第5話 宇宙警察
翌日からは、気持ちを切り替えて、先輩のために編集に家事に地球侵略に、
がんばることにした。
山居先生の編集作業は、順調に進んで、もうすぐ書籍化できる。
そんな時、先輩から、声をかけられた。
「山岸、山居先生の件も目処がたってきたことだし、次の仕事よ」
次の仕事は、ある人の取材だった。
「ここに行って、この人の取材をしてきてくれる」
「わかりました。行ってきます」
「言っとくけど、その人、あたしと同じだからね」
最後の一言は、ぼくにだけ聞こえるような小さな声だった。
もちろん、ぼくは、聞き逃さない。
「あの、どんな人ですか?」
「行ってみればわかるわ。あたしの紹介って言えば、話くらい聞かせてくれるわ。記事の中身は、ズバリ地球侵略できるか? って、ことだからね。キミも興味あるでしょ」
「ハ、ハイ。でも、そんな事聞いて、記事にしてもいいんですか?」
「来月の月刊誌に穴が開いたのよ。その埋め合わせの記事だから、本にするわけでもないし、話を聞いて、うまく編集して
掲載できればって話よ。だから、がんばってよ」
「ハイ、わかりました」
ぼくは、そのメモを持って、編集部を出て行った。
メモに書いてある住所を頼りに電車を乗り継ぎ、三十分ほどで着いたのは、
普通のマンションだった。
ここの三○一号室に住んでいる人物に会いにいくのだ。
ぼくは、階段で三階まで上がって、一番端の部屋の前に立った。
表札を見て、名前を確認する。そこには『諸星流星』と書いてある。
ものすごい名前だ。これは、本名だろうか? 読んで字のごとくという、
宇宙人らしい名前だ。
ぼくは、玄関のチャイムを鳴らした。どんな人が出てくるのだろう……
少しすると、玄関の鍵が開く音がして、ドアが開いた。
「すみません、失礼します。永井出版から来た、山岸と申します。星野さんの
紹介で来ました。ぜひ、お話を聞かせてください」
ぼくは、そう言って、頭を下げた。
「入りたまえ」
静かにそういった声は、普通の若い男性の感じがした。
「失礼します」
ぼくは、声を張り上げて靴を脱ぐと、言われるままに部屋の中に入った。
案内された六畳ほどの和室に入ると、畳に直接座った。
お茶を出されて、テーブルの前に向かい合う形で座った。
「初めまして、永井出版の山岸と申します。よろしくお願いします」
「挨拶はいいよ。それより、キミは、アッコとは、どういう関係なの?」
いきなりそこから聞かれるとは思わなくて、ちょっと返事に困った。
「えっと、なんていえばいいか…… ぼくの上司です」
「そんな仕事上の関係のことを聞いているんじゃないよ」
やっぱり、そこじゃないか。正直に言うべきか、少し迷ったけど、同じ宇宙人ならいいかと思った。
「実は、婚約中で、同棲してます」
すると、その男性は、声も出ないくらい驚いていた。
「ちょ、ちょっと待て、今、婚約中とか言った? しかも、同棲してるって……」
「なんか、そんなことになってまして、ハイ……」
ぼくは、頭をかきながら言った。
「まったく、大胆なことをするなぁ。相変わらずのようだね、アッコは」
「あの、諸星先生は、アッコさんをご存知なんですか?」
「古い知り合いさ。ずっと昔のね」
「それじゃ、やっぱり、諸星さんも宇宙人なんですね」
「まぁね。それで、地球人のキミが、ぼくになにを取材するんだ?」
「それは、アッコさんからの指示で、地球侵略についてです」
諸星先生は、また驚いて、少し仰け反るほどだった。
ぼくの目の前にいる諸星流星というのは、地球活動用の仮の名前である。
見た感じ、三十代半ばで、髪も短く真っ黒で、目鼻立ちもはっきりしている
イケメンだ。この人は、どんな星から来たのだろうか?
そんなことを思っていると、諸星先生から話し始めた。
「最初に言っておくが、私は、地球を侵略の魔の手から守るために、この星に
来ている。所属は、宇宙警察、刑事部、侵略者担当です。だから、私とアッコとは、敵同士ということになります」
今度は、ぼくが驚く番だった。そんな人になにを取材すると言うんだ。
先輩は、いったい、ぼくになにをしろというんだ。
「信じられないと思うが、これが証拠だ」
そう言って、机の引き出しから、星型のワッペンを出して来た。
そこには『SPACE・POLICE』と書いてある。なんで、地球の言葉なんだろう……
「これは、地球人用のものだ。だから、英語で書いてあるのだ」
なるほど、そういうことか。だけど、何で、ぼくが思ったことがわかるんだ?
そうか、この人も宇宙人だった。だから、人の思っていることが読めてしまうのか。こりゃ、危ないぞ。先輩のことを考えると、たちまち読まれてしまう。
「それで、私になにを聞きたいんだ。まさか、ホントに地球侵略のことを聞きたいわけではないだろう」
先を越された。ここから、どうやって、話を聞き出せばいいんだ……
「実は、その通りなんですけど……」
「まったく、あいつは、いつも私を困らせてばかりで、ちっとも悪い癖は直ってないな」
諸星先生は、腕を組んでため息を漏らした。
それはそうだろう。宇宙警察の刑事に向かって、地球侵略が出来るかなんて、
聞けるわけがない。
「キミは、何も知らずに来ただけのようだし、そのまま帰っては、キミもあいつに叱られるだろう。ホントは、立場上、答えるわけにはいかないが、今日は特別だ。何でも聞きたまえ」
「ありがとうございます」
ぼくは、両手を付いて、頭を畳みに擦りつけた。
「あの、それじゃ、早速ですが、ズバリ、地球を侵略できると思いますか?」
「いきなり本質を突いてくるね」
諸星先生は、苦笑いを浮かべた。ぼくは、手帳を片手にペンを握り締めた。
「それじゃ、こちらも正直に言おう。地球侵略は無理だ。なぜなら、私がいる
限り、それは阻止して見せる」
「それは、どういう意味ですか?」
「聞くまでもないだろう。地球を侵略しようとする輩は、一人残らず、逮捕するのさ」
「逮捕ですか……」
「当たり前だろ。地球では、犯罪者は、警察に逮捕されるだろう。同じことだよ」
確かに先輩のために、地球侵略を手伝うとは言ったけど、そのために先輩が
逮捕されるようなことは絶対に避けないといけない。ぼくの大事な婚約者を
犯罪者にするわけにはいかない。
もっとも、侵略宇宙人というのが、そもそも犯罪者みたいなんだけど。
「それじゃ、地球は、侵略できないということですね」
「その通りだよ」
「では、もう一つ聞きます。地球は、侵略するに値するような星だと思いますか?」
諸星先生は、少し考えてから、口を開いた。
「それは、難しい質問だね。それは、誰が決めるのかってことだね。まさか、
地球みたいに裁判所で決定されるわけじゃないだろう」
確かにその通りだ。先輩は、地球が侵略するに値する星だといっていたけど、それは、誰が言ってるんだろう? 誰が決めてるんだろう……
「アッコさんは、地球が侵略するに値する星なら、侵略するといってるんです。ということは、侵略する価値がないときは、
侵略しないということですよね?」
「言葉通りに受け取るなら、そうなるね」
「それじゃ、侵略をしなかったら、アッコさんは、どうなるんですか?」
「どうもしないよ。黙って宇宙に帰るだけだ」
そりゃ、そうだろう。侵略しないなら、地球にいる必要はない。
「あの、ぼくは、アッコさんが侵略するための実験台らしいんですよね。
だから、ぼくは、地球侵略を手伝うことになってます」
「地球人を巻き込むなんて、まったく、図々しいにも程がある」
「だから、ぼくは、アッコさんを逮捕させるわけにはいきません」
「だったら、キミから地球侵略を諦めるように説得してもらおうか」
「それは、出来ません。地球侵略は、アッコさんの目的だからです」
「キミは、地球人なのに、この星が侵略されてもいいというのかね?」
「地球がよくなるなら、それもいいと思ってます」
「本気で思っているのかね?」
「ハイ、本気です」
諸星先生は、ぼくをじっと見つめながら、話を続けた。
「どうやら、洗脳とかはされていないようだな。それは、キミの本心だという
ことは、わかった。しかし、地球人として、侵略を認めるような発言は、地球人としていかがなものだと思うがね」
そういわれると、返す言葉がない。
「まぁいい。考える時間は、まだあるんだ。急ぐこともない。自分でよく考えることだね」
「わかりました。ぼくもよく考えます。だけど、ぼくは、アッコさんに対する
気持ちは、変わりません」
「いいだろう。次に会うのを楽しみにしてるよ」
「ハイ、ぼくも楽しみにしてます。では、今日は、これで失礼します」
そう言って、ぼくは、諸星先生の自宅を後にすることにした。
「アッコによろしく伝えてくれ。次に会う時は、覚悟しろとね」
「必ず伝えます」
ぼくは、見送ってくれた諸星先生に、頭を下げた。
そして、ぼくは、一度出版社に戻ることにした。
出版社に戻り、編集部に行くと、帰宅時間は過ぎていたけど、先輩は残って
いてくれた。
「お帰り。どうだった?」
先輩に迎えられたぼくは、さっき言われたことを報告する。
「待って、その話は、ここでは秘密でしょ。帰り道に聞くわ。さぁ、帰りましょう」
ぼくは、先輩と出版社を後にした。外に出ると、いつもの路地裏まで行った。
「なんか、元気ないけど、なにを言われたの?」
「それが……」
ぼくが口を開こうとすると、そこにバスがやって来た。ぼくたちは、バスに
乗ると、後部座席に並んで座った。
車内は、ぼくたち以外に数人の客が乗っている。この人たちには、聞かれても
いいのか、ちょっと不安になって、回りを伺っていると、先輩が言った。
「大丈夫よ、この人たちは」
「そうですか。それじゃ、言います」
ぼくは、諸星先生との会話を包み隠さず言った。先輩は、ぼくが話し終わる
まで黙って聞いている。
そして、言い終わると、先輩は、少し笑いながら口を開いた。
「まったく、あの人は、はっきり言うわね」
先輩は、含み笑いを浮かべながら言う。
「あの、諸星先生と先輩は、どういう関係なんですか?」
「あら、やきもち焼いているの?」
「そういうわけじゃ……」
「心配しなくてもいいわ。彼とは、腐れ縁て感じかな。追いつ追われる関係で、何もないから」
ぼくは、それを聞いて、少し安心した。
「先輩は、地球侵略を諦めたりしないですよね」
「当たり前でしょ。あいつに言われたくらいで諦めるくらいなら、最初からしないわよ。それと、ここは、会社じゃないんだから、
先輩は言わない約束でしょ」
「そうでした。すみません」
ぼくは、一度頭を下げてから、話を続けた。
「それで、アッコさんは、これからどうするつもりですか?」
「もちろん、侵略計画は、続けるわよ」
「よかった。ぼくは、アッコさんについて行きます。何でも言って下さい」
「ありがとね。それじゃ、まずは、今夜の夕食を作ってもらおうかしら」
「ハイ、喜んで。なにがいいですか?」
「う~ん、鍋とかがいいかな」
「わかりました。任せてください。飛びっきりうまいの作ります」
「その意気よ。甲児は、いつもその調子でないとね」
先輩は、そう言って、笑ってくれた。その笑顔を見て、ぼくも笑う。
「ホント、あんたたちは、仲がいいわね」
前に座っている主婦らしい年配の女性が話しかけて来た。
「すみません、うるさくして」
ぼくが謝ると、その女性は、首を振ってこう言った。
「いいわよ。気にしなくて。それより、宇宙警察が地球にいるとはね。アッコ、計画は、早めたほうがいいんじゃない」
「そのつもりよ」
先輩は、あっさり言った。侵略計画を早めるとは、どういうこと
なんだろう……
川北町について、バスを降りると、ぼくは一人でスーパーに向かった。
先輩は、宇宙警察のことを調べるといって、先に帰っていった。
スーパーに行くと、早速、鍋の材料を買ってみる。
鍋と一口に言ってもいろいろあるので、どんなのにしようか考えながら、店内を見て回る。
「よぉ、地球人。買い物か? 安くしとくぜ、今夜は、なににするんだ」
話しかけてきたのは、スーパーの店員で、以前、車で送ってくれた人だった。
「今夜は、鍋にしようかと思っているんだけど、アッコさんは、なにが好きなのか迷ってるんです」
「だったら、牛肉がお買い得だから、すき焼きなんてどうだ?」
「いいですね、それじゃ、すき焼きにしようかな……」
「それじゃ、俺が、ばっちりサービスしてやるから、ついてこい」
そういわれて、ぼくは、店員の後についていく。
「それにしても、あのアッコが鍋とはな」
「どういう意味ですか?」
ぼくは、素直に聞いてみた。ぼくは、もっと先輩のことを知りたい。
好みとか味とか、先輩については、知らないことの方が多いのだ。
「悪い意味じゃないぜ。俺たちは、地球人みたいなメシを食べないだろ」
「確かに、先輩もカプセル一個しか、ウチでは食べないといってましたね」
「だけどよ、地球に住み始めて、この星の食べ物のうまさに感動したんだよ」
店員は、そう言って、店内狭しと並ぶ食材を見渡した。
「見てくれよ。これは、全部、アッコが用意したんだぜ」
「先輩がですか!」
ぼくが驚いていると、店員は、自慢するように話を始めた。
「この街が出来たときは信じられないくらい、何もなくて、閑散としてたんだぜ。この街を開発して、地球の食べ物を
教えたのは、アッコなんだ。今じゃ、俺たちも、人間の世界で仕入れをして、
自分たちでやってるけど最初は、アッコがやってくれたんだぜ」
「そんなことがあったんですか」
「地球の食べ物のうまさとか、食べ方とかな。それ以外にもあるぞ。路面電車、建物、みんなの住む家、子供たちの公園、学校とか、バスとか、車とか、道路もそうだ。俺たち、宇宙人が安心して暮らせる街にしたのは、アッコなんだぜ」
ぼくは、初めて聞く話に、感動すら覚えた。
「この街の風景は、お前が生まれる前の世界なんだよ。古臭いけど、なんか
あったかいだろ」
ぼくは、この街に初めて来たときに、感じたことだった。
「どうして、こんな街にしたんですか? もっと、近代的にしてもよかったんじゃないですか」
「そうだな。お前が生きてる世界のが、ずっとすごいもんな」
店員は、そう言って、チカチカしている天井の蛍光灯を見ながら言った。
「でもな、この方がノスタルジックで、なんかホッとするだろ」
確かに、その通りだ。ぼくが生まれる前の街並みをこの目で見たときは、
なんか違う世界に感じた。
だけど、見ているうちに、これが当たり前のように感じて、仕事で疲れて帰って来ても、一歩、この街に足を踏み入れると、ホッとする。
「アッコは、そこまで考えて、この街を作ったんだよ。それと、地球人、お前のためだ」
「ぼくの?」
「お前は、確かに俺たち宇宙人の実験台として、連れて来られたけど、誰でもいいってわけじゃない。
アッコは、ずっとそんな地球人を探していたんだ。そして、やっと、お前という地球人に出会ったんだ」
そんなことがあったとは、ぼくは、全然知らなかった。
「でもな、食生活だけは、変わらなかった。アッコは、家事とかできないし、
知らないからな。俺たちには教えてくれても、アッコには、出来なかったんだ。そのアッコが、鍋を食べたいなんて、変われば変わるもんだな。それも、全部、地球人のお前のおかげなんだぜ。この街に住んでる宇宙人全員が言葉にはしないけど、みんなお前に感謝してんだぜ」
ぼくの知らないところで、宇宙人たちに感謝されているなんて、
思いもしなかった。
「ほら、すき焼き作るんだろ。早く帰って作らないと、アッコに怒られるぞ」
「そうでした。えーと、まずは、牛肉と……」
慌てて買い物をしようとすると、いつの間にか、持っていたかごにすき焼きの材料が入っていた。まだ、買ってないはずだし、かごの中は空のはずだった。
いつの間に、こんなことが……
ぼくが不思議に思って、かごの中を見ていると、店員は、肩をポンと叩くと
こういった。
「気にすんな、これでも、俺も宇宙人だからよ、地球人の考えてることはわかるんだよ」
そうだった。いつも忘れてしまうけど、この街にいる人たちは、みんな宇宙人なのだ。ぼくが思っていることは、全部お見通しなのだ。
ぼくは、会計を済ませて店を出ようとすると、店員がぼくに声をかける。
「おーい、さっき言ったことは、アッコには、ないしょだぜ」
「ハーイ、わかりました」
ぼくは、そう言って、手を振って、アパートに急いだ。
思いがけない先輩のことを知ることができて、なんだかうれしくなった気分
だった。
早く帰って、先輩のためにおいしいすき焼きを作らなきゃと思うと、足取りは
軽かった。
「ただいま、帰りました」
「遅い! 買い物にいつまでかかってるの?」
「すみません。すぐ作ります」
ぼくは、帰るなり、いきなり先輩に注意される。でも、今日は、むしろそれがうれしい。ぼくは、急いで夕食の準備を始めた。先輩は、相変わらず機械の前でなにかしている。
テーブルにコンロを置いて、鍋を置き、切った材料をきれいに並べて火を
つける。
もちろん、白いご飯も炊いてあるが、ビールも忘れない。さっきの店員さんに
ワインをサービスしてもらったのでそれを飲んでもおいしいだろう。
鍋が煮えるまで、ぼくは、何気なく先輩に声をかけてみた。
「今日は、なにをしてるんですか?」
「宇宙警察のことを調べているのよ」
「大丈夫ですよ。アッコさんや、この街の人たちがいるんだから、地球侵略は出来ますよ」
「そんな簡単じゃないのよ。あいつがいなければ、簡単なんだけどね。あいつ、しつこいからね」
先輩は、そう言って、ため息をついた。
「あの、微力ながら、ぼくも手伝いますから」
「ありがと。甲児のことは、あたしだけじゃなくて、この街のみんなが、期待してるからね」
「イヤ、その、でも、そんなに期待されても、ぼくは地球人だし……」
「いいのよ。地球人であること、それだけであたしたちには、心強いんだから」
そう言うと、機械のスイッチを切った。丁度、鍋も煮えてきたときだった。
「それじゃ、食べましょうか」
「今夜は、すき焼きですよ」
「それって、地球じゃ、なにか特別なときしか作らないんじゃないの?」
「そうですね。今夜は、ぼくにとっても特別だから、丁度いいです」
そう言って、ぼくは、テーブルにビールとグラスを二つ用意した。
「すき焼きの食べ方は、知ってますよね?」
「あら、あたしをバカにしてる? 地球に来て、何年たってるか、知ってるでしょ」
「すみませんでした」
ぼくは、すぐに謝った。でも、先輩は、笑って許してくれる。
ぼくは、小皿に卵を割って、先輩に箸といっしょに渡す。そして、グラスに
ビールを注いだ。
まずは、ビールで乾杯してから、それぞれすき焼きを食べ始める。
食べながら二人で今日の事を改めて話した。
「宇宙警察に逮捕されたことあるんですか?」
「ないわよ。寸前だったことはあったけどね。あの時は、危なかったわ」
そう言って、先輩は、懐かしそうに笑った。
「でも、真面目そうな人でしたよ」
「真面目じゃないの、堅物って言うのよ」
先輩は、そう言って、肉を口に頬張った。相変わらず、何でもおいしそうに
食べてくれる。
「うん、おいしい。この肉、いい肉じゃない、高かったんじゃない?」
「実は、あの時の店員さんにサービスしてもらったんです」
「なんか言われた?」
「イヤイヤ、別に何も……」
ぼくは、慌てて否定したが、手遅れだった。このときのぼくの心を先輩は
あっさり読んで、大きな声を出して笑った。
「もしかして、今、ぼくの思ったことを読みました?」
「ごめん、ごめん。そんなこともあったわね。あのころは、いろんな意味で大変だったのよ」
「そりゃ、そうですよ。街を一つ作るなんて、大変過ぎますよ」
「そうでもないわよ。そんなのあたしの力で簡単だもの。それより、ここに
住んでくれる宇宙人をスカウトする方が大変だったわよ」
先輩は、そう言って、ビールを一気に煽った。ぼくは、空になったグラスに
ビールを注ぐ。
「あの頃は、街は作っても、誰もいなかったからね。でも、地球には、たくさんの宇宙人がいろんな目的で来てるのは、知ってたから、世界中を探して回って、集めてきたのよ。それのが大変だったわ」
そんなに世界中に宇宙人がいるとは、知らなかった。まさに、知らぬは、
地球人ばかりなりだ。
「ワインもあるので飲みますか?」
「いただこうかしら」
ぼくは、あらかじめ冷やしておいたワインを冷蔵庫から取り出して、
ワイングラスに注いだ。
「おいしいわね。地球に着てから、こんな食事をしたのは、初めてかもしれないわ」
「そうなんですか?」
「そうよ。甲児みたいな地球人には、出会えなかったからね」
今まで、何人の地球人の男と出会ってきたのか、知りたかったけど、それは
聞かないほうがいい。
「あっ、今、あたしが何人の地球人と付き合ってきたのか、気になったわね」
「もう、ダメですよ。勝手に人の心の中を覗いちゃ」
「ごめん、ごめん。でも、気になるんでしょ」
「それは、まぁ……」
「確かに、知り合った人は、星の数ほどいるわ」
そうだろうなぁ…… 当たり前のこととはいえ、ちょっと凹んだ。
「でも、いっしょに住んだり、二人きりで食事をしたりすることは、一人も
いなかったわ」
今度は、逆にうれしくなった。意外に先輩は、異性に対してはガードが硬い
ことに安心した。でも、それはそうだろう。こんなに美人なんだから、異性にはモテるが、言い寄ってくる男たちは、少ないんだろうなと思う。
かと言って、自分からは、何もしない。プライドとか理想というより、
先輩のお眼鏡に適う男がいなかっただけなのだ。
そう思うと、自信を持てるが、ぼくは、そこまで先輩に釣り合うほどの男では
ない。なんで、先輩は、こんなぼくなんかに声をかけて、結婚までする気に
なったのか、そこが不思議だ。
楽しい食事が済むと、この日は、先に先輩がお風呂に行くことになった。
ぼくは、片づけをしていると、部屋のドアがノックされた。手を拭きながら
ドアを開けると、知らない男が立っていた。
「アッコはいるか?」
「今、お風呂なんですけど」
「そうか、それじゃ、少し待たせてもらう」
そう言うと、勝手に部屋の中に入って来た。
「あの、どちら様ですか?」
ぼくは、恐る恐る聞いてみた。何しろ、見た目がやくざ風の男なのだ。
顔にも傷があって、サングラスをしているので、目つきがわからないだけに、
ちょっと怖い。
「そうか、お前が地球人か。俺は、アッコに助けてもらったことがあってな、
宇宙警察が来てるって聞いて、話を聞きにきただけだ」
宇宙警察のことは、もう知ってるのか。もしかして、この人は、宇宙警察に
追われている、指名手配かなにかなのか?
「俺のことは気にしないで、仕事してくれ」
ぼくは、背中に視線を感じながら、片付けの続きを始めた。
「アッコとはどうだ。うまくやってるのか?」
いきなり聞かれて、ビクッとした。
「仲良くやってますよ」
「そうか。それならいいがな」
「あの、アッコさんとは、どういったお知り合いですか?」
「さっき言っただろ。もう、忘れたのか?」
「アッコさんに助けてもらったことがあるとか……」
「そうよ。あの時、アッコがいなかったら、今頃俺は、宇宙警察に逮捕されて
たからな」
やっぱり、犯罪者なんだ…… それを先輩は助けたというのか?
「は~い、お風呂空いたわよ」
そこに、先輩が帰って来た。
「あら、なんで、アンタがここにいるの?」
先輩は、お風呂上りで濡れた髪のまま、やくざ風の男を見た。
「アッコ、宇宙警察が来てるんだって」
「そうらしいわね」
先輩は、その男を相手にしないで、濡れた髪をタオルで拭き始めた。
「あの、ぼくは、席をはずした方がいいですか?」
「いいわよ、気にしないで」
先輩は、そう言って、髪をとかし始めた。
「それで、どうする気?」
「どうって、俺は、あいつに貸しがあるから」
「返り討ちにあうだけよ。ここにいれば、手出しできないから、おとなしく
してた方がいいわ」
「しかし、俺は……」
すると、先輩は、持っていた櫛を乱暴にテーブルに置くと、その男を睨み
つけるようにいった。
「あのね、アンタが適う相手じゃないのよ。宇宙警察を甘く見ないことね」
「わかってる。でも、今度は……」
「負けないとでも言うの。アンタじゃ無理よ。それとも、また、あたしに助けてもらうつもり? 言っとくけど、もう、助けてやらないから、宇宙警察をなめてると、今度こそ痛い目に合うわよ」
かなりきつい口調だった。こんな言い方をされたら、ぼくだったら、
二度と口を利けない。
「その顔の傷のことを根に持っているんだったら、忘れることね」
体はでかくて、怖そうなのに、先輩の前では、ぼくより小さくなっている。
先輩の迫力に押されているように見えた。この人と、先輩の間に何があったん
だろうか?
「とにかく、アンタは、おとなしくしてなさい。宇宙警察となんかあったら、
地球の侵略計画に支障が出るの。それだけは、絶対に避けないといけないの。
わかるでしょ」
「わかってる。だけど……」
「わかってるなら、何もしないこと。邪魔するようなら、あんたをこの街から
追放するからね。わかったなら、帰りなさい。ここは、あたしと甲児の部屋
なんだから」
きっぱりと言い切ると、その男は、すごすごと帰って行った。
「まったく、しょうがないんだから」
「あの人と、なんかあったんですか?」
「別に、なんでもないわよ」
そうは言っても、先輩があの男を宇宙警察が助けたってことは、どういうことなのか気になった。
「そう…… あの男から、聞いたの」
先輩は、また、ぼくの心の中を覗いて、あの男から聞いたことを知った。
「アッコさん、また……」
「しょうがないでしょ。甲児が考える方が悪いのよ」
「でも、気になるじゃないですか。考えちゃいますよ」
先輩は、一度、息をつくと、こういった。
「先にお風呂に入ってきたら。話は、それからね」
そういわれて、ぼくは、仕方なく着替えを持って、温泉に行った。
なんだか、悶々としながら温泉に入っても、なんかいつもと違ってサッパリ感がしない。そこに、また、カブトムシが入って来た。
「地球人、先にいたのか」
どう考えても、カブトムシと温泉にいっしょに入るってのは無理がある。
「どうした、地球人、なんか悩みでもあるのか?」
カブトムシに悩み相談をしていいのか? 人間が虫に相談ごとって、違う気が
する。
「先輩って、ここに来る前は、なにをしてたんですか?」
「決まってるだろ。惑星侵略さ。俺たちは、みんな侵略者だからな」
「それじゃ、先輩も……」
「たぶんな。俺は、アッコと会ったのは、この地球が初めてだから、詳しいことは知らん」
「宇宙警察とは、どんな関係だったんですか?」
「さぁな、アッコに聞いてみればいいだろ」
そう言われると、答えに詰まる。
「地球人、お前は、アッコのなんだ?」
「婚約者ですよ」
「だったら、アッコを信じなくてどうする? お前は、アッコの味方なんだろ?」
「もちろんですよ」
「だったら、考えてないで、直接聞いたらどうだ」
ぼくもそう思った。だけど、先輩を前にしたら、なかなか言いたいことも
言えない。
「くよくよするな地球人。俺たち宇宙人は、悩みなんかないぞ。悩んでいる暇があったら、当たって砕けるんだ」
砕けたら、元も子もない気がするけど、一理あるのも確かだ。
「地球人、しっかりがんばれ」
そう言うと、足というか、手というか、六本あるうちの一本で、ぼくの肩を
叩いた。その爪がぼくの裸の肩に食い込む。それにしても、カブトムシに
元気付けられるとは、情けない。
「わかりました。先輩に聞いてみます」
「よし、その意気だ」
ぼくは、そう言って、温泉を出て行こうとすると、また、声をかけて来た。
「しっかり、がんばって来いよ」
そんなカブトムシに励まされて、ぼくは、急いで着替えると、部屋に戻った。
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