第10話

第10話〜獣使いの獣②









無数に転がる白い塊を目の前にした彼女は、ただただ怯えることしかできなかった。

もはや、戦場やダンジョンなどと言葉にする方が生ぬるい。

しかし、こんな場所にもぴったりな言葉が存在する。

それはまさに...。


「じ、地獄...」


彼女はその言葉を発すると同時に、背後から何者かの気配を感じた。


「だっ、誰だ!!」


しかし、誰も彼女の問に答える気配はない。


「はぁー...はぁー......」


彼女の鼓動は常に加速し、身体中に緊張感をまとわせる。

そして、背後から現れたのは一人の女性だった。


「...探求者?」


女性はどんどん近づいて来るので、リリィーは警戒し大盾を構える。

そして、女性は目と鼻の先まで迫ってきて立ち止まる。


「フーーー...フーーーー」


リリィーは全身の鱗が逆立つほど威嚇し睨みつける。

しかし、女性は少し微笑んだと思うと、また歩き出し今度はリリィーの体を通り抜けていく。

まるで女性は霊体であるかのようにスルりと通り抜けたのだ。


「なっ.......!」


リリィーは一瞬、驚いたが急いで後ろへと振り返る。

すると先程の女性の姿はそこになく、目の前には大きな黒い塊が現れうごめいている。

そして、黒い塊は立ち上がりその姿を見せつける。


「黒い獣!?」


その姿はまさに野獣、いや人のように二足で立つ大きな黒い獣だ。

手には残虐そうな爪を輝かせ、ウーウーと唸る口元は真っ赤な歯が並んでいる。

またその体の大きさは軽く三メートルは超えるだろう。


「あ...ああ......」


リリィーには怯えることしか出来なかった。

自分よりも圧倒的格差を見せつけられ震えが止まらなくなる。

そんな怯える姿を見て黒い獣はどこか哀れむように笑っている気がする。


「リリィー...」


「へっ? ...ヨグ......様?」


どこからともなく大切な人の声が聞こえてくるのだ。

いつでも地獄から救ってくれた声だ。

その瞬間、彼女は震える足を手で抑え立ち上がる。


「そうだ...私は生きてヨグ様の元に戻らなきゃいけないんです! 例えどれだけ地獄を見せられようとも!私はぁ!!!!」


彼女の全身からは灼熱の炎が湧き出す。

辺りの温度がどんどん高くなり、彼女の立つ場所は少し溶けているようにも見える。


「希望なんてなくていい! 明日も必要ない! ただあののために!!」


そう彼女が口に出すと、全身は炎に包まれ鎧のように形を変え、大盾は太陽を描くように炎が巻きついていく。

また、彼女の周りが歪んでみえるほどの熱量を発している。


「邪魔をするならお前殺す....あのの為に!!」


「ウガアアアアアアアアアアア!!!!」


黒い獣は鋭い爪を大きく振り上げ、その勢いのまま地面に叩きつける。

その瞬間、無数に積まれた骨の山が崩れるほどの振動が伝わってくる。


「うっ...」


構えていた大盾を弾かれそうになるが、力いっぱい踏ん張る。

しかし一瞬、目を瞑ってしまい目の前にいた黒い獣はいなくなっていた。

まさかあの巨体があの一瞬で消えるなどまずありえない。

リリィーは研ぎ澄まされた五感を駆使し黒い獣を探し出す。


‎「あの一瞬で移動できる距離なんて限られてます。...ってことは...上!」


上へと振り向くと、そこには天井に張り付き、様子を伺う黒い獣の姿が見える。


「上に張り付いたからって何ができますか!」


リリィーは大盾を大きく振り払うと同時に、その衝撃波に炎をのせて放ち出す。

放たれた炎は黒い獣めがけて天井へと登っていく。

すると、黒い獣はギリギリのところで避け、反撃するかのように大きな爪を叩きつけてくる。

しかし、攻撃の大部分が大盾で防ぐことができたが、振動により吹き飛ばされ背中を強打する。


「グハッ...!」


「ギャウウウウウウウウウウ!!!!」


どうやら黒い獣はリリィーに触れたことで手を火傷したのだろう。

手からは少しずつだが血のようなものも見える。

すると、黒い獣は激怒したのか攻撃の威力も速さも段違いに強くなってリリィーへと襲いかかる。


「なっ...はや!」


リリィーはのけぞり危機一髪のところで回避する。

しかし、回避した方向には既に黒い獣が爪を構えていた。


「くっ...避けられない」


鋭い爪がリリィーの右腕を切り裂き、吹き飛ばす。


「ああああああああぁぁぁ!!!」


右腕からは激痛が走り、肋骨ろっこつが折れたのかひしひしと痛み出す。

リリィーは痛みに耐えながらも大盾を構えるが、黒い獣の攻撃はガードの範囲外から飛んでくる。


「グギャアアアアアアアアア!!!」


リリィーは必死に回避と防御繰り返すが、黒い獣は炎の熱を切り裂く速さで攻撃するため一方的に殴られ続ける。


「痛い...痛い......目の前が暗く...」


右腕や体の至る所の切り傷から出血しており、貧血状態に陥った。

そして意識が朦朧もうろうとする中必死に大盾を構える。

しかし、もう体は限界だった。

次の攻撃をもろに受ければ命すら危ない。


「ウガアアアアアアアア!!!」


黒い獣もリリィーが限界なのを悟ったのか、今度は正面から大きな爪を振り下ろしてくる。


「ごめんなさいヨグ様...私......私...」


黒い獣の攻撃リリィーへと当たろうとした、その瞬間。


「リリィーに何してんだよ...この! 獣風情がああ!!」


飛んできた槍によって黒い獣は大きな壁へと叩きつけられる。


「ぶっ殺してやるよ、ゴミ虫がぁ。俺の大切なリリィーを傷つけるやつは全員あの世行きだぁ!!」


その時、彼女の目の前には光が見えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る