第7話 好奇心
雄斗が実在の人物であることを知ってから、半月が過ぎた。だがたとえ実在の、しかも夫の知り合いと分かったところで、現実の彼と私に繫がりはない。そう、現実には。
「聡美」
今宵も私は、もう一つの世界を楽しんでいる。ブランデーのように深く酔わせる雄斗の甘い声は心地よい。それに孝行との生活では体験できない豪奢な生活がここにはある。加えて「出会っていたかもしれない実在の人物」という事実が、インモラルな媚薬となって、私を興奮させるようになっていた。
(それにやっぱり、好みだわ)
厚みのある胸元は、シャツのボタンがはじけてしまいそうにパンパンだ。いくつもの隆起をつくる逞しい腕、引き絞られた腹部。
(映画でしか見られないレベルの理想の筋肉美が、目の前にあって)
私は雄斗の八つに割れた腹筋の潜む部分をシャツの上からそっとなぞる。
(好きなだけ触っても許される)
「聡美」
腹筋をゆるゆると撫でまわしていた私の手を、雄斗が掴む。
「そんな風に触られたら、抱きたくなる」
「……」
「まだ、俺に抱かれる覚悟ができてないなら、おかしな刺激をするな」
雄斗が私の手の甲に、唇を押し付ける。
「……我慢できなくなる」
雄斗の切なげにしかめられた眉と、苦しそうに掠れた声。それらが私の気持ちを激しくかき乱した。私はこれが夢と知りつつも、まだ一度も彼に身を許していなかった。
(一度くらいなら……)
私は雄斗の胸に頬を寄せる。
(だって夢だし)
眠りに落ちる前に孝行に愛された体を、迷いながらもゆだねる。
(空想の人に、ここまで我慢させるのは可哀相)
愛する夫以外に身を任せる背徳感、そしてそれが所詮は夢に過ぎないと言う安心感。その両方が私を大胆にさせていた。
「あぁ、やっと……」
感極まったといった風に、雄斗は私を抱きしめる。
「やっと……、やっと俺のものになってくれるんだな、聡美……」
(なんだか、可愛いかも)
これまでは、夢とはいえ孝行以外の男に抱かれることに抵抗があった。罪悪感も。だから、雄斗にベッドに誘われてもいつも断ってきたのだ。けれど何度もこの世界に足を運ぶたびに、私は気付いてしまう。これは所詮夢だ。繰り返し見ている不思議な夢ではあるけれど、現実じゃない。目覚めれば、愛する孝行が私を抱きしめてくれる。たとえ夢で他の男とどんな淫らなことをしようと。
(いいよね、現実には誰も傷つかないんだし)
好奇心が色々なアレコレを上回った。
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