それに続くカツヤ。すると、ユウヤは廊下の左側から人が来ていることに気づかず、そのままぶつかった。


「おっと」


「きゃっ」


 ユウヤは転びそうになるも、それほど強い衝撃ではないので普通にバランスを維持する。しかし、ぶつかった女の子の方は尻もちをついて転んだ。


「姉さん、大丈夫」


 左目が前髪で隠れた黒髪ショートの女の子が、転んだ女の子を心配する。よく見ると、転んだ女の子もそっくりそのまま同じ見た目で、こちらは右目が前髪で隠れていた。おそらく双子なのだろう。


「ごめんね。大丈夫?」


 ユウヤが申し訳なさそうに手を差し出す。三年生では見たことないので、恐らく一年生か二年生だろうが、制服をまだ着慣れていない感じがするので、恐らく一年生だろう。片手には進路調査票と書かれた紙を持っていることから、ユウヤと同じく職員室へ行く途中なのだろう。


 ユウヤの顔を見ると、転んだ女の子は怯えたように肩を震わせる。横を見ると双子の妹と思わしき方も同じく怯えた様子だった。


「だ、だいじゃぶですので……」


 何やらカミカミのセリフをボソッとつぶやくと、素早く立ち上がって二人とも早歩きで立ち去った。


「あ~、今の子多分一年生だよね、僕何か怖がらせるようなことしてしまったかな……?」


 ユウヤが申し訳なさそうな顔でカツヤを見るが、手を横に振った。


「いんや、成宮はわるかねーよ。まぁ、気にすんな」


 ユウヤは頭上にクエッションマークを出しつつも、そのまま職員室へ向かった。


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