五年ぶりの再会 —— 安藤彩紗

私、安藤彩紗あんどうあやさには中学生のころから好きな人がいる。

 その人は頭が良くて誰に対しても優しかった。私が分からないところがあると優しく教えてくれた。重い教科書やプリントを抱えている生徒に声をかけているところを何回も見た。街中で道がわからない人を案内しているところも見かけた。何もないところでつまづいたり、たまに教科書を忘れたりと、少しおっちょこちょいな部分も見つけた。そんな彼を私はかっこいいと思ったし可愛いとも思った。気づいたら目で彼を追うようになった。

 これがなんだなと実感した。

 クラスメイトは、「彼はオタクだからキモイ」と言う、でも私は、趣味は人それぞれだと思うし、彼をキモイとは感じたことはない。アニメだって嫌いではない。それに実際私にも友達には言いにくい趣味を持っている。クラスメイトは、「彼よりもかっこいい人はたくさんいる」と言う、でも私は、人は顔だけでは判断できないと思う。

 結局告白はできなかった。受験勉強で遊べないと思ったのも理由の一つであるが、もし振られて中がまずくなってしまうのが嫌だと思ったのが一番大きな理由だ。

 最後の日に彼が一緒に写真を撮ろうと言ってきてとても嬉しかった。私も自分のスマホで一枚だけ撮った。その写真は今でもスマホの壁紙に設定している。

 私は父の転勤をきっかけに隣の地方の県へと引っ越し、そこで高校生活を送った。

 高校時代、私は両手では数えきれないぐらい告白され、二度、男の人と付き合った。 

 一度目は高校に入ってから一か月、忘れられなかった彼の存在を忘れようとしたため……だけど無理だった。彼のほうがかっこいいと思ってしまい、全然楽しくなかった。結局、付き合って一週間で別れてしまった。

 二度目は高校二年の三学期、それまでに自分に何度か告白してきた勇気とおとなしそうな性格の人だったので「この人ならもしかしたら」という思いからだった……しかし、また無理だった。今度は彼のことを思い出してしまうほかに自分の趣味が相手に受け入れられなった。気づいているうちにだんだんと距離が離れていき、関係は自然消滅していった。

 高校三年の夏、地元に戻って中学時代の友達と遊んだ時、ふと、私が彼のことが好きだと知っている唯一の友達であり幼馴染、浜田夏月はまだなつきに聞いてみた。


「そういえば彼ってどこの大学に行くんだろう……」


「なんだなんだ、まだ彼のことが忘れられないのか」


「えっ……あっ……えっと……―――うん。」


 夏月が興味ありげなニヤニヤ顔でこちらを見てくるので、恥ずかしくなり、ただ下を向いてうなずくことしかできなかった。


「でもお前、彼目的で大学選ぶとか大丈夫なのか?」


「いや、私将来の夢とか決まってないし……」


「あまりこういう決め方は良くないと思うんだけど……―――まあ彩紗のことに私が口出すのも良くないからな」


 それでこの関係の話は終わり、別の話題へと変わった。

 後日、彩紗から不気味に微笑んで、「がんばれ」とつぶやいている猫のスタンプとともに彼の行く大学と学部の情報が送られてきた。ちなみにどうやって調べたのかは教えてくれなかった。




「ほほー、それでこの大学に来たと」


 私は今、友達の有路陽菜ありじひなと話している。彼女とは同じ学部の学籍番号が一番と二番といった理由から、大学に入って最初に話した人で、今でもよく一緒に行動している。いつも元気で話しやすく、とてもいい友人だ思っている。そして、どうやら彼氏持ちらしい。この前、彼女がすごく嬉しそうにしていたので、「どうしたの」と聞いてみたら「彼氏からキーホルダーをもらったの」と、カバンについている小さめのそれを見せてきた。私が羨ましそうに見ていると「えへへ、いいでしょー」と照れながらも自慢気な様子でいた。


「でもさすがに学部は自分が行きたいと思えたところにしましたけどね」


「そこまで同じにしてたら人生やっていけるか心配やわ。 ―――ほいで、2年近く経過したのにまだ話しかけることもできてないと……」


「だってなかなか会わないし、見かけても緊張して話しかけれないんだもん」


「まあ、学部違うと会わないよなー、ただでさえ人多いし」


「だからどうしようかなって悩んでるんですよね……」


 そう言って陽菜のほうを見てみると、どうやら真剣に考えてくれているようだった。

 数十秒経って彼女は何か思いついたかのようにこういった。


「成人式の日に告っちゃえばいいじゃん」


「―――はい?」


「ほら、来週成人式あるじゃん。どうせ中学の時のクラスに分かれてなんかするだろうから、それが終わったらチャンスじゃね?」


「でも……」


「当日は他の人もいるけど同じ空間に長い間いれるだろうし心の準備もしやすいと思うよ」


 確かに彼女の言う通りかもしれない。長い間一緒にいれるのなら落ち着きやすいし、タイミングもうかがいやすい。そして、これ以上先延ばしにするともう告白できないんじゃないかという思いが頭によぎった。


「……私、頑張ってみるよ」


「いいねぇ、応援しとるで」


 彼女はにこやかに笑って励ましてくれた。しかし、少し考えこんで、今度はさっきと少し違う何か企んでいるような笑顔を私に向けて小声でこう言った。


「それじゃあ、その彼のほうにもそれっぽくにおわせておくから」


 それはやめてほしい―――と思ったのだが、それよりもふと気になったっことがあった。


「えっ……陽菜知り合いだったの?」


「そーだよ、高校同じだしね」


 私は急に恥ずかしくなってきて下を向くことしかできなかった。




「さて、困りました」


 成人式前日、私は何を着ていこうかと真剣に悩んでいる。振袖を着るのが一般的だろうがそんなの持っていない。なので、とりあえずクローゼットからおしゃれだけど落ち着きのある服を3着取り出して並べている状況だ。結局、30分以上悩んだが決まらなかったので、陽菜にそれぞれ着た写真を送って決めてもらった。


(そういえば今日、彼の様子おかしかったな)


 寝る直前、今日の大学の帰りの電車で偶然彼を見かけたことを思い出した。何か考え事をしていた様子なので気になってしまって長い間見てしまった。


(陽菜に何か吹き込まれたとか……)


 ふとそう思って陽菜に確認のメッセージを送ったのだが見事に既読スルーされた。




「彩紗~、こっちこっち」


 翌日、成人式の会場に着くと懐かしい声が聞こえた。そっちを向くと、夏月が明るい笑顔で手を振っている。クールビューティーな声や立ち姿は以前会った時と全然変わっていなかった。


「よう彩紗、久しぶり~」


「うん、久しぶり」


 私たちは簡単な挨拶を交わして式が開かれるホールに入った。


「それで、何か進展はしたのか?」


 席に座ってお茶を飲んでいる時に、急にこの質問を投げかけてきたので、私は吹き出しそうになった。


「あっ……えっと……」


「その様子見てると何もないようね」


「……はい」

 

 その後、夏月に大学で何をしてるのかとか、私の時間割とか、なぜか彼の時間割とか、いろいろと質問攻めされているうちに式が始まった。




「よし、今日告ってしまえ」


 式が終わって、照明が明るくなると夏月がキラキラさせた目をこちらに向けてそんなことを言ってきた。


「もともとそのつもりだよ……」


「いやいや今日逃したらタイミ――――――って、今なんて?」


「だから、今日告白してみようって……。大学の友達にも今日しかないよって急かされたし……」


「ほほ~、あの彩紗がね~」


 夏月がまるで幼い子の成長を嬉しく思うような顔で見てくる。まあ私のあまり自分に自信が持てない性格を知っている故でもあるだろうが。


「よし、私が全力でサポートしよう」


「サポートって何するの?」


「後ろから『頑張れ』ってつぶやいとく」


「それ、逆に緊張するし、邪魔なんですけど……」


 話にひと段落ついたところで、どうやら昔のクラスでカラオケに行くことが決定していたらしいのでとりあえずついていくことにした。




 私は今、恋愛ソングを歌っている。というか夏月に勝手に選曲された。夏月の言うことによると、


『恋愛ソング歌いながら彼のほうを見ることでなんかあると思わせるんだ』


らしい。ただずっと見ていると緊張してしまうのでチラチラ見る程度になってしまっている。

 歌も終わりにさしかかった時、彼と目が合ってしまい、急なことに顔をそらしてしまった。そして自分の顔が赤くなっていくのを感じた。


「青春だねー」


 隣で夏月がニヤニヤしながらつぶやいている。私はそんな夏月を弱めに蹴りながら最後まで歌い続けたが、あれ以降音程はほとんど合わなかった。




「それじゃー、二次会行ってくるから」


 カラオケが終わり、友達数人と何をするかという話になったが、夏月が気を使ってか、私を一人にしてくれた。ほかの友達には「早生まれでお酒が飲めないから帰るらしいよー」という表向きの理由を言っておいてくれたらしい。


「それじゃ、またね」


「ああ、後で結果だけは送っておいてよ」


 そう言って彼女は去っていった。

 一人になった後、深呼吸をし、精神を落ち着かせて周りを見るとカラオケ店の壁にもたれてスマホを見ている彼を見つけた。ただ見つけてしまうと急に緊張が襲ってきて目を向けてはそらす、向けてはそらす、の行動を続けてしまう。


(このままじゃいけない)


 数十秒経って、ようやく決心がつき、もう一度しっかりと彼のほうを向いた。すると、向こうも周りの様子を見ていたのか、目が合ってしまった。だけど今回は目をそらさない。そして、ゆっくりとではあるが彼のほうに向かって歩き出す。


「えっと……あの……大揮くん」


 勇気を振り絞って声をかける。人生で一番緊張した。だが声をかけたはいいものの恥ずかしくて相手の顔を見ることができない。心臓の鼓動がどんどん早くなっていくのを感じる。


「ハ、ハイ、ナンデショウアヤササン」


 急に話しかけられたことに驚いたのか、裏返った彼の声が 聞こえた。でも、そんなことを気にしている時間はなくとにかく自分の心臓を落ち着かせる。そして、という思いを何度も自分に言い聞かせて次の言葉を発した。

 

「確か同じ大学だよね。偶然だね。こんな偶然なかなかないからよかったら連絡先交換しない?」


(やってしまった……)


 結局恥ずかしくなって、告白と思えるような言葉は出なかったし、しかも早口になってしまった。

 私は、自分の臆病さを改めて理解して少し泣きそうになりながら、ただ、彼との関係を少しだけでも進展させることができたことを嬉しく思いながら、彼の差し出してきたバーコードをスマホで読み込んだ。

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