42:襲撃

 それから数日。料理長の背中が寂しそうだったのなんて、これに比べれば全然マシだったと言う事態にまで進んでいた。

 あのシチューは結局、まかない料理として調理場の人間だけで食したそうだ。そして驚く事に、食した女性が全員とは言わないが体調に不良を訴えたと言う。

 その後、ライヘンベルガー王国の料理に詳しい者が調理場に行き、料理長から調理に使った材料を確認した。すると商人からレシピを貰い、牛乳と共にライヘンベルガー王国では必ず入れると言って渡された調味料の中に問題の薬が混ぜられていた事が判明した。

 私はそれを聞き真面目に毒入りだったのかと青ざめた。


 その罪により料理長含め、あの日に厨房に居た料理人の身柄はすべて拘束された、さらに城に品を入れた商人にも兵が向けられた。

 しかし屋敷に商人は不在。そこの屋敷の使用人によれば彼これ三ヶ月ほど帰っていないと言う。

 それほどの期間不在にして不思議に思わないのかと聞けば、商談が長引いていると言う封書が何通か届いていたから気にしていなかったそうだ。


 再び城に戻り今度は品を買い付ける事務官に話を聞いた。三ヶ月前に商人と一緒に別の男がやってきて、今後は彼が来ると引き継ぎをしたそうだ。

 次に男がやって来た時、その男が出してきた手形は本物だったと言う。

 なおこちらの新しい顔の男の方も行方知れずだ。


 手形を奪われて殺されたのだろうと言う意見が濃厚。しかし引き継ぎで一緒に来ているから共犯だと言う意見も根強い。

 商人らが悪と言う風潮が広まると、今度は料理長らへの同情の声や擁護の声が広がり始めていた。

「今回の件、料理長は絶対に関わっておりません。

 ライヘンベルガー王国の郷土料理のレシピを貰い、皇妃様を喜ばせたい一心で作ったのだと思います」

「料理に毒を混ぜるなどと言う、食材に対する冒涜をあのお方がなさる訳が無い」

「毒入りを食べているのだから当然知らなかったに違いない!」

 しかしどう弁護をしようが、皇妃の私に毒入りの料理を出したと言う結果が無くなる訳ではない。何のお咎めも無しに調理場に戻すのはかなり困難だろうと想像できた。



 本日のメニューは干し肉と豆、そしてキノコを煮こんだ味の薄いスープにチーズとサラダ。屋敷での貧困生活を思い出させる質素な食事だが仕方がない。

 料理長らが拘束されると、ラースは新たに、調理場に立てるほど信頼できる人物を探し始めた。しかしそんな人物が一朝一夕で見つかる訳はない。

 見つかろうが見つかるまいがお腹は空くから、とりあえず私はテーアを呼んで料理を作って貰った。

 そして出てきたのはこれ。

 屋敷での暮らしは厳しく、食材を変えるほどの余裕があった訳でもないので、テーアはそもそもこれしか作れないのじゃないかしら?


 スープを飲みながらそう言えばと思い出す。

「このスープって味も薄いし栄養面も悪くなかったわよね。

 もしかして今の私には最適なのではないかしら?」

「いいえ残念ながら足りませんね。

 お忘れですか? そもそもこのスープの栄養源は最低限です。

 レティーツィア様お一人ならまだしも今はお腹にお子がいらっしゃいます。もう少し食べて頂きませんと困ります」

 お忘れですかと言った時、ロザムンデは絶対に私の胸を見て言ったわよね!?

 しかし反論しようにもロザムンデの胸は妊娠中の私よりもふくよかで……

 くうっ同じ物を食べていたのに不公平だわ!!



 部屋は中も外も騎士により護られ、食事も厳重に管理されている。私を害しようとする者もこれでは流石に手出しできまい。


 出産の予定日が迫ってくるといよいよお腹も大きくなり、お腹が重いからとベッドでゴロゴロしていたら女医から叱られた。

「運動不足では良い子が生まれません!

 城の中だけで構いませんから少しは歩く様になさってください」

 お腹が重いのに歩くなんて~と不満を覚えて私は返事をしなかった。しかし護衛侍女らが「畏まりました」と返事をしたからきっと歩かされるな~と諦めた。

 そして翌日から、前列に女騎士二人、私を左右から挟んで護衛侍女二人、後列に女騎士二人と言う配置で城の中を歩く事になった。


 歩き始めてから十日ほど。

 本日の護衛侍女は双子のヴィルギニアとシャルロッテだ。

 私は転ばないように二人の手を借りて事前に決められたルートを歩く。ゾロゾロ引き連れては歩けないからと、このルートには多くの騎士が巡回しているのだ。


 歩き始めて一〇分。

 なんだかお腹が痛くなってきた気がする。

 気付くとそれはどんどんと大きくなっていく様で、

「あれ?」

「皇妃様どうかなさいましたか?」

「お腹が痛い、かも?」

「かも? もしかして食べ過ぎですか?」

「痛っ! 真面目に痛いわ!」

 立っていられないほどに痛くなり、私はお腹を抱えてその場で蹲った。

「もしや陣痛では!?」

「ええっ!? だったら私はここに残るから、お姉ちゃん早く先生を呼んで来てよ!」

「分かったわシャルロッテ。皇妃様をお願いね。

 皇妃様すぐに戻ります!」

 ヴィルギニアはそう言うと廊下を駆けて行った。

 ぐぅ……痛みで嫌な汗が出てきたわ。


「シャルロッテ。こんな場所ではなんです。

 皇妃様を一先ずどこかのお部屋に運ぶべきではないでしょうか?」

「あっうん! シーツ、いやカーテンで良いわ! ちょっとそこらから取ってきて」

「ハッ!」

 それを聞き慌ただしく騎士二人が走って行った。


 ゼェゼェと荒い息を吐き、痛みで視界が朦朧としてくる。

 その視界の中で、シャルロッテらの後ろに控えていた女騎士が剣を抜いた。鞘に油でも塗ってあったのか音もなく剣が抜かれた。剣を構えて振り下ろそうとする女騎士。

「あぶ、ない」

「え? 何か仰いましたか皇妃様?」

 シャルロッテに告げようとしたが、痛みで声が上手く出せずに気付いて貰えない。

 間に合わないとばかりに、一瞬だけお腹に力を入れて、シャルロッテをドンと後ろに突き飛ばす。そしてその反動を利用して私も同じく転がった。

 痛みで歪む視界の中で、振り下ろされた剣がシャルロッテの肩を切り裂いたのが見えた。キャッと言う短い悲鳴、廊下に真っ赤な鮮血が辺りに飛び散る。

 血を浴びたからではない。私は自分の体から水が出た様な感覚を味わっていた。

 たぶんいまの衝撃で破水したのだろう。

「うっ……」

「ツッッ! なにを!?」

 私が倒れ、辺りに血が舞うともう一人残っていた女騎士も遅れて剣を抜いた。

 二人ともが敵だったのかと肝を冷やしたが、後から剣を抜いた騎士は先に剣を抜いた方へ斬りかかった。

 剣戟の音の中で後から剣を抜いた方の騎士が助けを呼ぶ声を出していた。


ドタドタドタ!!


 幾人もの足音が聞こえてきて、

「レティーツィア! 無事か!!」

「ヘクトール様、シャルロッテをお願いします、血が止まらないの……」

「分かった。おい皇妃をどこかのベッドに運べ! 医者は、医者はまだか!?」


 私は、戻って来た騎士二人が持ってきた大きな布に包まれて、近くの部屋のベッドに運ばれた。

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