日本連合王国の反逆者たち The Rebels in the United Japanese Kingdom

フィリップ ヴァーグナー

序章 Welcome to the United Japanese Kingdom

序章 Welcome to the United Japanese Kingdom

王歴二一○○年 五月二十四日


 真夜中とは基本的に人間が寝ているべき時間帯である。健康的な人間であれば夜中の十二時を過ぎればすでに布団の中にいるものであり、この時間に起きているのは不健康な夜型人間か、あるいは夜に仕事がある人くらいだろう。


 日本列島近郊、太平洋上に浮かぶ小さな南の群島においても、それは同じことだ。この群島は無人島がほとんどだが、人間が住んでいる島では島民たちが灯りを消し、明日の仕事に備えてぐっすりと寝ていた。隣の無人島で怪しげな船が近づいていることに気づきもせず、ぐっすりと。


「こちらA班、オガサワラ諸島ポイントアルファに無事上陸成功。これより作戦の第二段階に移行する」


 船から降り立った複数人の兵士のリーダーと思われる男が無線で連絡を取る。男たちの人種はアジア系やヨーロッパ系、アフリカ系など様々だ。


『こちらB班、了解した。第二段が終了後、我々もオガサワラ諸島へ上陸を開始する』


「A班、了解」


 リーダーは返答すると、あたりを見渡した。ヤシの木のような南国風の木々が生え、足元には美しい砂浜が広がっている。バカンスで訪れれば心休まる最高の南国リゾートのようだが、男は緊張のあまり額から出る汗が止まらない。


「事前調査でここが無人島だというのは分かっているが……。クソッ、やっぱりになんぞ来たくないものだな」


「隊長、そんなこと言ったって俺らは軍人なんですから。上からの命令を断れるわけないでしょう。もしかしてブルっちゃったんですか?」


 警戒しながら隣を歩く男の部下が軽口をたたく。しかし男の部下も、脚の震えを隠しきれていなかった。


「当たり前だ。ここをどこだと思っている。無人島とは言え、の領土だぞ。当然冷や汗が止まらんし命令じゃなきゃこんなところに来たいわけないだろ」


「まぁ、そりゃそうっすよね。なんでこんなクレイジーな国に密入国せにゃいかんのか……。しかもこんなよそ者の奴らと一緒に」


 男の部下は嫌そうに他の兵士たちを見る。密入国者たちは同じ国の人間ではない。それぞれ別の国から派遣された混合チームであり、仲間意識などみじんもない。


「俺らだってお前らみたいな奴らとこんな場所には来たくねーよ。文句あんなら対抗同盟なんて組んじまったお偉いさんたちに言うんだな」


「前半はともかく後半は同意だ。同盟何て組んでも勝てるわけねぇのにな……」


 男たちはハァとため息をつく。全体の士気が下がり始めているのを感じたリーダーは、わざとらしく咳払いをする。


「無駄口はそこまでにしておけ。このまま話を続けていると作戦行動に影響が出る」


 リーダーがそう言うと兵士たちは無駄口をやめた。違う国の人間とは言え、今はこの男が部隊のリーダー。上下関係の厳しい軍隊では、上司の命令は絶対だ。


「早速だがこれから作戦の第二段階である――」


『こ、こちらB班! 応答せよ、こちらB班!』


 リーダーの声を遮るように切羽詰まった声が無線から流れた。


「こちらA班! どうした⁉」


『奴らの襲撃にあった! あのクソども、‼ ただ今応戦中だがこちらの上陸はもはや不可――、な、テメエどこから現れやがっ――』


「おい、どうした⁉ おい!」


 ドンッ、と無線から大きな音がしたのを最後に、応答がなくなった。


「た、隊長、今のってまさかB班のところに奴らが――」


 直後、男の部下の声を遮るように風船から空気が漏れたような音があたりに響き渡る。同時に、無人島がまるで昼間のように明るくなる。


「なっ、閃光弾⁉ いや、なんだあれは⁉」


 兵士の一人が上を見ながら叫ぶと、つられて他の兵士たちも上を見上げる。そこにはまるで太陽のような――、されど太陽よりも小さく丸い球体が、島の上空に浮かんで爛々と男たちを照らしていた。


「連合王国国境警備隊です。武器を捨てて両手を挙げてください」


 気が付くと男たちの前に、黒と赤の軍服を着た若い男の軍人が二人と、同じく年若い女の軍人が一人立っていた。さしずめ二十代、下手すると十代だろう。


「抵抗しなければ貴公らの安全は保障しよう。しかし抵抗するなら死なせはしないが多少痛い目は見てもらう」


 あっけには取られたがさすがは訓練を受けた軍人。すぐさまホルスターの拳銃を抜いて戦闘態勢に入っていた。


「ご忠告ありがとう、連合人。しかし多少痛い目を見てもらうとは、ずいぶんと甘ちゃんだな。我が国なら侵入者など迷わず殺しているところだぞ」


 体中の震えを抑え込みながらリーダーが言葉をひねり出す。すると真ん中に立っていた連合王国の男が、ふっと鼻で笑った。


「生憎と、貴公の国と違って我々は強大な力を持っている。弱者をいたぶるなど、誉ある我ら連合王国人はしないのだよ」


「キサマッ‼」


 リーダーの男が叫ぶ。しかしその時にはもう彼らは目の前にいなかった。


「そう怒らないでいただきたい。……ふむ、どうやらお疲れのようですね。それならば気分転換に快適な空の旅へとご案内しよう」


 いつの間にか隣に立っていた生意気な男がリーダーの肩にポンと手を置くと、急に浮遊感が全身を襲った。


「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 先ほどまで見ていた島の木々はどこにもない。目の前に見えるのはきらびやかに輝く星々だった。男はいつの間にか、夜空を見上げながらスカイダイビングをしていた。


「先ほどまで貴公が立っていた島の上空ですよ。やはり星を見るなら陸上からよりも星に近い空からだと思うんですよね。いかがですか? 他の皆さんも楽しんでいらっしゃるようですよ」


 またいつの間にか隣で微笑みながら垂直落下している連合王国の男は、まるで楽し気な旅行ガイドのように語りかけてきた。周りを見ると他に二人、自分の部下が同じく他の警備隊の連中と一緒に落下していた。部下たちは皆、突然の事態について行けず絶叫している。


「しかしこれでは地上に着くまで時間がかかりすぎますね。それではここらへんで、よっと」


 男が軽くリーダーの体に触れると、今度は上空五メートル程度のところに転移した。とっさに頭を守るように受け身を取るが、地面に接触した瞬間、鈍い痛みがリーダーの全身を駆け巡った。


「一応砂浜の上なのでクッション替わりにはなっていると思いますけど、大丈夫ですか?」


 警備隊員の声など痛みのせいで耳にも入らない。しかし、うずくまりながら横を見ると、信じられない光景が広がっていた。


 ――海水がまるで竜のような姿を形取り、男たちとは違って空に転移していなかった他の兵士の一人に体当たりをしていた。


「あぁ、あれですか。あれはその場にある水を操作できる三級の権能けんのうですよ。こういった海の近くであれば二級相当の威力ですよね。私もああいう派手な権能に小さい頃はあこがれたものです」


 よく見ると水竜の側に同じく警備隊の軍服を着た、三十代くらいの女が立っていた。あの女がこの怪奇現象を支配しているのだろう。ノスタルジーに浸った目でうねる水竜を見る警備隊員の男だが、一方でリーダーは絶望に浸っていた。


「冗談じゃ……ない……。だか……ら、こんな……クソみたいな国に、来たく、なかっ、たんだ……」


 うめき声をあげながら、それでも懸命に起き上がろうとする。


「クソみたいな国とは失礼な。とてもいい国ですよ」


 クスクスと笑い声が聞こえる。


「日本連合王国へ、ようこそ」


 その言葉が鼓膜に響いたのを最後に、リーダーは気を失った。

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