成人式の後で…… —— 加藤大揮、安藤彩紗

「ただいまー」


「お、兄貴おかえりー。……てかなんでニヤついてるの、気持ち悪いんですけど」


 僕、―――加藤大揮は家に帰るなり、風呂に行くためか、廊下にいた妹が少し引いたような目でこちらに話しかけてきた。


「しょうがないだろ、このお兄ちゃんにも少し遅めの青春が来たんだ」


「……はい?」


「いやー、今日女子と連絡先交換したんだよ」


「……で?」


「……」


「それだけ?」


「うん」


 妹はその返事を聞くと、あきれた様子でため息を一つ吐いて洗面所へと向かっていった。




(やっぱり違うよなー)


 僕は夕食を食べ終え、風呂に入りながらあのことについて考えていた。


(あの状況、完全に告白の場面だったのにしてこなかったってことは、ただ本当に連絡先聞きたかっただけなのかな……、それとも緊張して言えなかったとか……。

てか同じ大学って言ってたよな……、学部どこなんだろう……?)


「おい兄貴、母さんが入るの長いって心配してたぞ」


 扉の外から妹の声が聞こえて僕は瞼を持ち上げた。どうやら考えている最中に疲れからか寝てしまっていたらしい。浴室についている時計を見ると夜の11時を回っていた。一時間程度入っていたことになる。

 結局、考えていたことはまとまらなかった。僕は完全にのぼせてしまった体を何とか持ち上げて風呂から出た。

 ベットに入って考え事を再開するが、眠気からか全く捗らない。ただ、モヤモヤが残っていると気に食わないタイプの僕は、まだギリギリ意識が残っている間に頑張って一つの結論を絞り出した。


『結局、こんな陰キャオタクの人を好きになる人なんていないんだ。ましてや五年も会ってないのに。連絡先の交換は気まぐれだろう……。』


 いかにも陰キャが考えそうなもので、二次元の世界だと完璧なフラグの立つ考えである。しかしこれが一番適切であろう。

 こうして僕はしっかりとフラグを建てて眠りに落ちた。




「で、成人式の日どうだったん?」


 日曜日と祝日の月曜日を、いつも通りバイト先と家で過ごして火曜日。大学のいつもの席についたとたん、龍雅が興味ありげに目を輝かせながら声をかけてきた。


「どうだったって……普通の成人式だったよ」


「ちゃうちゃう、あの女子の話や」


「結局告白しなかったし、されなかったよ」


 僕はこの先質問攻めされる気がしたので、その日あったことを適当にまとめて話した。こっちはだんだんと恥ずかしくなりながら話していたのだが、龍雅はその話を途中からつまらなさそうに聞いていた。


「情けない奴だなぁお前は」


「しょうがないだろ、タイミングなかったし、恥ずかしいし……」


「そういうのはって行ってって言うのが男やろ」


「……ドカン?」


彼はよく、意味の分かりにくい擬音を使うのだが、彼の癖なのだろうか、それとも僕の感覚がずれているのか……。そんなこんな考えているうちに、講義が始まる時間になった。



◇◇◇



「ただいまー」


 私、―――安藤彩紗は、あの告白……もどきの後、一人暮らししている家に帰った。挨拶をしてしまうのは家族と暮らしいていた時の癖だろう。

 時刻は21時、今から料理をする気にはならなかったので、夕食はインスタント麺にすることにした。お湯を沸かし、容器に入れて待っている間、とりあえずスマホを開くと二つのメッセージが来ていた。


『『告白はうまくいったかい?』』


 二人の親友陽菜と夏月から全く同じ言葉が送られてきていた。しかも二つとも五分前と、タイミングすらも同じ。

 どんな偶然だろうと思いつつ、二人に「できなかった(泣)」と返すと、その十秒後、二つの通知音がほぼ同時に鳴り、


『『まあ、彩紗ならそうなるよな』』


 と、また同じメッセージが表示されていた。またもやの偶然に驚いたが、二人とも自分に全然期待していなかったことを知って、ムスッと頬を少し膨らませた。(まあ、実際彼女らの想定通りなのだが)


(でも今回は成果もあるんだから……)


 そう、告白はできなかったが連絡先の交換はできた。そのことを自信満々に二人に伝えると、またその十秒後、


『『それぐらいはしてもらわないと』』


というメッセージと、可愛らしいキャラクターが『やれやれ』とつぶやいているスタンプが二つずつ来ていた。


(えっ、何この二人、スタンプの趣味まで同じなの……)


 この時私は、メッセージの内容よりもこの偶然のが気になりすぎていた。(なんか上から目線で言われたような気がするけど) 


「ちょっと気になったんだけど……生き別れた姉妹っている?」


『『いないけど……』』


「好きな食べ物は?」


『『ふわとろ卵のオムライス』』


「好きな色は」


『『コバルトブルー』』


「きのこ派?たけのこ派?」


『きのこ』『たけのこ』


(そこは違うんだ……)


 その後もいろいろと聞いてみると、ほとんど二人の回答は同じだ。ただ、”山と海”のような究極の二択見たいな質問だけ的確に違う。やっぱり双子でしょこの人たち……。

 でも、この二人と話しているとなんか心の中にあった、不安だの、後悔だののモヤモヤが薄れていく気がする。


(よし、明日からは切り替えていくぞー)


 ”今日の失敗をかてに”と自分に気合を注入して、完全に伸び切ったインスタント麺を食べるのだった。




「そんなに意気込んだんなら『大学一緒に行きませんか』ってぐらい誘ってみなさいよ」


 休み明けの最初の講義、陽菜がやれやれというように話しかけてきた。


「いやでも……迷惑かもしれないし、そもそも一限からなのかもわからないし―――」


「はいこれ」


 彼女は『その言葉、待ってました!』というように自分のスマホの画面をこちらに見せてきた。それを覗くと、時間割の画像が映し出されていた。


「なにこれ……」


「情報部の時間割だけど」


「……」


そういえば陽菜には彼氏がいるんだっけ……。恋人っていうのは互いの時間割まで交換するもんなのか……。

 私が少し感心していると、彼女は言葉を付け足してきた。


「ほら、これ見ると水曜日と金曜日はお互い一時間目から講義あるでしょ」


「うん……」


「ということで次の金曜日、大揮を誘って一緒に大学に来なさい」


「うん……、って、ハイ?」


「だってノルマの期間設定しないと彩紗いつまでも緊張して実行に移せないでしょ?しかも、春休みまで一か月切っているんだから早めにやっちゃわないと」


「でも…………、」


 確かに自分には何か後押しがないと実行に移せないだろう。しかし、いくら春休みが近いといっても、実行が三日後なんて、気持ちを落ち着けさせることができるだろうか。それに……


カシャッ


 急にシャッター音がして前を向くと陽菜がスマホのレンズをこちらに向けてニヤリと笑っていた。


「ちなみにもし実行できなかった場合は、とりあえず今の写真とこの前撮ったあの赤面写真を大揮に送って……あとついでに私が、一緒に登校できるようにセッティングしとくからね~」


 陽菜はそう言ってニコニコ顔をこちらに向けてくる。


(あっ、この人ガチだ。っていうか私の赤面写真なんていつ撮ったんだ……)


「んー、もうやるよ。やればいんでしょ」


「いいねー、その意気だよ、彩紗」


 断った時の罰があまりにも大きすぎる。私はため息をついて、仕方なく了承してしまった。陽菜は、面白がっているのか、鼓舞しているのか、私の背中をバンバンたたいてくる。ちょっと痛い……。

 

 どうやら金曜日は人生最大レベルの山場になりそうだ……。

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