第6話 侵略者VS宇宙警察
「あら、遅かったわね。ゆっくり温泉に入ってきたの?」
部屋に戻ると、先輩は、明るい顔で迎えてくれた。
まだ、濡れた髪をしているぼくに、先輩は、冷たいお茶を出してくれた。
「さっきの人のことだけどね」
先輩は、そう言って、椅子に座りながら話し始めた。
ぼくは、黙って話を聞くことにした。
「いつだったかな…… ずっと昔ね、ある惑星の侵略をしていたときのことよ。あいつとは、同じ目的でその惑星に来てたの。目的が同じだから、手を組んだわ。そのとき、運悪く、宇宙警察があいつを追ってきてたのね」
先輩は、冷たいお茶を一口飲んで、口を潤すと、話を続けた。
「そもそもあたしたちは、侵略者だから、宇宙警察からしたら、犯罪者よね。
そりゃ、逮捕するに決まってるわよね。それは、地球と同じことね。だからと
言って、おとなしく捕まるわけにはいかないでしょ。当然、宇宙警察と戦うことになるわけ」
ぼくは、じっと、先輩の話を聞き入っていた。ぼくの知らない先輩が、
また一つ見えた気がした。
「向こうだって必死だけど、あたしたちだって必死よ。でも、あいつは、
宇宙警察に捕まった。顔の傷は、そのときのものよ。あたしは、逃げられたけど、あたしは、あいつを見捨てなかった。違う宇宙人同士でも、目的はいっしょで、一度は手を組んだ仲間だしね」
ぼくは、緊張しながら、その話の続きを聞く。
「あたしは、宇宙警察から、あいつを助けた。大変だったのよ。あっちは、大勢だけど、こっちはあたし一人だからね」
「それで、あの人を助けたわけですね。先輩って、強いんですね」
「そうよ。それくらいじゃないと、侵略者なんてやってられないもの」
ぼくは、先輩を怒らせないように気をつけようと思った。
「それから、どうなったんですか?」
「瀕死のあいつを抱えて、この星にやってきたの。その頃は、まだ、こんな街
じゃなかったけどね。それだけの関係よ。傷がいえたあいつは、地球人として、この星で生きることにしたってわけ」
「だから、命の恩人なんですね」
「大袈裟ね。宇宙人同士で、そんな気持ちはないんだけどね」
「それが、どうして、急にここに来たんですかね?」
「どっかで、宇宙警察の事を聞いたんでしょ。それで、心配になって来たのよ」
そこまで聞いて、納得すると同時に、かなりホッとした。
「どう、これで、納得した」
「ハイ」
ぼくは、明るい声で言った。
「甲児は、素直でいいわね。あたしは、キミのそこを気に入ったのよ」
褒められているのか微妙だけど、ぼくは、うれしくなった。
「それじゃ、もう寝たら。明日も仕事よ」
「ハイ、それじゃ、先に休ませてもらいます」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
ぼくは、そう言って、先に寝室に向かった。そして、いつもの大きなベッドに横になった。隣には、先輩の分として、空けてある。
でも、毎朝思うけど、先輩が寝た形跡がない。
先輩は、いつ、寝ているんだろう……
翌朝起きると、やっぱり、先輩は隣にいなかった。
着替えを済ませて、洗面所で顔を洗ってから、朝食の準備をする。
その間も、先輩は、機械の前に座ってなにか操作をしている。
「朝ごはんできましたよ」
「ありがと」
先輩はそう言って、テーブルに着いた。
「今朝もおいしそうね」
今日の朝ごはんは、白いご飯に豆腐の味噌汁、納豆に卵焼きと、焼き鮭に
白菜のお新香だ。
先輩は、相変わらず、おいしそうにぼくの作った食事を食べてくれる。
ぼくもいっしょに食べる。そして、いっしょに、通勤するのだ。
「今日から、しばらく、いっしょに通勤するのは、やめましょう」
「えっ! どうしてですか? 仕事ですか」
「違うわよ。宇宙警察がどこで甲児を見てるかわからないでしょ。あたしの顔は、バレてるから見つかると面倒なのよね」
そういうことか。確かに、それはそうだろう。でも、いっしょに出版社に
行かれないのは、なんか惜しい。
「わかりました。残念だけど、しばらく別々に行きます」
「そんなにがっかりすることないでしょ。出版社に行けば、会うんだから」
「それは、そうだけど……」
ぼくがしょんぼりしていると、先輩は、お茶を啜って先に立ち上がった。
「それじゃ、悪いけど、先に行くね。甲児は、後から来ていいから」
そう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「いってらっしゃい。ぼくも後から、すぐに行きますね」
「遅刻しないようにね」
先輩は、背中を向けたままそう言うと、アパートを出て行った。
ぼくも急いで片づけをすると、着替えてアパートを後にした。
路面電車乗り場の近くのバス停に行くと、すぐにいつものバスがやって来た。
ぼくは、パスを見せて乗り込んだ。今日は、隣に先輩がいない。なんか淋しい。
早く先輩の顔が見たくて、今日は、出版社に着くまで、イライラした。
そして、出版社に着くと、ぼくは、エレベーターを待つのももどかしくて、
階段で三階に駆け上がった。
「おはようございます」
ぼくは、編集部のドアを開けて朝の挨拶を元気よく言った。
回りの社員から、挨拶の返事が来るけど、先輩の姿が見当たらない。
「あの、先輩は、どうしたんですか?」
近くにいた女子の編集部員にそれとなく聞いてみた。
「星野さんなら、まだ、来てないわよ。あの人が遅刻なんて、珍しいわね」
ぼくは、意外な返事に頭が混乱した。ぼくより先に家を出たはずなのに、
ぼくより遅いわけがない。
どこかで道草でもしているのか? 小学生じゃないんだから、そんなわけはない。
それじゃ、どこに行ってるんだ? ぼくは、なんか胸騒ぎがして来た。
時計を見ると、九時を過ぎていた。完全に遅刻じゃないか。
ぼくは、仕事が手につかなかった。先輩の顔を見るまで、仕事どころじゃないのだ。
確かに、編集部の部員は、出社時間が特に決まっているわけではない。
直接、作家の先生のところに行ったり、印刷所に回ったりしてから出社してくる人もいる。でも、先輩は、いつも必ず九時前には、編集部にいるのだ。
おかしい。どう考えてもおかしい。先輩は、いつになったら来るんだ?
そして、十時になろうとしたとき、先輩がやって来た。
「ごめん、ごめん、みんな遅くなっちゃった」
そう言いながら入ってきた先輩は、いつもの先輩だった。その顔を見て、一番ホッとしたのは、きっとぼくだろう。
先輩は、他の部員たちから、仕事のことを聞いたり、指示を出したり、
いつもの先輩だ。
「山岸、ちょっと来て」
そんな時、突然、呼ばれた。
「ハイ」
ぼくは、返事をしてから席を立って、先輩の近くに寄った。
すると、先輩は、ぼくのスーツの肩を摘んで、編集部の廊下に連れ出した。
「宇宙警察が見張ってるから注意して。なにか聞かれても、適当に返事してね」
ぼくは、慌てた。先輩が遅くなったのは、出版社の外に宇宙警察がいたから
なのか。でも、ぼくは、それにはまったく気がつかなかった。
話しかけられでもしたら、気がつくけど、そんな人は、まったく見当たら
なかった。ぼくは、緊張して、顔がこわばってしまった。
先輩を宇宙警察から守らないといけない。
「あの、ぼくは、どうすればいいんですか?」
「何もしなくていいわ。いつも通りにしてて大丈夫だから」
「でも、先輩は……」
「あたしは、大丈夫よ。宇宙警察なんかに捕まるあたしじゃないから」
そう言って、先輩は、また、編集部に入っていった。
ぼくは、窓際に行って、目立たないように外を見てみる。
だけど、誰が宇宙警察なのか、全然わからない。どこかで見張っていると
言われても、それらしい人はいない。どこにいるんだ? 場所や顔がわかれば、
注意しようもあるけど、これでは、誰が誰だかわからないし気をつけようも
ない。
「あの、先輩、どこにいるんですか?」
ぼくは、そっと小さな声で聞いてみた。
すると、先輩は、何も言わずに外を見た。その視線の先は、道路を挟んだ向こう側のビルだった。
「あのビルの中ですか?」
「そうよ。あいつらの目を盗んで出社するのは、大変だったわ。だから遅刻したのよ」
「帰りは、どうするんですか?」
「どうにかするわよ。この中にいる限りは、手は出せないからね」
そう言って、先輩は、いつもの仕事に戻った。ぼくもいつも通りに編集作業に入った。
でも、窓際の向こうの視線が気になって、つい向かいのビルを見てしまう。
だからと言って、そこに誰かがいるのは、ぼくの目からでは確認できない。
そして、昼休みになった、ぼくと先輩は、社員食堂に向かう。
「山岸、それを食べたら、山居先生のうちに行って、直した原稿をもらってきて」
「わかりました」
「もらったら、そのまま帰っていいから。出版社には、戻ってこなくていいからね」
「でも、先輩は、どうするんですか?」
「大丈夫よ。どうにかしてアパートに帰るから」
「でも、なんか心配です」
「心配してくれてありがとね。でも、あたし、強いから」
そう言って、お茶を一息で飲んでしまう。
「じゃ、頼んだわよ」
先輩は、そう言って、ぼくの肩をポンと叩くと、編集部に戻っていった。
ぼくは、そんな先輩を見送るしかなかった。ぼくは、自分に出来ることを
やるしかないのだ。
きっと、宇宙警察は、ぼくをつけてくるだろう。見てろよ。
ぼくは、自分に気合を入れた。
ぼくは、かばんを持って、出版社を出た。山居先生の自宅に行く道筋に、
さり気なく回りに注意する。
誰かがついて来ないか。どこかで誰かが見ていないか。決して、相手に悟られないように歩いた。
電車とバスを乗り継いで、山居先生の自宅に歩いていると、住宅街なので言うほど人通りはない。平日の昼間なので、近所の人も歩いていない。
振り返りたい気持ちをこらえて、普通に歩いて、山居先生の自宅に着いた。
玄関でチャイムを鳴らすと、すぐに先生が出て来た。中に通されて、直しが
入った原稿をもらった。
出版契約を結ぶために、一度、出版社に来訪することを伝える。
快く快諾してくれた先生は、来週に来ることを約束してくれた。
これで、今日の用事は、完了した。あとは、川北町に帰るだけだ。
先生の自宅を後にして、来た道と同じ道を歩いて帰る。
だけど、ここまで、誰にも話しかけられることはなかった。
なんだか拍子抜けした感じだった。どこで、バスに乗ろうかと思って、
住宅街から公道に出た。
余り車も走ってないし、この辺でいいかと思って、スーツの胸のポケットに
入れてあるパスを取り出そうとした。その時だった。
まるで人の気配もしなかったのに、突然後ろから話しかけられた。
「山岸さん、この前の答えが聞きたいんですけどね」
不意に話しかけられて、ぼくは、驚いた。瞬間的に、ポケットに入れてある
パスから手を離した。これを取り出す前でよかった。
パスを出したら、川北町のことがばれてしまう。
「何のことですか?」
ぼくは、通用しないと思いながらも、とぼけて見せた。
「なにを言ってるんですか? わかってますよね。我々のことと、キミの立場は」
「そうですよね。宇宙警察には、通じませんよね」
ぼくは、素直にそう言って頭を下げた。
「それで、あの時の返事は?」
「それなら、あの時と変わりませんよ。ぼくは、アッコさんについて行きます」
「残念だよ。地球人が、侵略者の肩を持つとはね」
「それで、ぼくをどうするつもりですか?」
「どうもしないよ。ただ、あいつの罪が一つ増えただけだ」
「どういう意味ですか?」
「地球人を洗脳して、そそのかし、騙して、スパイにしたという罪だ」
「なにを言ってるんですか。ぼくは、自分から協力するといってるんですよ。
スパイとか洗脳なんてあり得ない」
「しかし、我々は、そうは思わないんだよ」
これ以上話をしても、平行線だと思って、話を切り上げようとした。
「仕事があるので、失礼します」
ぼくは、そう言って、普通のバス停に向かって歩き出した。
「キミは、地球を売ったことになるんだよ。地球人として、やってはいけない
ことくらいわかるだろ」
「……」
「侵略者に、地球を蹂躙されてもいいんですか?」
「そんなつもりはありません」
ぼくは、はっきりそう言った。だけど、先輩の言ったことを思い出した。
相手の挑発に乗ってはいけない。冷静に言葉を選ばないといけない。
相手は、宇宙警察なのだ。
正直言って、ぼくのようなただの地球人では、相手にならない。
「話を変えようか。あいつのどこがいいんだね?」
「全部です」
「あいつが、今まで宇宙でどんなことをしてきたか、知っているのかね?」
「知りません。知りたくないです」
バスがやって来た。表示板は、川北町ではない。ぼくは、そのバスにお金を
払って普通に乗車した。宇宙警察もぼくの後について、バスに乗って来た。
「ホントに知りたくないんですか? 今まで、侵略してきた星のこととか、その星でどんなことをしてきたかとか」
「別に、興味はありませんから」
ぼくは、そう言って、一人用の座席に座った。宇宙警察は、ぼくの前に
立って、ぼくを覗き込むようにして話を続けた。
「あいつは、侵略者なんだよ。侵略者が、宇宙でどんなことをしてきたか、キミにも想像はつくだろう」
ぼくは、無視して、外の景色を眺めた。
「侵略された星に住んでいた宇宙人たちは、どうなったと思う?」
「……」
「全滅だよ。星から追放されたんだ。可哀想だと思わないか? 地球人もそうなってもいいのかね」
「そんなことは、ありません」
つい、言い返してしまった。深呼吸して、冷静を取り戻す。
先輩は、侵略者でも、そんなことはしない。
「どうして、わかるんだね? あいつがそう言ったのかね? それはウソだ。騙されてはいけない」
ぼくは、黙って、外の景色に集中した。
「宇宙警察の言うことより、侵略者の言うことの方を信じるというんだね」
「……」
「キミは、おろかだね。地球人は、もっと利口だと思っていたよ。それなら、他の地球人に聞いてみてもいいんだよ」
「えっ?」
「あなたは、地球が侵略されてもいいですか? と、聞いてみるといってるんだよ」
「バかな…… そんな話、誰が信用すると言うんですか?」
「それはどうかな? あいつの正体をばらして、全地球人たちに聞いてみる。
もちろん、キミも同罪だ」
「そんな事、出来ると思ってるんですか?」
「出来るよ。我々は、宇宙警察だからね」
まさか、ホントにそんなことが出来るのだろうか? いくら宇宙警察と言っても、今の地球人たちが信じるだろうか?
だいたい、宇宙警察なんて、実在することを、地球人たちは知らないのだ。
こんなSF的な話をしても、信じる人なんているはずがない。
しかし、この話が事実だとしたら、先輩が危ない。ぼくは、答えに困った。
「どうだね。キミの大好きなあいつを逮捕されたくなければ、あいつから手を
引きなさい」
「別れろということですか?」
「その通り。そうすれば、キミに対する罪は消える」
まもなく、駅に到着する。ここで降りて、電車に乗り換える。
「すみませんね。ぼくは、先輩と別れるつもりはありません。どこまでもいっしょです。だって、先輩を愛してますから」
そう言って、ぼくは、バスを降りた。宇宙警察もついて来た。
後ろからなにか言っているが、ぼくは、相手にしないで、人混みの中に
混じった。改札を通り、ホームに上がって、他の人たちにまぎれた。
電車に乗るときに、さり気なく後ろを見たけど、宇宙警察の姿は、見えなかった。
ぼくは、一駅で電車を降りると、スーツのポケットからパスを取り出した。
一刻も早く、川北町に帰りたかった。パスを握り締めて待つこと五分で、
川北町行きのバスが来た。ぼくは、急いで乗り込んだ。一番後ろの座席に
座って、初めてホッとして、緊張が解けた。
宇宙警察は、川北町には入れない。だから、もう安心だ。
「どうした、地球人? 顔色が悪いぞ」
前の座席に座っていた体の大きな男が話しかけて来た。
一瞬、誰だろうと思った。だけど、その顔を見て、思い出した。同じアパートに住む、犬の宇宙人だ。
「なにがあった? お前のそんな顔は、俺は、見たくないな」
話していいのか迷ったけど、同じアパートに住んでいる人だからと思って、
宇宙警察の事を話した。すると、その男は、声を上げて笑った。
「宇宙警察らしいな。あいつらは、そうやって、仲間を崩していくんだよ。相変わらずずるいやり方だな」
「そうなんですか?」
「あいつらは、侵略者を逮捕するためなら、手段は選ばないからな」
ぼくは、誘導尋問や挑発的な話に、引っかからなかったか、余計なことを
言わなかったか思い出していた。
「心配すんな。アッコは、強い。何があっても大丈夫だ。アッコを信じろよ。
お前は、あいつの婚約者だろ」
ぼくの心境は、複雑だった。心の底から、先輩を愛しているのだろうか?
ぼくのことを実験台と言って、婚約しただけの侵略者を、愛しているのだろうか?
確かに、ぼくにとっては、憧れの先輩には違いない。でも、人間じゃないのも
事実。そんな宇宙人を信じていいのか、愛していいのか、自信がぐらついているのも本当だ。
「確かに、俺もアッコも侵略宇宙人だから、今までいくつもの星を侵略して来た。だけどな、その星の宇宙人を殺したり、追い出すようなことは、しなかったぜ。お前、アッコが信用できないのか?」
「してます。アッコさんを信用してます。信じてます」
「だったら、それでいいじゃないか。お前を川北町に連れて来たあいつは、見る目があったな」
そんな話をしていると、川北町に着いた。
ぼくたちは、バスを降りると、いっしょにアパートに帰った。
「見ろよ。ここにいるやつらは、みんな平和に暮らしてるだろ。侵略者なのによ」
そう言って、男に言われて顔を上げると、家路を急ぐ人たち、買い物帰りの
主婦、子供の手を引いている母親、商店街から聞こえてくる店員たちの
明るい声。何を迷っているのか、そんな自分が情けなくなった。
「宇宙警察の奴らのいうことなんて、聞くことないぞ。あいつらは、俺たちの敵には違いないけどだからと言って、むやみに俺たちに攻撃を仕掛けてくるようなことはしない。同じ宇宙人同士だからな」
「それならいいんですけどね」
そんな話をしていると、アパートに着いた。ぼくは、男と別れて自分の部屋に入った。
「お帰り。どうだった?」
「アッコさん!」
先輩は、すでに帰っていて、ぼくを迎えてくれた。
「その顔は、宇宙警察にいろいろ言われたわね」
「また、ぼくの心を読んだんですか?」
「読んでないわよ。もう、キミの心の中は、読まないことにしたの」
「それなら、どうしてわかるんですか?」
「わかるわよ。甲児の顔を見れば、バレバレよ。キミは、顔に思ったことが、
すぐに出るからね」
そう言って、先輩は、笑った。ぼくは、そんなにわかりやすいのだろうか……
「さて、それじゃ、話を聞かせてもらおうかしら。食事でもしながらね」
そこで、気がついた。今夜の食事の買い物をしていない。
「あっ! 買い物してくるの忘れました。すぐに行ってきます」
そう言って、部屋を出て行こうとするぼくを先輩が止めた。
「今日はいいわよ。着替えてきなさいよ。今夜は、外で食べましょうか」
そう言うので、ぼくは、スーツから外出着に着替えた。
そして、二人で、商店街の中を歩いて、普通の食堂に入った。
昔ながらの古そうな定食屋だった。店内は、だいたい席が埋まっていた。
ぼくたちは、テーブルを挟んで向かい合った。まずは、ビールを頼んでから、
ぼくは、焼肉定食。
先輩は、ミックスフライ定食を注文した。
食事が出てくるまで、ビールを飲みながら、昼間にあったことを話した。
先輩は、ときどき笑ったり、ビールを咽たりしていた。そんなにおかしい話だろうか?
「まったく、あいつらって、ホントに口が巧いわね。それにしても、よく引っかからなかったわね」
「そうですか? 大丈夫ですかね……」
「大丈夫よ。だって、キミ以外に宇宙警察の存在を知ってる地球人なんて、
いないのよ」
「それじゃ、ハッタリですか?」
「カマをかけたんじゃないの。甲児には、それが通用しなくて、ガッカリしてるころよ」
そこに、頼んだ定食が運ばれて来た。こんなお店は、今のぼくたちの世界では、珍しい。昭和の時代では、どこにでもあったのだろう。
「おいしそうね。話は、食べた後にしましょう」
ぼくも先輩に賛成して、話を中断して、食事に集中した。
店内は、賑やかだった。会社帰りのサラリーマンが多かった。
家族で来ている人もいる。どこから見ても、普通の親子連れだ。
だけど、ここにいる人たちは、全員宇宙人なんだと思うと、とても信じられ
ない。
ぼくたちは、食事を終えると、ビールをお代わりした。
「ハイよ、これは、サービス。まだ、食べられるだろ?」
いきなり、お店のオバちゃんが、ビールといっしょに、餃子を持って来た。
「ありがと、おばちゃん」
「いいわよ。アッコには、感謝してるんだから、これくらいサービスするわよ。それに、そこの地球人もね」
今度は、ぼくを見て言った。
「ありがとうございます。いただきます」
「ハイよ」
そう言って、おばちゃんは、仕事に戻っていった。
「なんだか、アッコさんといると、いいことありますね」
「そうよ。だから、あたしと別れたら、承知しないからね」
そう言って、先輩は笑った。ぼくは、宇宙警察に、先輩と別れろと言われた事、だけど、別れないと宣言したことを思い出した。
「それで、話の続きだけど……ホントに大丈夫ですかね? まさか、ホントにアッコさんのことをばらしたりしないでしょうか?」
「しないというより、出来ないわよ。今の日本は、宇宙警察なんて知らないんだもの」
「それならいいけど。だからと言って、なにかしてこないでしょうか?」
「してくるでしょうね。だって、宇宙警察にしたら、取っ掛かりは、甲児しか
いないんだもの」
「また、ぼくですか?」
ぼくは、肩を落とした。
「キミなら、大丈夫よ。あたしは、信用してるから」
そう言って、餃子を頬張った。
「また、なんか言ってきたら、今度は、あたしが話をつけるから、安心して」
「イヤイヤ、それはダメです。宇宙警察の目的は、アッコさんを逮捕すること
だから、顔を出したら捕まりますよ」
「平気、平気。地球人たちの前で、こいつは侵略者だから、逮捕するなんて、
出来るわけないでしょ」
先輩は、手をヒラヒラさせながら明るく否定した。だけど、ホントに大丈夫
だろうか?
「あの、聞いてもいいですか?」
「いいわよ、何が聞きたいの」
先輩は、おいしそうにビールを一口飲むと、頬杖をついてぼくの顔をまじまじの見つめた。
その顔を見ると、言い出しにくくなる。ぼくは、お酒の勢いを借りようと、
ビールを煽った。
「あの、先輩は、そんなに強いんですか?」
「強いわよ。だって、強くないと、侵略宇宙人なんて出来ないでしょ」
確かにそうだ。侵略宇宙人という職業がどういうものか、ぼくには詳しく
知らないけど、余程自信がないと出来ない仕事だ。
「宇宙警察とやりあったり、侵略される側だって抵抗するでしょ。それに対抗
するには、強くないと無理」
それはそうだろう。侵略される宇宙人だって、抵抗するに決まってる。
「なんでそんなに強いんですか?」
「そうね。甲児には、話しておかないとね。だって、あたしの婚約者だものね」
そう言って、先輩は、ポツポツと話し始めた。
「あたしが生まれたのは、地球からずっとずっと遠い小さな惑星だった。あたしが小さいころに侵略者がやってきて、あっという間にあたしの星は侵略されたの。地球でいう両親に当たる人たちは、みんな倒されたわ。一人になったあたしは、どうなったと思う?」
「そんなのわかりませんよ。想像もつきません」
ぼくは、正直に言った。すると、先輩は、懐かしそうな目で言った。
「あたしは、星を侵略した宇宙人に引き取られて、育てられたの。だけどね、
その侵略者も、宇宙を旅しているときに、宇宙警察に逮捕されたわ。あたしは、宇宙警察に保護されたの。でも、あたしは逃げたのよ」
「どうして逃げたんですか?」
「宇宙警察なんて偉そうにしてるけど、あいつらのやってることは、信用できなかったからね」
「警察なのに?」
「そうよ。警察だから信用できなかったの。あたしは、宇宙警察って嫌いなの」
なんとなくわかる気がする。ぼくも警察は、余り好きではない。
「そんな一人ぼっちのあたしを拾って、育ててくれたのが、たまたま宇宙旅行
していた宇宙人だったの」
先輩の話を聞くと、宇宙の壮大さを感じる。
「あたしは、その宇宙人に育てられて、鍛えられて強くなったのよ。あたしの
星を侵略したやつらと、宇宙警察をやっつけてやろうと思ってね。強くなった
あたしは、侵略宇宙人として、それからはいろんな星を侵略したわ」
「それじゃ、ホントに犯罪者じゃないですか?」
「地球的に言えばそうね。でも、その星の宇宙人たちを殺したりしなかった。
話し合いというんじゃなくて、その星の宇宙人たちが知らないうちに、いつの間にか侵略していたって言う方法を取って、密かに侵略したの」
そんな方法もあるんだ。ぼくは、力でねじ伏せるやり方だと思っていた。
ある意味、平和的な侵略だ。
「それじゃ、もう一つ。アッコさんは、お酒に酔ったりしないんですか?」
「酔うわよ。でも、地球の飲み物だから、あたしの肉体には、余り効かない。
そうねぇ…… ビールなら1000本くらい飲まないと酔わないわね」
「えーっ!」
「もっとも、そんなに飲めないけどね」
そう言って、先輩は、残りのビールを飲み干すと、三杯目のビールを
注文した。
「それと、疲れたりしないんですか? 夜は、寝なくてもいいんですか?」
三杯目のビールが運ばれてきて、先輩は、一口飲むと、口元についた白い泡を拭いてから話を続けた。
「ホントに、地球の飲み物っておいしいわね。そうそう、もちろん、疲れる
わよ。宇宙警察とやりあったときはあたしだって、ただじゃすまなかったし、
かなり危なかったわ。もっともあいつみたいに顔に傷はつけなかったけどね」
そう言って、指で自分の顔をさした。確かに、先輩の顔は、白くてきれいだ。傷一つない。
「あの時は、疲れたわ。十年くらい、タイムカプセルの中で寝てたからね」
「十年ですか?」
「タイムカプセルの中で寝ると、十年なんて、あっという間よ」
そう言って、先輩は、笑った。
「ちなみに、あたしもちゃんと寝てるわよ」
「でも、ぼくの隣に先輩が寝てた感じはないと思いますよ」
「なにを言ってるの。毎晩、キミの隣で寝てるわよ。甲児の寝顔を見ながらね」
そう言って、片目をつぶって見せた。
「毎晩ですか?」
「そうよ。キミが気がつかないだけ。それだけ熟睡してるってこと。いいことだわ。地球人は、睡眠は大事だからね」
なんか、急に恥ずかしくなった。寝ている顔を見られていたなんて、
知らなかった。
「他には?」
「アッコさんは、正直に言って、地球人のことをどう思っているんですか?」
「難しいわね」
先輩は、腕を組んで考え始めた。
「一言で言えば、好きよ。地球人は、みんな優しいからね」
「そうですか?」
自分が地球人だけに、なんとなくその自覚がない。
「もっとも、地球人は、自分たち以外の宇宙人を知らないから、実際にあたし
たちのことを知ったら、どう思うか、わからないけどね」
ぼくだって、先輩と知り合うまでは、まさかホントに宇宙人が存在した
なんて、信じていなかった。
先輩のホントの姿を見たら、どう思うか、自分でもわからない。
「前にも言ったけど、地球はとても美しいの。でも、地球人は、それが当たり前だと思っているから、有り難味がないのよね」
「だって、ほとんどの地球人は、自分の目で地球を見たことないんだから」
「そういうことね。テレビとか写真でしか見ないものね。自分の目で見たら、
もっときれいなのよ」
「ぼくも見て見たいなぁ~」
「そのウチ、見せてあげるわよ」
「楽しみにしてます」
ぼくは、そう言って、ビールをグイッと飲んだ。
「それにしても、宇宙警察って、余計なことを言うわよね。今度会ったら、
ガツンと言ってやらなきゃ」
先輩だったら、宇宙警察にも、負けないと思う。
「それより、今夜は、甲児と寝てあげるね」
「えっ!」
「だって、あたしたちは夫婦みたいなもんでしょ。地球人は、夫婦は二人で寝るもんだし、せっかく大きなベッドを買ったのに、もったいないじゃない」
マジか…… 初めて先輩と寝るのか。イヤ、実際は、毎晩寝ていたわけだ。
ぼくが気づかなかっただけなのだ。
なんか緊張してきたぞ。だからと言って、先輩に手を出そうとは思わない。
宇宙警察を向こうに回して戦うような強い人を抱こうなんて、ぼくには、
到底出来ない。
「さて、お腹も一杯になったし、そろそろ帰ろうか」
先輩は、そう言うと、会計を済ませて、さっさと店を出て行く。
「ぼくが払いますよ」
「いいのよ。いつも甲児に家事をやらせてるんだから、外で食事するときは、
あたしが面倒見るから」
そう言われると、財布を引っ込めるしかなかった。
「少しは、あたしのこと、わかってくれた」
「ハイ、少しどころか、たくさんわかりました」
すると、先輩は、ニッコリ笑って、腕を絡ませて来た。
「ア、アッコさん……」
「いいでしょ。あたしと腕を組めるなんて、地球人じゃ、キミだけよ」
酔いも一気に冷める。憧れの先輩と腕を組めるなんて、夢のようだ。
緊張しすぎて、足と手が同時に出てしまう。
「よぉ、地球人、うまくやれよ」
「アッコ、見せ付けるんじゃねぇよ」
通り過ぎる人たちから冷やかされて、ぼくは、顔から火が出そうだ。
なのに、アッコさんは、笑って手を振る余裕がある。
ダメだ…… やっぱり、アッコさんは、素敵過ぎる。ぼくは、どこまでも付いていこうと思った。
先輩が、宇宙人だろうが、侵略者だろうが、そんなことは関係ない。
好きなもんは、好きなんだ。愛してるんだ。でも、そんなことは、恥ずかしくてなかなか言えないけど……
部屋に戻ると、ぼくは、パジャマに着替えた。先輩は、あっという間に、
同じようなパジャマに変身した。
「それじゃ、寝ようか」
そう言って、さっさと寝室に入って行った。
ぼくが先にベッドに入る。奥の壁側に横になった。先輩は、空いたスペースに
入ってくる。
「今日は、楽しかったなぁ…… 甲児に話さなきゃと思ってたことを、たくさん話せたからね。
宇宙警察のことは、腹が立つけどね。もう、甲児には、手出しさせないからね」
先輩の顔をこんなに近くで見たのは初めてなので、顔が赤くなってくるのが
自分でもわかる。
「あの、先輩……」
「なに? あたしを抱いてみたい?」
「イヤイヤ、そういうことは、もう少し先で……」
「あら、そうなの。なんだ、あたし、魅力ない?」
「あります、あります。だけど、その、あの……」
「いいわよ。いきなりは、無理よね。今日は、ゆっくり寝ましょう」
ぼくは、大きく息をついた。すると、先輩は、ぼくの腕を取って、自分の頭の下に入れる。
「いいなぁ、こうやって、ゆっくり寝るの」
先輩は、そう言って、腕に頭を乗せて、横向きになると、ぼくの胸に顔を
乗せた。
「おやすみ」
そう言って、先輩は、目を閉じた。
「おやすみなさい」
ぼくは、かすれた声で言った。ぼくも目を閉じた。だけど、先輩の息遣いが
聞こえて眠れない。
目を細めて空けると、先輩の可愛い寝顔が目の前に見えた。
緊張しすぎて寝られない。明日も仕事があるので、寝ないと先輩に怒られる。
ぼくは、強制的に目を閉じて、何も考えないようにして、寝ることに集中した。
なかなか寝られなかったけど、ぼくの呼吸が自然と先輩の息遣いに合わせる
ようになるといつの間にか深い睡魔に襲われて、眠ってしまった。
今夜は、いい夢が見られるといいな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます