2.日常は砂、あるいは薄氷の上に 1/3
いつもより早く出発することになったが、暑くなる前に移動できるのだから問題ないだろう。 問題があるとすれば……とにかく、現地を見てから考えよう。
道場は大地の下、学校は大地の上。 登校のためには上り坂を踏破しなければならない。
道場から学校へ行くには、街を経由して電車とバスを乗り継ぎ、大周りをしなければならない。 自転車ならほぼ直線で移動できる。 しかも、渋滞も関係ない。
最初の上り坂を上り、市営球場と競技場の中を突っ切る。 あとは運動公園の西門へ続く坂を上るだけだ。
いつもならこの辺りで汗ばむところだが、今日はまだその気配はない。 やはり早朝は涼しくて気分が良い。
学校へはゆっくり行っても間に合うのだが、つい、いつもの調子で風を切って自転車を走らせる。
この時間なら、朝の渋滞もない。 それだけで、気分よく走れて得した気分になれる。
バイパスを横切り、バス通りの並行道路を走る。 いつもよりかなり早い時間だが、中継点が見えてきた。
地元大学の工学部。 この大学はメインキャンパスが県庁所在地にあるが、工学部と医学部だけが鷹揚の地元市内にある。
その工学部の正門脇。 鷹揚は自転車に乗ったまま、守衛室前の端末にカードをかざし、入場する。
大学内の駐車場、いつもの場所に見知った人物を見つけた。
「なんでいるの?」
いつも通りの黒く艶やかな髪と整った顔、女性にしては高い身長の彼女はその外見もあって非常に目立つ。
そんな彼女がいつも通りキャンパスの門の前で、いつも通りの微表情でこちらを見ている。
感情が希薄というわけではないのだが、表情だけが乏しいのだ。 親しくない人間には無表情に見えるだろう。 もっと愛想が良ければ……どうだろう?
「なんでいるの? なんて、喧嘩を売っているのかしら? ……買うわよ?」
「いろいろ事情があって、僕がいつもより早く出たから、ここで待ってるつもりだったんだよ。 アカ
「今日は、あなたが早く寮を出たから特別よ」
「なんで知ってるのさ! チョット怖いんだけど」
浜岡大学のロボット工学、ロボット心理学科に在籍していて、幼い頃から姉弟のように育った仲である。
昔からなんでもできたらしい燈理は、鷹揚のオムツを変えていたこともあるそうで、文字通り過去の全てを握られている。
「何も怖いことなんてないわ。 タカちゃんのことは、帰宅時間から起床時間まで、なんでも分かってるから安心なさい。 はい、お弁当。また感想聞かせてね」
「うん! ありがとう! って違う。 今の言葉だと、どこに安心できる要素があるのか分からないからね? ウチに盗聴器とかしかけてないよね?」
「大丈夫よ。 盗聴器は仕掛けてないわ。 そんな無粋なもの使うわけがないでしょう? 家族の愛の力よ」
「愛が全てを解決すると思うなよ。 ……ふう、ところでお弁当のことだけど、学食もあるんだから無理しなくてもいいんだよ?」
「別についでだから、気にしなくていいわよ。 それに、タカちゃんが取りに来るから準備してるのよ? 嫌なら取りに来なければいいわ」
鷹揚が作ってくれたものを、取りに来ないという選択が取れないことをわかった上での言葉。 ヘタレの習性を知り尽くしている。 纏う空気の勝ち誇った感がすごい。 相変わらずの微表情だが……。
「分かったよ。じゃあ、せめて交代にさせてよ」
燈理はしばし間を置いた後、鷹揚の肩をつかむ。
「それは素晴らしいわね。じゃあ明日は私が高校の方へ行くわ!」
「いたたた……いえ、来ないでください。 ここで渡させてください。 お願いします」
「私は構わないわよ?」
「察してよ! 恥ずかしいの! ここで勘弁してください」
「一個貸しね?」
「なぜ、アカ姉が譲った感じになってるの?」
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