第3話 理想と現実と
私は孝行をソファに押し倒す。
「めちゃくちゃ悲しかったのに! ショックだったんだよ! なんで笑うの!」
「だって、それは聡美の夢の話だよね?」
「そうだけど!」
「しかも捨てられたのは僕の方なんだから、聡美が怒るのおかしくない?」
「だって、私は悲しかったって言ってるのに、孝行笑うし!」
「ふふ、ごめんごめん。だけどさ」
孝行の温かな腕が私の背に回る。軽く睨むような目で、私を見る。
「その夢の男って、すごく聡美の好みだよね?」
(うっ……)
そうなのだ。私は昔から筋肉の隆々とした俳優に夢中になる傾向がある。見上げる体躯、岩肌のようにごつごつした肌。顔はどちらかと言えば二の次。動画サイトの履歴もマッシヴな男が主人公のアクション映画ばかりだ。私の趣味をよく知る友人たちは、私が孝行と結婚すると知った時、目を丸くしたものだ。背は高いけれどやせ形で、中性的できれい系の顔立ちの孝行は、それまで私が熱を上げていた俳優たちとはずいぶん趣が違っていたから。それに比べ今改めて思い返せば、夢に出て来た男は私の好みそのものと言っても良かった。
「だけど……」
私は孝行の胸へと頬を寄せる。
「やっぱりやだよ、孝行以外の人となんて。夢の男は確かに好みだったかもだけど、孝行じゃない。あの人が嫌って言うより、私の夫が孝行じゃないのが嫌なの」
「……そか」
「この夢、怖いのがね」
「うん?」
「実は二度目なんだ、見るの……」
「……」
私の背に回る孝行の腕に、力がこもる。
「聡美に捨てられるのは嫌だなぁ」
「孝行……」
優しい胸が、私の頬に押し付けられる。
「他の男に取られるのも絶対に嫌だ」
「……」
「聡美は僕の妻だから、どこにも行っちゃダメだよ。夢の中でも。わかった?」
胸元から立ち上る若木のような香り、耳をくすぐる静かで柔らかな声。指先が私の髪をときほぐすたびに、体の芯からこわばりが消えてゆく。
私は顔を上げ、孝行の喉元にそっとキスをする。すると孝行は私を上方へ引き上げ、唇へとキスを返してきた。
「聡美、まだ怖い?」
「うん、ちょっと……」
「困ったな。僕はどうしたら、聡美の不安をぬぐえる?」
「……」
私は孝行の胸元をくつろげると、きめ細やかな白い肌に唇を這わせた。鎖骨のくぼみを舌で辿り、首筋から耳元へとキスを落とす。
「こら」
孝行はいたずらっ子に注意するように、優しく私を留める。
「どうしてほしいか聞いてるんだよ?」
「……ぎゅってしてほしい」
「もうしてる」
「もっと体全部で、私がどこにも行かないようにしっかりと繋ぎ止めて」
「……」
「お願い」
「……わかった」
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