好きじゃない彼氏

夏野彩葉

好きじゃない彼氏

 好きじゃない彼氏と付き合って、もうすぐ半年が経つ。

 今、百花ももかは猛烈に迷っている。半年記念日を前に、彼氏と別れるか別れないか。



 彼氏こと亮太りょうたと出会ったのは大学のサークルの新歓。彼は結局別のサークルに入ったが、一年半近く友達のような関係が続いて、二年生の十月に遊んだときに告白されて付き合い始めた。正直なところ、百花は前の彼氏と別れて日が浅かったため、しばらく恋愛からは距離を置くつもりだった。彼に対して恋愛感情はなかったけれど、良い人なのは間違いないし、付き合っているうちに好きになるかもしれないと思って受け入れた。

 交際は結婚を考えた真剣なもの。彼は人の話を最後まで聞けて、喧嘩腰になることもなく、デートも百花の行きたい所を優先してくれる。将来のビジョンもしっかりしている。結婚するならこういう人、という模範のような性格である。気に入らないところといえば、顔と外食の頻度、あと結婚のタイミングと子育ての価値観だろうか。


 亮太は博士課程まで行くつもりらしい。そうなると最短で卒業しても二十七歳。前にやんわりと訊いたら「結婚は大学院を卒業して何年か経ってから、子どもは別に欲しくない」とのことだった。

 一方で百花は学部を卒業したら就職するつもりだ。そろそろ就活に向けて動き出さなければならない。先輩の話では「彼氏はいるのか」などというセクハラめいた質問を受けたという。セクハラは論外だが――就職する頃には二十二歳、数年後の結婚を射程距離に入れて考え始めてもおかしくない年齢だ。さらに、子どもについて考えるとさらに複雑になる。高齢出産になるとリスクが上がると散々聞かされたし、個人的にもできれば体力のあるうちに子育てしたい。そう考えると自ずとその一、二年前には結婚したいと思うのだ。自己分析に疲れて開いたSNSに週二で流れてくる、亮太が授業の後に男友達数人と行ったラーメン屋での撮られた写真が百花の神経を逆撫でしていくのは、想像に難くないだろう。

 そして何より顔。友達だった頃には全く気にしていなかったが、付き合い始めると勝手が違ってきた。放置して悪化したニキビには目をつぶってやるとして、整える気もなさげなボサボサの眉と、乾燥して皮のめくれた分厚い唇が気に入らない。リップクリームくらい塗ったらどうか、という百花の話も「塗っても別に何も変わらないし」などと聞き流す始末。そのせいか、イチャイチャする気も起こらない。半年近く付き合って、したことと言えば手を繋いだくらいだろうか。彼の方は満足げだが、百花は毎回手を振りほどきたくなるのを必死で堪えている。



 たかが二十歳の大学生が何を生意気な――世間は今の百花をそう見るのだろう。それはもっともな意見だ。しかし、並の女子大学生レベルに身だしなみを整えているものの、正直なところ百花は決してモテる方じゃない。もしこのまま別れなければ、百花はきっと亮太と結婚するのだろう。彼はそのつもりなのだろう。


 百花はじりじり湧き上がる不安に耐えながら今日も考える――私は、私にとって最良の判断を下せるのだろうか、と。

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