第7話

第7話〜火蜥蜴サラマンダーと閉ざされた心









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〜古都の内側-はぐれ屋〜



「すみませーん!! 誰かいませんかー?」


ボロボロですぐにでも壊れそうなドアを叩きながらそう叫ぶ。

しかしドアの奥からは人の声どころか、人の気配すら感じなかった。


「もしかしたら今は留守なのかな...。すみませーん、ここに武器を買いに来たのですが誰かいませんかー!」


俺が再び声を出すも、何の反応もなかった。

そして俺は日を改めようと後ろに向くと、背中で槍へと変形していたニーズヘッグさんが唐突に引き止める。


「マスター! この家には2つの生存反応が確認出来ました。どうやら厄介者と勘違いされていると推測できます」


「でも今は立て込んでるかもしれないしな...」


「しかしマスター、今日中にダンジョンへと向かわないと予定にズレが生じてしまいます。ねっ?マスター♡...」


「そんな甘い声を出されてもだな...」


「マスター......だめ♡?」


ニーズヘッグから発せられる甘い声に翻弄されながら、自分の心の中で葛藤していると目の前のドアが開き出す。


「その心配はもうねぇよ兄ちゃん、それにそこのロストウェポン」


「はえ?...」


目の前のドアから出てきたのはいかにも鍛冶師のような見た目で、ドワーフのように身長が低く、そして大きく肥えたお腹に筋肉質の腕をつけている。


まさに異世界と言ったらと感じの鍛冶師だった。

これは期待もできると言うものだ。


「なんだよ! せっかくいい客が来たからこっちから出てきてやったんだ。さっさと中へ入りやがれ!」


「...はい!!」


〜はぐれ屋の内側〜



薄暗い廊下は足元を覚束無(おぼつかな)くさせ、ギシギシと音を立てる床は、踏んだ箇所を知らせるように木が産声のような音を出す。


そして玄関から廊下を超えた先には厚手のドアがあり、鉄でできたドアは秘密基地のようにも感じ幼心を燻る。


しかし鉄製のドアを開けるとそこには目を疑うような光景がそこにはあった。


「これは...すごいな」


「そりゃあ俺の作った我が子のような武具達を目の前にしてその表情は嬉しいってもんだ!」


「ああ、さっきの街で売ってた武器や防具じゃ比にならないな。武器初心者の俺でもこの輝き具合を見せられたらさすがに分かる」


「そうだろそうだろ! ...おっといけねえ、名乗り遅れたがここの鍛冶師のグレイ・アングラウスだ。そんで兄ちゃんよ、その背中に背負ってる槍はロストウェポンだろ」


「ロストウェポン?」


「なんだ兄ちゃんは知らないで使ってたのか? どう見たってそいつはただの槍じゃねえ」


彼がそう言い放つと同時に、槍に変化していたニーズヘッグが観念したような声で説明をしてくれた。


「マスター、ロストウェポンは私達のような失われた知識で作られた物のことを、この世界ではロストウェポンと言います。まあ、私達からすれば関係のない話ですがね」


突如ニーズヘッグの声に俺とリリィーは驚かなかったが、鍛冶師のグレイは目を一段と大きく開け驚いている。

まるで目の前に想像を絶するものでも見たかのようだった。


すると興奮したのかグレイは俯き、何かボソボソと呟いている。


そして理解したのかこちらをもう一度見つめると話し始める。


「...こりゃたまげたな。俺は仕事上色々なロストウェポンを見てきたが知性を持つやつは初めてだ。これは久々にテンションが上がるな」


「マスター、対象は極度の武器オタクのようです」


「うん、いらない説明をどうもニーズヘッグ。それじゃあグレイ、そんなあなたに相談なんだがリリィーの武器を見繕ってくれないか?手ぶらで初のダンジョンには行かせられないのでな」


俺がそう言い終わるとグレイはお安い御用だと言わんばかりに部屋の棚の奥からひとつの水晶を取り出す。


しかし俺があまりにも謎めいた顔をしたためグレイは溜息をついて軽く水晶の説明をしてくれた。


「まずこの水晶に手を添えてくれ嬢ちゃん」


恐る恐るリリィーは手を水晶に触れさせると水晶は光だし、ステータスのような項目が目の前に現れる。

しかしそれはステータスとは異なり何かの図が映し出されていた。


「これは嬢ちゃんの才能を映し出したものなんだ」


「私の...才能......?」


「うーむ...見た限りじゃ嬢ちゃんはほとんどの武器に才能がないようじゃな。しかも攻撃系言わば敵にダメージを与える武器種は全滅じゃ!」


しかしそれを聞いたリリィーは一度も曇った表情を見せず、まるでわかっていたかのような顔をしていた。


リリィーには才能がない、これが理由で彼女は武器屋に行くのを躊躇っていたのだろうか。


もちろん俺はこれしきのことで彼女を、リリィーを捨てるはずがない。

俺はリリィーの頭をポンポンと軽く撫でてやる。


値+53.9


するとリリィーは安心したかのように表情が良くなった。

その中、グレイはひたすらリリィーの才能を見ていたが表情一つ変えなかった。

そしてグレイはあることに気づくとハッとした表情をしニヤリと笑みを浮かべる。


「いや、諦める程じゃない。いいか嬢ちゃんは特別な特化型の才能の持ち主だ。それも飛びっきりのな!」


「そんなことありませんよ...。私には...いや、こんな身体(才能)では誰にも認めてもらえるものなんてないんですよ。私は一族の中でも出来損ないですから。そんな私にできることなんて盾ぐらいしか...」


「なんだ嬢ちゃんわかってるじゃねえか! ガハハ、それなら話がはえぇ」


「んなッ! おいおいグレイ、さすがに笑いにできないし、リリィーを盾にするなんて俺は当然できないぞ!」


「いいや兄ちゃん、そういうことじゃねーんだよ。いいか? 嬢ちゃんには攻撃系の武器に才能はない。しかしじゃ、仲間を守ることに長けた大盾(・・)の才能だけが飛び抜けておるわい!」


「大盾? ...それってバカでかいあの大盾か?」


「まあ、善は急げだ! おーい、アイラ! 倉庫の鍵を開けておいてくれ! ...じゃあ案内するから着いてこい」


グレイがそう言うと奥の方から誰かが返事をする声が聞こえる。

どうやらグレイは独り身ではなく、娘のアイラがいるそうだ。

そして俺達はグレイに案内され、店の裏側にある地下室のような場所にたどり着た。


〜古都の内側-はぐれ屋の倉庫〜


ギシギシと音を立てるのは地下へと続く階段だった。

グレイが先頭で明かりを灯しているものの、視界はかなり絞られてしまう。


そんな中、俺は一段、また一段と降りていく。


もちろんリリィーは俺にしがみつきながらゆっくりと付いてきていた。


「明かりだ...」


目の前にはぼんやりと広がる明かりが目を刺激する。

そして奥にはまたもや木製で作られたドアが待ち構えていた。

グレイがドアを開けると中からは物凄い鉄の匂いが漂ってくる。


もはやここまで鉄の匂いがすると刺激臭と何も変わらない。

しかしいくら明かりがあるとは言え地下室なので視界は良くない。


それでもグレイが丹精込めて作った武器達は美しい輝きを解き放っている。


「おーい、どこにいるアイラ!」


「僕はここにいるよ爺さん!」


突如知らない声が聞こえ、その方向へと目をやる。

するとそこには白い髪でやせ細っている少女の姿が目に映った。

そうこの少女こそグレイの娘のアイラだった。


「アイラ、この大盾を運ぶのを手伝ってくれ!」


「はーい...」


「いや、俺が持つよ。それにしてもかなり重そうだな...よっと...」


俺はグレイの持つ鉄の塊(大盾)を片手で持ち上げてしまう。

思っていた以上に軽かったのでいい素材を使っているのだろう。

すると大盾にはグレイが掴まったまま少し浮いていた。


「う、うおおおお! すげえ力だな兄ちゃん本当に人間かよ!」


「でもこの盾結構軽かったけどいい素材を使ってるのか?」


「軽いっ...!? おいおい兄ちゃんそいつは普通の人間じゃあ持ち上げることはできないくらい重く作ったんだが...どうやら兄ちゃんは規格外のようだな」


「そうなのか...でもこの軽さならリリィーでも余裕で持てそうだな。じゃあこれはどこに運べばいい?」


「取り敢えず上に運んでくれ、後で調整と塗装をするからそれから会計だ」


そして俺達は再び元いた場所へと戻り、グレイが盾の調整と塗装をしてくれていた。


〜古都-はぐれ屋〜


俺とリリィーはグレイの仕事が終わるのを待つ間、店の商品を見て回っていた。

商品の数は多くないものの武器や装備の種類やその品質は素晴らしい物ばかりだった。


すると商品を見て回っていた俺達の目の前にひょいっと一人の少女が現れる。


「ねえねえお兄さん! 何してるの?」


「ああ、グレイの仕事が終わるまで暇だったから商品を見させてもらってたよ。どれも良いものばかりだ」


「へえー、お兄さんは武器や装備に詳しいんだね。僕はまだまだ未熟だからお爺さんに武器は作らせてもらえないんだ。でもいつか魔剣とかすごい武器を作ってお爺さんに認めてもらうんだ」


そう言うとアイラは不意に笑顔をこぼした。

しかし同時に暗い表情が隠れているのも俺は見過ごさなかった。

それにしても、彼女はいつ見ても痩せている。

もちろんグレイがご飯を食べさせていないとは到底思えなかった。

するとリリィーが突然俺の前へと出ていき、驚いたことに少女を威嚇し始める。


「ちょ! どうしたんだリリィー!」


「ヨグ様、こいつ街でぶつかってきた人と同じ匂いがします!」


俺はリリィーにそう言われて少女を見返すと何となく先程の子どもと同じ面影を感じた。

すると少女はニヤリと笑って残念そうにする。


「あーあ、バレちゃった! まあいいか、そうだよ。お兄さん、さっきぶりだね」


「...そっかぁ、さっきぶつかってきたのはアイラちゃんだったのか」


「そうだよお兄さん、僕がお兄さんのお金を盗もうとしたんだよ。それで僕をどうする気だい?お兄さんも貴族ならさっさと僕をどうにでもできるはずだよね!」


「そうか...」


一瞬あたりの空気が張り詰め緊張感を高めていく。

俺は息を飲み、そして...。


「なーんだアイラちゃんだったのか! それならそうで言ってくれればいいのに! いきなりリリィーが威嚇始めるから驚いちゃったよ!」


「えっ...何言ってるのお兄さん、僕はお兄さんの財布を盗もうとしたんだよ! 盗っ人だよ盗人!」


「別に俺はアイラちゃんをどうこうするとは考えてないしそれよりも怪我とかなかった?」


「はあ!? お兄さんおかしいよ! だって普通盗まれそうになった人がなんで盗人の心配してるんだよ!」


「そうだね。もちろん俺だって盗まれるのは嫌だし困る。でも現に俺は盗まれたものはないし、何よりも子どものしたことだ。それを怒ってとっ捕まえて罰を与えるなんてことは俺はしないよ。まあ、確かにアイラちゃんがグレイの娘さんってのもあるけどね。俺がこれからしばらくお世話になるかもしれないここの店に傷をつける訳にはいかないな」


「...っ! お前ら貴族はそうやって騙して! 最後には捨てるんだ! お前ら貴族なんてみんな狂ってるよ!!」


アイラはそう言捨てるとどこかへ走り去っていく。

すると頭を掻きながら困った表情でグレイが作業室から出てきた。


「迷惑かけてすまねぇな兄ちゃん。あいつには後で言っておくから今回は許してくれ」


「別に俺は子どものしたことをいちいち怒るほど短気じゃないよ。それよりもアイラちゃんは随分と貴族を毛嫌いしているね」


「ああ、あいつは俺の実の子どもって訳じゃねえんだ。それにあいつの両親は二人とも亡くなってる。それの原因が貴族ってだけなんだよ。まあ、俺も詳しくは知らねぇんだ」


「そうか...じゃあ今から彼女を追いかけるとしますかな」


「おいおい兄ちゃんそいつはさすがに...」


「大丈夫だ。彼女の気持ちが少し分かる部分もあるんだ。それに彼女をこのまま放っておく訳には行かないだろ? ...それじゃあグレイ、この間にリリィーの武器を頼んだよ」


「ガハハ、どうやら兄ちゃんには色々と迷惑をかけちまいそうだが武器は任せとけ! それからアーマーもつけてやる。おっと、兄ちゃん」


俺がその場を立ち去ろうとすると突然グレイに止められる。

するとグレイはこちらに向かって笑顔でグッジョブを手で作ってこう言った。


「あいつのこと頼んだ...」


俺も一瞬笑みがこぼれる。

それは信頼されているとわかってるからこそ起きる妙な痒みのようなものだ。


簡単に言えば嬉しいのだろう。


誰かに頼られるのはこの世界では初めてのことでありやっとこの世界にも馴染めた、そんな気がした。


〜古都-はぐれ屋〜


「グスッ...う.....うう...」


誰かが泣いている声が聞こえてきた。

はぐれ屋のかどっこで少女を見つけた俺はゆっくりと近づき、そっと隣へと座った。


すると少女はこちらの存在に気づくものの動揺せず、ただただ泣いて俯いて、そして丸くなっている。

その姿がどうも昔の俺にそっくりで少し嫌な記憶が蘇る。


だが俺は今を生きている。


だからこの少女にも今(・)を生きて欲しいのだと俺は思う。

すると少女は突如話し始める。


「なんで僕には...何もないんだよ。世話になってる人にも迷惑かけて、ましてやお兄さんは何も関係ないのに貴族だからって決めつけて...僕は...僕は...むっ!」


俺が咄嗟に手で彼女の口を塞ぐと、彼女はキョトンとした顔をする。

彼女の瞳は涙で濡れており、その辛さが今にも伝わって来た。


「いくら自分が無力で、不幸で、それでいて悔しくても、生きているならそれでいいんだ。君の親だって君を守るために戦ったんだろ。それを忘れちゃいけない。君は今(・)を生きる人間だ。君が元気で生きている限り、過去の人間は報われる。だから君は泣いていい、でも今(・)を諦めちゃだめなんだよ」


「...」


俺がそっと手を外すと彼女はそれ以降、弱音を吐くことは無かった。

まだ瞳は濡れているが瞳の奥の方は闇が少し晴れているようにも感じた。


すると彼女はボソボソと過去の出来事を少しずつ話し始めた。


「僕の両親は二人とも国直属の探求者だったんだ。お母さんも、お父さんも、かっこよくて僕も最初はこんな風になるんだって思ってた。でも、そんなこと全然なかった...。だって、僕には才能がなかったんだ。だけど、お母さんやお父さんは、僕を褒めるんだ。すごいねって...」


「そうか、とってもいい両親じゃないか」


「うん、自慢の両親だよ。でも...でも...あの貴族が現れてから僕達の生活は壊れたんだ」


「それでその貴族の名はなんて言うんだ?」


「確か、男爵家のアクノ・ショーギョーっていう男だよ。あの男、毎月依頼を出してきては、依頼の報告に行くと、アイテムだけ貰って依頼料をちゃんと払わないんだ」


「それなら依頼を断ればいいじゃないか?」


「僕もそう思ってたけど、お母さんやお父さんは、国直属の探求者だから依頼を断れないんだ。だって、国直属の探求者にとって国からの依頼は平民が払う税金と同じで、依頼は義務にあたるから」


「でも、国直属の探求者が二人もいるなら、他に依頼だってこなせるはずだろ? どうしてそこまで、その貴族にこだわるんだよ」


俺がそう言うと彼女は曇った表情をする。

そして少しの間、空気が重くなったが彼女は渋々話し続けた。


「僕のせいなんだ。まあ、正確にいえば僕がいたから、遠い場所へ行かなくちゃいけない依頼は受けられなかったんだ。それで、あの男は僕の存在を知ってからは、もっと卑劣な方法でお母さんやお父さんを脅して、難易度の高い依頼を無償で受けさせるようになったんだよ。

それで、日に日にお母さんもお父さんも、見るからに元気がなくなっていったんだ。そして、お母さんとお父さんが、ダンジョンへアイテムを取りに行くって言って帰って来なかった...。もちろん、僕は悔しいけどあの男にお母さんとお父さんを助けて欲しいって頼んだんだ。けど、あの男は無理だって言って、お母さんやお父さんの遺品すら帰ってこなかったよ」


そう言い終わると彼女は顔を隠して丸くなった。

もちろん、彼女の昔話を聞いて心が痛かったし可哀想だと思った。

だが、なにか言葉をかけようとしたがいい言葉がない。


なぜならどんな言葉も今の彼女からすれば哀れみの言葉としか聞こえないからだ。

だからこそ、俺は彼女の隣で待つことしか出来なかった。

すると、彼女は表を上げ、少しだけこちらに近寄って来てくれた。


それは、寂しさのせいなのかわからないが彼女が俺に心を開き、安心してくれていることはわかった。

そんな、中でも俺は必死に考えていた。


彼女を救う方法は無いのかと。

しかし何をしようと彼女は報われないだろう。

なんせ過去は戻らないのだから。


そう、死んだ者は蘇らない、だからこそ彼女の両親は戻ってこない。


そして散々考えた結果、報われないなら少しでもそれを楽にしてあげる方法を思いつく。


その方法は決して簡単でも楽でもないが誰かがやらなければ彼女はわれることはない。


「わかった...」


俺が突如そう言うと彼女は再びキョトンとした顔を見せた。

そんな彼女に向かって俺はその方法を伝える。


「俺も探求者になろうって考えてたんだ。だから君の、アイラちゃんの両親の何らかしらを見つけてくる。約束だ。俺が君の両親の遺品一つでも見つけてくる。だから、待っててくれ」


それを聞いた彼女の表情は驚きではなく清々しいほどの笑顔だった。


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